72 なんだか嫌な胸騒ぎですわ!
休憩が終わって、アイツがホールに戻ってきた。
ナナメになったご機嫌をどれだけ戻せたか、とっても気になるところだったけど、思いのほか冷めているみたいね。
というか、なんだか落ち込んでる?
ほんのり暗い表情してるし、露骨に口数も少ない。
無言のままツカツカと歩いてきて、元いた席に腰かけた。
お供のみなさんもおなじく着席。
クシュリナさんとドクトル、そしてセバスさんが――。
(あれ?)
セバスさんがいない……?
あの人の席にドクトルが座って、むこうは三人で会談を再開するつもり?
「待たせたわね。もう一度、交渉を再開しましょうか」
「あの、セバスはどこにいらっしゃいまして?」
「……もうあなたと無駄話をするつもりなんて無いの。交渉にかかわる事柄以外、口をつつしんで」
取り付く島もないカンジだわね。
そして陛下やお父さまたちと、仕切り直しで交渉が始まります。
(セバスさん、どうして急にいなくなったのかしら。あの人が行かなきゃいけないようななにかが起こったってこと? ……まさかっ)
まさか、爺やの潜入が見つかった?
で、でも、だとしたらアイツが落ち込む理由がよくわかんないし、知られたのなら大人しく会談を続けるはずがない。
きっと杞憂、取り越し苦労よ。
こんなヘンな胸騒ぎなんて。
〇〇〇
自分の最大の敵は自分自身、とはよく言ったもの。
容赦なく攻め立ててくる三人の『セバス』。
わたくしも全力を尽くしてはいるものの、自分とまったく同じ強さの相手が三人。
機密情報を記したメモを奪われないように立ち回るのが精いっぱい。
「サード、なぜ裏切ったのです……!」
猛攻をしかけながら問いかけるオリジナル。
彼の攻撃をさばく中、背後からセカンドとフォースが攻撃をしかけ、背中に二発の蹴りが命中。
吹き飛ばされたわたくしの身体はいくつもの木々をなぎ倒し、大木に叩きつけられてようやく止まった。
「く、ごほっ……! 効きましたなぁ……」
「先ほどの質問、答えていただきますよ、サード」
オリジナルのセバスはすでに目の前。
わたくしを見下ろすように立ち、おなじ問いを投げかける。
ただ任務のため、という風なセカンドやフォースと異なり、明らかな怒りが彼の目から見て取れた。
「お嬢さまを裏切ることなど、決して許されない。わたくしとおなじ顔、おなじ思考回路を持つあなたが、お嬢さまを裏切るなどと……!」
「……いかがしたのです? あなたが感情をむき出しにするなど珍しい――」
ドゴォッ!!
首に強烈な回し蹴りが叩きこまれ、言葉が中断される。
わたくしはまた逆方向に吹き飛ばされ、研究所の入り口前の地面を転がり、壁面にぶつかってようやく止まった。
「質問に答えなさい、サード」
「ごっ、がはぁっ!」
吐血。
すでに満身創痍の状態、ですか。
「も、申し訳ございません、お嬢さま……」
「裏切りの懺悔でしょうか。今さら遅いのですよ」
「もはや、お嬢さまのもとにお戻りすること、叶わぬやもしれません……」
……っですが、情報だけは。
この情報だけは、かならずお嬢さまのもとへ……っ!
「……そうですか。あなたにとって、もはやお嬢さまとは、あのお方を指す言葉ではないと」
「いかにも……っ。わたくしは、『お嬢さま』に忠を尽くすとお誓いしたのです……!」
立ち上がりながら周囲を見回すと、研究所の入り口につくられた飼育小屋が目に入る。
伝書バトの小屋、ですな。
国境沿いに仕掛けられた装置での記憶操作は、伝書バトにも影響をもたらす。
帰巣本能を揺さぶられ、届け先に行くことができなくなる。
しかしこの研究所で飼われているハトならば、装置の影響を受けずに行き来ができるはず。
アレをつかえばお嬢さまに情報を届けられる。
が、ただ飛ばしただけではセバスたちに簡単に捕まってしまうだろう。
ならば……。
「わたくしのいまの主人は、『お嬢さま』でございます!」
伝書バトの飼育小屋に走り、一瞬でタグをチェック。
お嬢さまのいらっしゃるマシロギオンの旧王城のタグがついたハトを見つけ出す。
「鞍替えですか。あなたがわたくしだとしたら、恥のあまりに生きてはいけませぬな」
「まったくでございます。理解に苦しみますな」
しかし戸を開けるより前に、セカンドとフォースが飛びかかってきた。
息を合わせた同時の蹴りによって吹き飛ばされ、飼育小屋から引き離されてしまう。
「側につかえて、情にほだされましたかな?」
さらにオリジナルの蹴りが胴体に突き刺さった。
もはやわたくしには、回避や防御をおこなう余力すらも残っていない。
身体がミシっ、と悲鳴のようなきしみを立て、またも壁面に叩きつけられる。
三人のセバスが周囲を取り囲み、オリジナルがわたくしの胸倉をつかんで立ち上がらせた。
「そ、そう、ですな……。わたくしは、あのお方にこそ仕えたいと、心から思ってしまったのです……」
「そしてあなたを味方につけた、あなたのお嬢さまは、これ幸いと危険な任務をまかせたわけですな」
「ち、ちがいます、な……。わたくしから、持ちかけたのです……。この任務を無事に終えて始めて、お嬢さまの家臣であると、わたくしは心の底から名乗れるのです……」
「なるほど、罪滅ぼしの忠節ですか。……やはりあなたも、どこまでも『わたくし自身』のようだ」
オリジナルが一瞬、ほんのわずか一瞬だけ顔を伏せる。
彼がここまで感情を表に出すとは、本当に珍しいことだ。
その一瞬のスキを突き、わたくしはふところから丸い器具を取り出す。
研究所に潜入した際に拝借した、いくつかの小物のうちのひとつ。
器具についたピンを外し、地面に思いっきり投げつけた。
〇〇〇
あの男を、サードを自分自身だと認めたくなかった。
自分とおなじ顔と思考回路を持つ男がお嬢さまを裏切るなど、断じてあってはならないことだ。
だが、あの男の思考はどこまでもわたくし自身のものだった。
動揺が感情とともに表に出てしまい、ほんの一瞬、目を離してしまった。
そのわずか一瞬のスキをつき、ヤツは懐から閃光弾を取り出して炸裂させたのだ。
ドクトルの作ったものの中から拝借してきたのだろう。
強烈な光に目がくらむ。
わたくしより少し離れた場所にいた『セカンド』と『フォース』も、おなじく光に視界を奪われたようだ。
「く……っ、ヤツは……!」
すでに『サード』を拘束している感覚はない。
このままでは取り逃がしてしまう……!
――3秒後、視界が元にもどったとき、すでにヤツの姿はどこにもなかった。
開け放たれた伝書バトの飼育小屋と、森のなかへ点々と続く血の跡を残して。
「……痕跡を残すとは、らしくない。そこまで追い詰められていたということでしょうか。追いますよ、セカンド、フォース」
情報は絶対にわたさない。
お嬢さまのため、絶対に。




