66 出発目前、やる気満々ですわ!
テュケさんクラさんのお二方、ホントに大丈夫なのかしら。
チヒロは心配ないと言うけれど、昨日お話したときのショックの受けようときたらなかったものね。
不安に思いながらも一夜明け、会談の日まであと十二日、出発まではあと二日。
なんと朝から我が屋敷に、例のお二方が押しかけてきました。
「ソルナ様っ! わたくしたち、変わらずおそばにお仕えしますわぁ!!」
「会談にも護衛として、同行させてくださいですの! ふたりで話し合って決めましたの!!」
お部屋に通すやいなや、ものすごい勢いで嬉しいことを言ってくれて。
わたくし、ちょっと視界がうるんでしまいましたわ。
「お二方、本当によろしいんですの……? わたくし、あなたたちの仕えたかったソルナペティではないのでしてよ?」
「もう決心しましたの! いまのソルナ様だって、お仕えするにふさわしいお方ですの!」
「それにわたくしたち、もう一度『あのソルナ様』に会いたいんですわぁ! いいえ、会わなければならないのですわぁ!」
お二人とも、相当な葛藤があったでしょうに。
チヒロに視線を送ると、笑顔でうなずかれました。
「……わかりましたわ。あなたたちおふたりに、会談でのわたくしの警護を命じますッ」
「はい、ですのっ」
「ですわぁ」
お二人ともいいお返事。
チヒロの進言通りにして本当によかったわ。
〇〇〇
放課後、ソルナペティ家臣団の主要メンバーをお屋敷の客間に集めてみた。
つまりチヒロとテュケさんクラさん、そしてエイツさんね。
出発まで二日とせまった今日、しっかり会議をしておかないと。
そう思って招集をかけたのだけれど……。
「あ、あの……。アイシャ?」
「なによ」
「呼びましたっけ、わたくし」
「呼ばれてないわ」
「ですわよね」
よかった、わたしの記憶違いじゃなくて。
当然のようにわたしのとなりに座ってるんですもの。
おどろいちゃった。
「私もね、ついていくことになったから」
「えっ」
「会談。お父さまが後学のためについてこい、って」
なんとエイワリーナ公がそんなことを。
アイシャから言い出したわけじゃないのね。
「お父さまの部隊といっしょに、エイワリーナの人間として行くんだけどね。いちおう同行するわけだから、ここにいたっていいじゃない。……それとも、いちゃ悪いかしら」
「かまいやしませんわ! わたくしだってアイシャといっしょにいたいですものッ」
ほんのりスネた感じでそんなこと言われたら、追い出せるわけがございません。
最初っから追い出すつもりなんてないけどね。
「ば、ばかっ。また恥ずかしいこと言って……」
「うふふ」
久々に見た照れ顔もまた可愛らしい。
あんまりニヤニヤしてると今度はほっぺを引っ張られそうなので、このあたりにしておこう。
「それにしてもエイワリーナ公、どうしてアイシャさんを同行させることにしたのでしょう」
「わかんない」
「きっとアイシャベーテ様が、ソルナ様といっしょにいたいと思っていらしたからですわぁ」
「その気持ちを汲んだエイワリーナ公が、共にいられるように計らってくださったに違いありませんのっ」
「ちょ、あなたたちっ! そんなわけないから、ちがうからっ!」
テュケさんクラさん、きっとソレ当たってる。
あのお義父さまってば、ああ見えてとっても娘思いだものね。
「もうっ、この話終わりっ!! 会談にむけての話し合いでしょ!!」
「ですわね。アイシャさんを愛でるのはこのくらいにいたしますわ」
「愛でるとか言うなっ!」
「……こほん。まずは皆さん、基礎的な情報を知っている前提で進めてもよろしくて?」
「問題ないわね。お父さまから聞かされたから」
「わたくしたちもっ」
「ソルナ様から聞かされましたのっ」
「エイツさんは?」
「かまわない。先ほどキミのメイドから聞かされたからね」
チヒロってばいつの間に。
相変わらず優秀だわね。
「結構ですわ。まず二日後、国王陛下とお父さま――つまりミストゥルーデ公、それとエイワリーナ公、マズール辺境伯の一団が王都を発ちますわ。その中にわたくしたちも加えていただく形になりますわね」
「エイワリーナ公の一団のなかに加わるカンジですわねぇ」
「光栄ですのっ」
「旅程は約十日、か。そのあいだにいろいろと仕込めそうだ」
エイツさん、なにか企んでいらっしゃるわね。
また驚きの発明でも作ってくださるのかしら。
「わたくしも会談の場に同席させていただけることになっております。発言権も与えられる……でしょうが、まぁ脇役もいいところな扱いをされると思われますわ」
「それでも、なにかしたいのでしょう?」
「えぇ。脇役で終わるつもりなどございませんわ!」
アイツに言ってやりたいこと、たくさんあるんだから。
真正面からいろんな気持ちをぶつけてやるわ。
テュケさんクラさんも同じ気持ちみたい。
おたがいの顔を見てうなずき合った。
「そして問題はそのあと。会談が終わったら、爺やが合流する予定ですわ」
「爺やさんが……? そういえばずっと姿を見ないわね」
「なにをしているのか、詳細はちょっとここでは言えないかもなのですが……。遅くとも当日の夜には顔を見せますので」
ここは断言。
爺やを信じているんだもの。
「空中要塞『アルムシュタルク』。アレをなんとかする方法を、必ず持ち帰ってくれますわ」
「空中要塞、か。そんなものを作るとは、ドクトルという男、相当な技術力と頭脳の持ち主だね」
「エイツさんでも無理ですわよね、あんなの作るなんて」
「不可能、と言いたくはないが脱帽だ。だがね、対抗意識なら燃え盛っているところだよ」
「燃え盛っておりますのね」
その情熱、どのような形で実を結ぶのか楽しみにしておきましょう。
「空中要塞さえ落とすことが出来れば、ワーキュマー側も降参するに違いありませんわ。そのときはわたくし、アイツを連れ戻すつもりでおりますの。テュケさんクラさん、協力お願いできますわよね!」
「もちろんですのっ!」
「最初っからそのつもりですわぁ!」
お二方のいいお返事をいただきました。
その後は旅程の準備やらなんやら、細々とした話をしてから解散に。
皆さんとっても気合いが入っている様子。
これなら何が起こっても、なんとかなる気がしてきたわ。
だから待ってなさい、もうひとりのソルナペティ。
もうすぐあなたに、今度はこっちから会いに行ってやるんだから。
〇〇〇
「なぁセバス。今度の会談、建設的な話し合いなんて出来ると思うかい?」
ワーキュマーの酒場。
カウンター席に座ってカップ一杯の酒をあおる中、ドクトルの不意の問いかけが投げかけられた。
「不可能でしょうな。王国側に我が国の要求を受け入れるつもりなど、さらさらございますまい」
「だよなぁ。わかりきったことだ」
なんらかの打開策を探すための時間稼ぎ、あるいは民衆に対しての『なにかしてます』アピール。
そんなところだろうか。
「そのような会談を、お嬢の方から申し込んだ理由。側近のあんたならわかるかい?」
「……近ごろ、お嬢さまに避けられていますのでな。もはや側近と呼べたものか」
「気まずいのさ。どう接していいのかわからないだけだ。つまりは信頼の裏返し」
……たしかに、お嬢さまが本気でわたくしを遠ざけられるおつもりならば、追放処分でもされているだろう。
お側においてくださっている以上、誠意をもってお仕えせねば。
「……して、先ほどの問いですが。おそらくお嬢さまには、他に目的があるのでしょう」
「ほう、目的とは?」
「さすがに測りかねますな。なにぶん、遠ざけられておりますゆえ」
遠ざけられてはいても、あの方に意味のない行動など一つも無いと断言できる。
今回も先の議会とおなじく、王国にインパクトを与えるなにかを用意しているのだろう。
……しかし気になる点もないわけではない。
もしも会談の場に『もうひとりのお嬢さま』が現れた場合、あの方のお心は、また乱れてしまうのではないだろうか、と。