63 わたくしもアイツに会いたいですわ!
「二週間後の会談に合わせて、爺やにはワーキュマー国内に潜伏していただきますわ。そして会談当日、ドクトルとやらの研究所に潜入を」
「必ずや、空中要塞アルムシュタルクの弱点を王国へと持ち帰りまする。……そのときはじめて胸をはって、自分はお嬢さまの臣下であると言える気がいたしますな」
ほがらかに笑う爺やなんて初めて見たかも。
嬉しいこと言ってくれるし、なんだか照れちゃうわね。
「わたくし、とっくに爺やを片腕と思っておりますわよ」
「わたくし自身が納得するためでございます。ではさっそく準備に入らせていただきます」
「まだ二週間もありますわよ? 常人ならここからマシュート領まで10日くらいかかるでしょうが、爺やならすぐでしょうに」
「いろいろと準備もありますので。これにて失礼」
一礼をして、背を向けドアノブに手をかける爺や。
その背中がいやに小さく見えてしまって……。
「お待ちなさいっ」
思わず呼び止めてしまった。
「……いかがなされましたかな?」
「い、いえ、いかがもしないのですけれど……」
ホントになんとなく呼び止めてしまっただけ。
爺やに限って万が一なんてありえないけれど、不思議と胸騒ぎを感じるのも事実でして。
「――無事に、もどってくださいませ。これは主人としての命令ですわ」
「……しかと胸に刻みました」
胸に手を当てて小さくおじぎをすると、彼は扉をあけて出ていった。
残されたのはわたしと、もうひとりの片腕であるチヒロ。
「……チヒロ。この作戦、成功しますわよね?」
「爺やさまは私が足元にも及ばぬ手練れ。作戦が失敗する確率ならば、0と言い切れます。かならずや情報をもたらしてくださることでしょう」
「で、ですわよね」
うん、爺やなら絶対に大丈夫。
それよりわたしも、やれることをやらないと。
会談に同行、あわよくば同席させてもらえたら、『アイツ』と正面から話せるチャンスがあるかもしれない。
知りたいんだ、アイツが、『もうひとりのわたし』がいま何を考えているのかを。
そのためには、まずお父さまにお願いするのが一番よね。
「チヒロ、わたくしたちも行きますわよ。まずはお父さまのところへ」
「お供いたします」
チヒロを引き連れ、肩で風切って歩き出すわたし。
ちょっとは貴族っぽくなってきたかしら。
そうして堂々とお父さまのお部屋の前までやってきてノックをしますが、返事はなし。
「……? 留守かしら。チヒロ、なにか存じていて?」
「今朝までならば、お屋敷におられたことを存じておりますが、それ以降となると、お嬢さまと共にいたため把握しかねます」
「そうですのね。……あ、もし、そこのあなた」
通りかかった使用人の執事に声をかけてみます。
このひと、たしかお父さまのお付きのひとです。
「ソルナペティお嬢さま、いかがなされました」
「お父さま、どちらにいらっしゃるのかしら。存じていて?」
「公爵閣下ならば、エイワリーナ邸に参りました」
「アイシャのとこに?」
「エイワリーナ公と話があるとのことで、少数の共を連れて先ほど外出されていきましたよ」
「ありがとう。チヒロ、聞きました? 追いかけますわよっ」
「どこへなりとも」
さっきと同じく肩で風切り歩き出す。
それにしてもエイワリーナの屋敷に行ったのかぁ。
公爵同士でお話するような内容となると、やっぱり『アイツ』の件よね。
だったらちょうどいいのかも。
エイワリーナ公だって、いちおうわたくしの『お義父さま』なわけですし、陛下に同行を口添えしてもらえるかもしれないものね。
……というわけで、近所のエイワリーナ邸を訪れました。
出迎えのメイドさんにアイシャに会いに来たと勘違いされましたが、お父さまに用があると伝えると、
「そ、そうなのですか!? ごめんなさい、そそっかしくて!!」
と大げさにあやまられてしまった。
この子、たしかアイシャのぬいぐるみショッピングに付き合ってたメイドよね。
ということはあの子のお付きなのかな?
「えぇと、ミストゥルーデ公でしたらあちらのお部屋におられましゅっ、こちらへどうじょっ!」
噛んだわね。
まぁいいや、案内してくれるのなら。
メイドさんについていって、とある部屋の前までやってくる。
立ち止まったメイドさん、どういうわけか深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、高台から飛び込むみたいにドアをノックした。
「し、失礼いたしますっ! お客さまをお連れしましたのですがっ」
『む、彼が来たのか?』
「彼っ? 彼ではなく彼女でありましゅっ」
『では帰せ! 人払いの指示が出ているであろう!!』
「ひっ……!」
返ってきたエイワリーナ公の怒鳴り声に、すくみ上っちゃってるわね。
なるほど、あの人が怖かったのか。
わたしも最初、怖いだけのおじさんだと思っていたし仕方ない。
「――こほん。わたくしです、ソルナペティです。お父さまとエイワリーナ公にお話したいことがあって参ったのですが、都合が悪いのであれば改めますわ」
『む、ソルナペティ嬢か……。ミストゥルーデ公、彼女ならばよろしいかな』
『かまわない。先ほど聞かせた話のとおり、あの子も深くかかわっている問題だ』
『ふむ、ならば入って良し。ただしエメルダよ、そなたは今すぐ立ち去ることだ』
「は、ひゃいっ、死にたくありましぇんのでっ!」
逃げるように去っていったわね、あのメイドさん。
ともかく入室許可が下りたので、貴族らしくチヒロに開けさせ優雅に入室。
室内は応接間のようなカンジね。
低い机をはさんで、長いソファーにお父さまとエイワリーナ公がむかい合って座ってる。
「ごきげんよう、お父さま。エイワリーナ公も、ご機嫌うるわしゅう」
「うむ。座るといい」
「お言葉に甘えて。……チヒロを同席させても?」
お父さまの横に座りつつ、従者の同席を確認。
エイワリーナ公は腕を組んでうなずきます。
「結構。彼女もすでに、そなたと『シャディア・スキニー』の事情を知っているのだろう?」
「はい、存じております」
涼しい顔で答えるわね、チヒロ。
まぁ当然か、知っていたのだからね。
わたしとアイツの関係……、を……?
「え゛、チヒロ、知っていましたの!?」
「爺やさまから聞かされました」
「それで今までノーリアクションで、いつもどおりに仕えてくれておりましたの!?」
「私にとって、恩義のあるお嬢さまはあなた様にございますれば」
「そ、そうですのね……」
ちょっとビックリしたわ。
でもチヒロって、もうひとりのソルナペティにお母さまをヒドイ目にあわされて、恨んでいたんだものね。
別人だとわかったら、むしろスッキリした気持ちで仕えられるのかな。
「と、ところでお父さま方。わたくしの身の上についての話をしていらしたので?」
「それもあるな。『マシュート事変』の話のなかに、そなたの話題も自然とふくまれる」
「マシュート事変って呼ばれていますのね」
「『ワーキュマー共和国』を、王国は正式に国と認めていないからね。公式ではいまも、あそこは『マシュート領』なのさ」
なるほど、お父さまの説明に納得。
呼び方ひとつとっても『誇り』や『メンツ』が出るものね。
「さて、話の続きといこう、エイワリーナ公。ソルナも話があるようだし」
「まぁ待て、せっかくだ。彼の到着も待とうではないか」
「彼……? そういえば先ほど、わたくしを誰かが来たとお思いになられていましたわね」
「あぁ、我らが待っていたのはな――」
ゴンゴンッ!
「――と、ウワサをすれば」
えらくゴッツいノックの音。
直後、豪快にトビラが開けられて、エイワリーナ公以上に強面のおじさんが姿をあらわしました。
「待たせたな。……おっと、こりゃ驚いた。本当にそっくりでいやがる」
わたしの顔を見るやいなや、豪快に笑うこのおじさん。
知ってる、見たことあるわ。
白髪混じりのふさふさのおひげに、傷のたくさんついた顔。
「よく来たね、マズール辺境伯」
「呼ばれたからな、来てやったぜ」




