60 このわたくしに黙っていらしたの?
このわたくしが母のお腹からではなく、わけのわからない『光』とかで生まれてきた……?
そのようなこと、ショッキングではありますがどうでもよろしいことですわ。
貴族を捨てた時点で、自分のルーツなどもはや無関係。
なによりも許せないのは『隠し事をされていた』こと。
このわたくしが、隠し事をされていたのですわよ?
大事なことを隠されていただなんて、許せるはずがございませんわよねぇ。
旧マシュート領貴族屋敷、現ワーキュマー共和国首相官邸。
ドクトルの転送装置でここに戻ってきた以上は、一切の隠し事をぶちまけていただきますわよ。
デスクに両手をバン、と叩きつけ、セバスを問い詰めてやりますわ。
「さぁセバス、話していただこうかしら。この私に隠し事をしていた、その理由を!」
「……お嬢さまがショックをお受けになられるかと」
「見くびらないでッ! そのような苦しい言い訳、今さら通るとでも思っているの!?」
この期におよんで言い逃れをしようとするだなんて。
あぁ、このセバスという男を買いかぶっていたのかしら、このわたくしが。
「あなた、『ソルナペティ』が死んだとウソの報告をしたのよね……? 怪しすぎるのよ。なにが目的でそんなことをしたのかも、答えてもらうわよ」
「……わかりました。もはや話すしかないでしょうな」
観念しましたのね。
最初からすればよろしいのですわ。
時間のムダですのよ。
「『ソルナペティさま』の誘拐をくわだてたのは、先代マシュート公でした。マシュートとエイワリーナの両家が不仲なこと、存じていますな? 先代マシュート公はエイワリーナ家に罪をなすりつけ、権威の失墜をはかったのです」
「くだらない。本当にくだらない貴族同士の権力争い、足の引っ張り合いね」
「しかし貴族のご息女を簡単に誘拐することなどできない。そこで内部の人間に、協力者を作ることにしたのです。それが、当時もっとも信頼の厚かったミストゥルーデ公の家臣、このわたくしでした」
「……なんですって?」
「わたくしです。わたくしが『ソルナペティさま』誘拐の実行犯なのです」
わたくしがソルナペティさま誘拐の実行犯なのです?
なにを、なにを言っているの……!?
「ふざけないでッ!! だったらあなた裏切り者じゃない! よくも今までぬけぬけと……ッ」
「おっしゃるとおり。家族を人質にとられ、忠義と家族を天秤にかけて家族を選んだ不忠者がわたくしの正体です」
「言い訳がましい弁解まじりの自己紹介ね。腹立たしい」
「なんと言われても甘んじて受け入れます。それだけのことをした。誘拐の日から、後悔に苛まれぬ日はありませんでした」
セバスがこんな裏切り者だったなんて。
いつかわたくしのことも裏切るのではないかしら。
信用のおけない人材なのではなくて?
「誘拐事件の最中、あなたさまがお生まれになられた。ソルナペティさまにうり二つのあなた様を、あろうことかミストゥルーデ公は裏切り者のこのわたくしに抱き上げさせてくださったのです。……腕のなかであどけなく笑うあなたさまに、わたくしの後悔は頂点に達しました」
……なんですの。
このわたくしのことで涙ぐんだりしたら、怒りきれなくて胸がモヤモヤするじゃない。
「あ、あなたの気持ちなんてどうでもいいの。その下らない計画とやらについて話しなさい」
「かしこまりました。先代マシュート公の計画はこうでした。ソルナペティさまをエイワリーナ領に移送し、そこで殺害してエイワリーナの手の者が行ったように見せかける」
「しかし計画は失敗した。『ソルナペティ』は生きているし、そんな事件、聞いたことすらないものね。なぜかしら?」
「護送中の一団が、皆殺しにされたからでございます」
「……皆殺し?」
「先ほども述べた通り、わたくしは計画に荷担したことを後悔しておりました。そこで護送中の一団を襲い、ソルナペティさまの奪還をはかったのです。……しかし、一団はすでに全滅していた。ソルナペティさまも姿を消していたのです」
「おかしな話ね。だったらどうしてアイツ、生きていたのよ」
「わかりませぬが……。ともかく計画は失敗。前マシュート公も、ミストゥルーデ家自体に恨みを持つわけではない。これ以上の深入りを避け、事件は終わりをむかえました」
なんともスッキリしない話ですわね。
謎が残ってモヤモヤしますわ。
「もやもやしている顔だねぇ、お嬢」
「……ドクトル。聞いていたの」
部屋に入ってきましたわね、ドクトルが。
聞き耳立てていらしたのかしら?
「そのもやもや、俺が全部解決してやろう。……じつはね、お嬢が産まれた瞬間に、この俺も立ち会っていたんだよね。ミストゥルーデ夫妻の誘拐への嘆きに、今みたいに聞き耳を立てていたら、さ」
「な、なんですって……! ドクトル、あなたも知っていたというの……!」
「そう怒りなさるなって。祝福の光が人間を形作る――そんな神秘的な現象を目にして、俺ぁ居てもたってもいられなくなった。震えたよ、好奇心という『生きる原動力』がギンギンに刺激されたッ」
両手をワキワキさせながら、目をギンギンに輝かせる。
この男の狂気めいた知的好奇心が、あの数々のバケモノ発明を生んだのですかしら。
「『ソルナペティ』という人間を調べたくてたまらなくなってね。どうしても体組織のサンプルデータが欲しくなった。お嬢の毛髪なら簡単にゲットできたが、オリジナル――おっと失礼、元居た方のソルナペティは誘拐されてて手に入れられない。これでも当時、王直属の技術者だったんだが、あらゆる人脈とコネを使って探させ、自分でも探した。そして見つけたんだ」
「……あなたの手の者が皆殺しにした、ということね」
「ご名答。ソルナペティを手に入れて、さらに先代マシュート公をも脅したんだ。このことを世間に公表したらマシュート家の権威は地に落ちるぞ、ってねぇ。ヒヒヒっ」
「よく殺されなかったわね」
「殺しても無意味なようにしていたのさ。俺が死ねば、各地の手の者が事件を公表するように命じていた。そんな脅しのおかげでマシュート領に、立派な隠れ研究所まで作ってもらえて幸運だったよ」
あの研究所、どうしてマシュート領にあるのかと思ったらそういうこと。
少しはモヤモヤも晴れたけれど、まだ完全ではありませんわね。
「で、『元のソルナペティ』をどうしたの」
「サンプルデータをたっぷり取ってから、王都のスラムに放したんだ。俺が誘拐犯だと思われちゃ、たまらないからねぇ」
「立派な誘拐犯でしょう。なぜ王都のスラムに?」
「ありゃ『影』だ。貴族が見ようともしない、存在の認識すらしようとしていない王都の影。そんなところに貴族のお子様がいるなんざ誰も思いもしない。それでも見つけられたなら、そりゃ大した貴族だよ。お嬢、アンタのようにな」
「灯台下暗し。身近だからこそ絶対に見つけられない場所、というわけね……」
ドクトルにいろいろと言ってやりたいことはありますけれど、最初からこの男に人格面での期待なんて一切していない。
それよりもセバスですわ。
あぁ腹立たしい。
このわたくしが信頼を置いていたというのに、ずっと隠し事をしていただなんて……!