77 いざ行ってまいりますわ!
日が落ちて、旧王城の中庭に集まったわたしたち。
中庭のド真ん中には、白い布がかけられた何かが置いてある。
あの下に飛行ゴーレムってヤツが隠されているようね。
強化外装を身に着けたチヒロとテュケさんクラさん、準備万端ってカンジだわ。
「い、いよいよですの、緊張してきましたのっ!」
「会談で言えなかったこと、ソルナ様にたくさんぶつけますわぁ!」
うんうん、護衛のお二方の気合いはバッチリ。
チヒロも落ち着いていて、相変わらず頼もしいかぎりね。
わたしも女騎士用の、軽装の鎧をつけている。
バイザー型の頭の前面だけを守る兜と、胸のあたりを守る防具に手甲と足甲ね。
あくまで潜入が目的だから、あまり音を立てないように最低限の防具だけ。
「してエイツさん、そちらも準備完了でして?」
「完璧に仕上げたよ。こちらをご覧あれ」
バサッ!
白い布が取り払われて、大きな翼のついた乗り物があらわれた。
パッと見たカンジ、鎧をつけた鳥と表現できるかしら。
強化外装と同じく、黒い装甲のスキマに光る緑のラインが走った機体。
鳥の背中にあたる部分に操縦桿があって、そのまわりを柵みたいなものが囲んでいる。
あそこにみんなで乗り込むようね。
「これが飛行ゴーレム……」
「気に入ってくれたかな?」
「すごいもの、なのでしょうけども……。……あの、目立ちませんこと?」
まず光ってるし。
夜間ならなおさら目立っちゃうわよね、これ。
「わたくしたち、見つからないように近づかなきゃいけないのですわよ? こんなのに乗って行ったらすぐに見つかって、たくさんある砲台で撃ち落とされちゃいますわ……」
「それなら問題ない」
エイツさん、操縦席に身軽に飛び乗ります。
それからなにやら操縦桿の横についてるボタンを押すと――。
なんと、機体がエイツさんごと、まったく見えなくなってしまいました。
透明になってしまった、のかしら……?
「ステルス機構だ。どうだい。ここに飛行ゴーレムがあることも、僕がいることもわからないだろう」
「ぜんっぜんわかりませんわ……」
「すごいわね……。どうなってるのよ、コレ」
わたしの横にいるアイシャもビックリ。
あれだけ大きなモノが影も形もなくなるだなんて、ホントにどうなってるの……?
「トラップハウスの応用さ。周囲とよく似た小さな異空間を生み出す、あの機構をコイツに搭載した」
「あぁ、別空間に飛ばされちゃうアレね……」
「大変でしたわね、あのとき」
「飛行ゴーレムの周囲を別空間でおおって隠している。簡易的なもので、このとおり音は聞こえてしまうが、飛行音が静かだからね。問題ないだろう」
たしかに、これなら見つからずに近づけそう。
停めてある機体が見つかる可能性もグッと減るし。
「さすがの仕事ですわね、エイツさん。褒めてつかわしますわっ」
「誉め言葉なら、キミが無事にもどったあとに褒賞とともに受け取るよ」
ステルスを解除したエイツさんが降りてきた。
涼しい顔して、仕事人ってカンジだわね。
「お嬢さま、操縦は私におまかせくださいませ。エイツ様から手ほどきを受けましたゆえ、自在に動かせます」
「ホントに優秀ですわねッ! 頼みましたわ、チヒロ!」
「快適な空の旅を約束いたします」
チヒロが最初に搭乗し、操縦桿の前に陣取った。
手際よく操作しているのを見るに、完璧に操縦方法をマスターしているわね、アレ。
「ソルナ様、わたくしたちも、いつでもいけますわぁ!」
「会談で伝えられなかったこと、もうひとりのソルナ様に今度こそ伝えますのっ!」
「えぇ、そのためにも全力でおまもりいたしますわぁ!」
「お二方……っ! えぇ、頼りにしていますことよッ!」
「おまかせあれっ!」
「ですのっ!」
テュケさんクラさんも勇んで乗り込みます。
並々ならぬ気合いをお二方から感じるわ。
「ソルナペティ嬢。我が国の命運を、そなたのような若者にたくすしかない私を許してくれ」
「陛下……」
「もうひとりのソルナペティ嬢を――そして、マシャードの生んだあの城を止めてくれ。頼んだぞ」
「えぇ、お任せくださいませ!」
陛下に頼まれたのなら、やらないわけにはいきませんとも。
「ソルナペ、ホントなら俺が行きたいところだけどよ。まぁ今回は、コイツといっしょに留守番だわ!」
マズール伯がエイワリーナ公の背中をバンバン叩きます。
おもいっきり叩かれてそうなのに、微動だにしないお義父さまの体幹の強さに戦慄。
「お前はお前の役目を果たしてきな! そいつが終わったら、まぁ――俺らの出番だな」
「うむ。その後の始末ならば、私たちに任せてくれ」
その後――か。
空中要塞を落としたら、ワーキュマーから軍事的な抑止力は消滅する。
そのときが自分たちの活躍するときだってことね。
「ソルナちゃん……」
「お父さま――」
ミストゥルーデ公――わたくしの、そしてアイツのお父さま。
呼び方こそ家の中でのアレだけど、その表情は真剣そのもの。
「私はもう二度と、キミという娘を失いたくない。……いや、キミだけじゃない。もうひとりのソルナちゃんも私の大事な娘だ。かならず、ふたりで戻ってきてくれ」
「もちろんですわ」
「ふたりが並んで、屋敷に戻るそのときをいまから楽しみにしているよ」
お父さまも、いまどれだけ不安なのでしょう。
子を思う親の気持ち、わたしにはまだわかりません。
けれどぎこちなく笑うお父さまの顔を見ると、どれだけ大きな気持ちかを想像することは出来ます。
……そして、もうひとり。
この場にとっても大きな不安を抱えて、押し込んでいる子がいる。
「アイシャ、行ってまいりますわ」
「……うん」
すぐとなりでうつむいて、いまにも泣き出しそうなアイシャ。
先ほどたくさん言葉を交わしたからか、いまは多くを言いません。
「大丈夫ですわ。安心して待っていらして」
「べつに疑ってないから。早く行って、さっさと戻ってくること」
「わかりましたわ。では」
アイシャに背をむけ、飛行ゴーレムに搭乗。
けっこう狭いわね、四人でギリギリってカンジだわ。
「いつでも飛び立てます、お嬢さま」
「よろしい。では、ステルス展開! そののち離陸、ですわっ!」
「了解いたしました」
軽快に操作盤をタッチして、周囲が見えないドームにおおわれる。
中からは普通に外が見えるのね。
少しゆらめいて見えるけど。
……アイシャたちにはもう、わたしたちの姿は見えないのか。
だったら声の限り叫んでやろう。
「皆さまッ! このわたくしが、いざ出陣いたしますわよ――ッ!!」
叫ぶと同時、ふわりと機体が浮かび上がる。
みるみる遠くなる地面。
祈るように空を見上げるアイシャを目に焼きつけてから、わたしは空を、旧都の郊外に浮かぶ浮遊城を見据えた。