74 いまはただ、前進あるのみですわ!
会談が終わった夜に、爺やは帰ってくるはずだった。
けれど夜が更けても朝日がのぼっても、わたしのところに戻らない。
「爺や、おいでましっ!」
パチンっ。
いつものように指パッチンをしても、爺やは現れてくれない。
いくら指を鳴らしても、何度鳴らしても、どれだけ呼んでも現れない。
「……お嬢さま。やはりこの情報、伝書バトで届いたということは――」
「チヒロッ! 言わないでくださいまし……っ」
「しかしお嬢さま。このような機密情報を、リスクをおかして敵地から伝書バトで飛ばすなど、普通ではありえません。ましてやあのお方が、です」
「受け入れろ、とおっしゃるの? 爺やが、爺やが……っ」
その先を口にできない。
考えることすらも、したくなかった。
「『そう』である前提で動きましょう。爺や様のもたらしてくださった情報を、ムダなものにしないためにも」
「……わたくしがいつまでもこうしていては、爺やの行動自体がムダになる。わかっておりますわ」
……うん、わかってる。
いまは爺やの安否を考えないようにする。
爺やの届けてくれた情報を活かす、それだけを考えよう。
「チヒロ、陛下やお父さまたち、みんなに連絡を。旧王城の会議室に集まってもらいますわ」
「かしこまりました」
深々と一礼した直後、チヒロの姿が風のように消える。
爺やとちがってまだわたしでも、なんとか目視できる速度。
けれど日に日に早くなってる気がするわ。
「……わたくしも、参りましょう」
立ち上がり、胸を張って堂々と、肩で風を切って歩き出す。
爺やの仕える主人として、貴族として、恥ずかしくない『わたくし』でいるために。
〇〇〇
旧王城の会議室、大きな円卓に陛下を中心として、ミストゥルーデ公、エイワリーナ公、マズール伯の三重鎮が並ぶ。
同席しているわたしとチヒロ、テュケさんクラさん、エイツさんにアイシャの『わたくし軍団』が霞んじゃう迫力だわね。
怯んでる場合じゃないけれども。
なにせこの面々を集めたのは、このわたし。
だからわたしが中心になって話を進めていかないと。
「皆さま方、急の呼び出しにも関わらず、お集まりいただきありがとうございますわ」
「一大事と聞いては、痛んだ腰でも軽くするしかあるまい」
「で、ソルナぺ。こりゃアレか。前に言ってたヤツか」
「『彼』が情報を、もたらしてくれたんだね?」
「えぇ。ワーキュマーにあるドクトルの研究所から、爺やが機密情報を得ましたの。『浮遊要塞』を止める方法ですわ」
わたしの発言のあと、会議室に誰からともなくざわめきが起こる。
無言でうなずくエイワリーナ公に、さすがとつぶやくお父さま。
けれど、とても喜ぶ気分にはなれなかった。
「……チヒロ」
「はっ、こちらにございます」
背後にひかえるチヒロに合図を出すと、彼女は爺やの届けてくれた紙をわたしに差し出す。
ちいさな数枚のメモに几帳面な爺やの字で、細かく書かれた情報。
ありがたく使わせてもらうわね。
「専門的な用語が多くて、わたくしやチヒロにはわかりかねる内容でしたの。ということでエイツさん、解読と解説をお願いできまして?」
「頼まれた。噛み砕いて解説するよ」
チヒロから受け取ったメモをエイツさんにパス。
そのメモを無言で読み進めていくうちに、彼の表情が何度も変わる。
おどろきから興奮、感動、そして最後は……困惑?
どうしたのかしら、いったい。
「……エイツさん、なにかわかりまして?」
「あ――、あぁ、わかったよ。いろいろなことが、ね。キミの言うとおり、浮遊要塞を止める方法も記されている」
「おぉっ、僥倖である! エイツよ、申してみるがいい。我らにも可能なことなのであろう?」
「えぇ、陛下。可能です。可能、なのですが……」
「どうしましたの? なにか問題でもありますの?」
「問題は、あるにはあるが――。……いや、もったいぶってもしかたない。簡潔に言うと、浮遊要塞の停止方法は――」
会議室に緊張が走ります。
わたしも思わず生つばを飲み込んでしまいました。
「……方法は『ソルナペティの生体データ認証』。アルムシュタルクの中枢部にある端末でこれを行えば、全機能の操作を永久凍結させられる」
ものすっごく腑に落ちないカンジで言いましたわね。
わたしたち、まったくピンと来ていませんが。
「え、えっと、つまりどういうことでして?」
「キミがアルムシュタルクの中枢部に行って、そこにある装置に手でもかざしてやればいい。キミ自らが敵地に乗り込まなければならないが、それであの城は機能を停止する」
「待って、エイツ! あの城に乗り込む!? そんなのソルナが危険すぎるわよ!」
「……それ以前にエイツ、あの城に乗り込む手段がなければどうにもなるまい。そもそも、それが出来れば我らの戦力で攻め落とせよう」
アイシャと陛下がエイツさんに続けざまに指摘。
たしかにこれ、大問題だわね。
エイツさんってば、これで言いよどんでいたのかしら。
「たしかに、それらも問題でしたか。まず陛下、少数で、かつ隠密にであれば、アルムシュタルクへの潜入は可能です」
……と思いきや、ちがったみたい。
あぁそっか、みたいな反応するとは思わなかったわ。
「飛行ユニットを内蔵した小型の鳥型ゴーレムを制作しました。せいぜい五人乗り程度の小さなものですが」
「そ、そんなもの作っていらしたの!?」
今回の遠征に持ってきていた機材の数々、それを制作するためだったのかしら。
「そしてアイシャ嬢。キミの懸念はもっともだが、他に手段がない。物理的な破壊や制圧が可能な規模ではないんだ」
「で、でも……」
「アイシャ。わたくし、覚悟ならとうに決まっておりましてよ」
「……」
アイシャからしたら、行ってほしくないわよね。
すっごく危ないもの。
自分でもわかってる。
「お父さまも、止めてくれませんわよね?」
「……娘が入れ替わっていることにすら気づけなかった私に、止める権利などないさ。だが、娘を『ふたり』も失うなど絶対にご免だ」
いつになく真剣な面持ちで、お父さまがわたしをまっすぐに見つめてきます。
「無事にもどると、かならず約束してくれ」
「約束しますわっ! では、その飛行ゴーレムとやらの準備ができ次第、お空のお城に乗り込みますわよっ!」