07 恨まれまくってますわ!
「ひゃあぁっ!」
倒れ込むように飛び込んで、振りぬかれるこぶしをなんとか避けられた。
風圧で若干吹き飛ばされながら、大声で叫ぶ。
「爺や! 来なさいましッ!」
シュバッ!!
どこからともなく現れた爺やが、追撃を受け止めた。
そうしてはじまる、ふたりの激しく壮絶なこぶしの撃ち合い。
見た感じ、互角……?
あの爺やさんと!?
「あ、あなたッ! まさかあなただったんですの!? アカデミーでわたくしたちを狙った暗殺者はッ!!」
「いいえ、ちがいます」
「ちがいますのッ!? でしたら暗殺者ではありませんの!?」
「暗殺者です。別件です」
「別件ですのッ!!?」
まさかの二件目!?
このお嬢様どれだけ暗殺の計画されてたのっ!
「や、雇い主はどなたですのっ? 大人しくゲロらなければ、力ずくでも聞き出しましてよッ! 爺やが!」
「雇い主などおりません。私の意思でねらいました」
「ゲロりますのッ!!!?」
ちょ、調子が崩される……!
ともかく、『わたくし』を狙っている凄腕の暗殺者ということだけはわかった。
爺やさんだけが頼りのこの状況、彼ひとりで倒せないとなると、かなりまずいわね……!
「お嬢様、お話はもうよろしいですかな?」
「……はい?」
「どうやら例の暗殺計画とは無関係の様子。ならばもう、話せなくしても大丈夫ですかな?」
チヒロと激しく打ち合いながらの爺やさんの発言に、思わず目を丸くする。
その口ぶりじゃ、まるでいつでも倒せるみたいな……。
「よろしいですな?」
「よ、よろしいですわっ!」
「では――」
爺やさんのモノクルの奥の目がギラリと光る。
直後、チヒロの風のこぶしを身体をひねって避けながら、鋭い掌底を腹部に叩きこんだ。
「ぐ……っ」
ひるみながら後ずさるチヒロを前に、爺やさんの姿が消える。
そして始まる、あまりに早すぎる連撃。
わたしの目には、チヒロが見えないなにかに四方八方から攻撃されてるようにしか見えなかった。
「こ、こんなっ、はずでは……っ」
「終わりでございます」
ドガァッ!
最後に大振りの上段回し蹴り(わたしにもみえたわよ!)を顔面に喰らって、チヒロは完全にダウン。
つ、強すぎる……。
「う……ぐ……っ」
「片付きましたな。まだ意識があるとは驚きですが」
爺やさんが燕尾服の乱れを直しながら、倒れたチヒロに近づいていく。
拘束して牢屋にでもブチ込むつもりなのでしょう。
ひとまず一件落着、なのかしら……?
「こんな、ところで……っ。私が倒れたら、家族、が……っ」
「……家族?」
絞り出すようにつぶやいたチヒロの言葉が耳にとまる。
わたし、このままこの人を別件の暗殺者として片付けていいのかしら……。
「……爺や、お待ちになって」
「む……? いかがされましたかな?」
「先ほどの発言、一部撤回させていただきますわ。話したいことができましたの」
わたしの意をくんでくれた爺やさんが、足を止めてわきにひかえた。
心の中でお礼を言いつつ、チヒロの前まで進み出る。
本物のご令嬢のように堂々と、肩で風切るように。
「あなた、なぜわたくしを狙ったのかしら。それを聞くまで、あなたを牢にブチ込むわけにはまいりませんわっ」
「……いい、でしょう。恨み晴らすが叶わぬならば……っ、せめて恨み言を吐かせていただきます……!」
恨みたっぷりに『わたくし』を見上げながら、チヒロが話し始めます。
「私の母は、長年あなたのお屋敷で女中をしてまいりました……。シエラという女中です。あなたのことですから、覚えていないでしょうが……」
覚えていない、というか知らないです……!
わたし、いま現在お屋敷につとめてる人のデータしか渡されておりませんので……っ!
「母はある日、あなたのお付きに転向となり、そしてあなたは母を無能として解雇した」
「よく覚えておりますな。彼女のご息女でございましたか……」
爺やさんが神妙につぶやいた。
なにも言えないわたしの代わりにナイスフォローです。
「私たちは8人の姉妹と母の家族。それまで貴族屋敷勤めの給金でなんとか食いつないできましたが、解雇された心労からか母が難病に倒れ、蓄えも底を尽きかけ、一家は路頭に迷う寸前……」
チヒロの目が、するどくわたしをにらみます。
「すべて、すべてあなたのせいです……!」
「それで、恨みに思って暗殺を企てた、と?」
「その通りです……。あなたを殺して恨みを晴らし、さらに貴族を暗殺したという実績を持って暗殺稼業を始めるつもりでした……」
「あなたが貴族屋敷で働く、という選択肢はなかったんですの? 現にあなた、こうして採用されているじゃありませんこと」
「言ったでしょう、給金でこれまで『なんとか』食いつないできた、と。母の治療費も払わねばならない今、屋敷勤めではもう足りないのです」
なるほど、ね。
だから『わたくし』を殺して恨みを晴らし、腕前を活かして裏稼業で稼ごうとしていた、と。
「……事情はおおむね、わかりましたわ」
「気が済みましたか。でしたらどうぞ、牢にでも処刑台にでも連れていってくださいませ」
「いいえ、決めました。わたくし、あなたをお付きのメイドとして正式に雇いますわッ!!」
「……はい?」
高らかに宣言するわたしを、チヒロが信じられないといった目で見上げる。
無表情を決め込んできた爺やさんも、さすがにちょっとまゆ毛が動いたわね。
「は、話を聞いていましたの? 私はあなたを恨んでいる。それに貴族屋敷の給金では、もう家族を養えないと――」
「でしたら五倍! 通常の給金の五倍、払わせていただきましてよ! あなたには、それだけの価値があるッ!!」
「――……」
ぽかん、と口をあけていらっしゃいます。
自分の耳が信じられない、ってカンジの顔ね。
「ほ、本気……ですか……? 自分を殺そうとした相手を、側仕えにするだなんて……」
「わたくし、細かいことにはこだわらないタチですの。優秀なメイドを失う方が、よっぽど重大ごとですわ」
倒れたままのチヒロに手をさしのべる。
彼女はすこし迷ったあと、わたしの手をとって立ち上がり、両手でスカートのはしを持ち上げてお辞儀した。
「……感服いたしました、お嬢様。このチヒロ、この先あなた様に誠心誠意お仕えする所存ですわ」
「えぇ。頼りにしていてよ」
今度こそ、間違いなく一件落着だわね。
……と、そういえばひとつだけ気になることが。
「ねぇ、ひとつ聞いてもよろしいかしら。わたくしを殺すつもりだったのなら、食事に毒をいれればよろしかったのではなくて?」
ここ数日、何度か軽食や朝食を用意してもらったもの。
大変おいしゅうございました。
「……母の教えです。どんな時でも、食べるものだけは粗末にするな、と。ゆえに暗殺は実力行使のみ、と決めておりました」
「じつにエレガントな教え、ますます気に入りましたわ。あなたの料理、これからも食べさせてくださいまし」
「よろこんで」
微笑み、優雅にお辞儀するチヒロ。
こうして暗殺事件解決にむけ、たのもしい側近が増えたのでした。