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06 優秀なメイドさんですわ!




 あれから三日。

 特に何事もないまま、平穏な日々が続いている。

 第二の暗殺事件が起きるでもなく、暗殺者が捕まることもなく。


「お姉さま、いつごろ人望見せつけてくださいますのぉ~? お早くなさらないとシーリン、おばあ様になってしまいますわぁ。くすくすっ」


「うっせーですわよ。そのうちですわ、そのうち」


 今日もおガキさまに煽られながら優雅に朝食を楽しんでいます。

 ……どうして朝から『わたくし』の部屋にいるのでしょうね、この妹。


 ともかくスラムにいた頃からは考えられないような朝。

 白いお皿にのった香草焼きの切り身の魚をナイフで切ってフォークで口に運びます。


「……あら、普段よりおいしいですわ。シェフが変わったのかしら」


「お嬢様。本日は私が作りました」


「チヒロ、あなたが?」


 かたわらに控えるメイドの言葉に驚く。

 ここに来てまだ日が浅いけれど、普段食べてるプロのシェフが作った食事と比べても引けを取らない、どころかおいしい。


「仕込みから気合いを入れてございます」


「あなた、優秀ですのね。ほめてつかわしますわっ」


「ありがたき幸せ」


「え~、お姉さまにはもったいな~い。ねぇあなた、今からでもシーリンに仕えませんこと?」


「申し訳ございません。ソルナペティお嬢様にお仕えしたく参上いたしましたので」


「さっそく人望、見せつけましたわね? おーっほっほっほっほ!!!」


「ぬぬぬぅ……っ! な、なんのっ。これで勝ったと思わないことですわっ!」


 指をビシっと突きつけて、部屋を出ていくシーリン嬢。

 なんだか朝から、すっごく気分がいいですわね!

 おーっほっほっほっほ!!


 ……っと、危ない危ない。

 心までソルナペティになるな。



 〇〇〇



 学園生活も、あの日から特になにも無し。

 強いてあげるなら、アイシャ嬢の態度がますます冷たくなったこと、かなぁ。


 バッタリ出くわしても、言葉を返してくれないのはもちろん、目すら合わせてくれない。

 たまに視線がかち合ってもすぐに反らされるし。


 あの子に決闘を挑まれないために、少しでも好かれておきたいんだけどなぁ……。

 これはこれでやらなきゃいけないことよね。

 ただ、やっぱり最優先は暗殺者とその目的、もしくは雇い主を突き止めること。

 そのあたりを、おもに爺やさんが調べてくれているのだけれど……。


「爺やさん、進展は?」


「あまりかんばしいとは言えませんな」


 爺やさんが手帳を片手に、首を左右にふった。

 近ごろはアカデミーから戻ったあと、自室で爺やさんから今日の調査結果の報告を受けるのが日課になっている。


「あのときの岩石の硬度、あれはかなり高度な技術と高い魔力で練り上げられたものでした」


「実行犯は凄腕の魔術師、ということですね」


「えぇ。これほどの腕前の魔術師で、かつ裏稼業を請け負う暗殺者となると、数は相当限られてくるのですが、心当たりは全てハズレでした」


 心当たりに直接当たってきたんだ。

 わたしも裏稼業みたいなモンだから、彼らがどれだけ口が固いか知ってるつもり。

 なのに無関係だと確信できた、ってことは、聞き出せたってことなんだろうけど。


 ……か、考えるのはやめておこう。

 心当たりっていうくらいだから、きっと旧知の仲で信頼関係が厚いとかだわね、うん。


「少々手こずったために、三日もかかってしまいましたこと。まこと手際が悪く、申し訳ございませぬ」


 黒手袋につつまれた指をコキっ、と鳴らす爺やさん。

 考えないよ。

 なにをしていた、なんてぜったい考えない。


「こ、こほん。雇われの線が薄いとなると……?」


「貴族お抱えの魔術師か、あるいは――首謀者本人の可能性も」


 首謀者自身が実行犯として、わたしたちを殺そうとした。

 そんなこと、ありえるのかしら。


 けど、襲われたのはアカデミーの敷地内。

 怪しい人物の目撃証言がゼロな以上、ありえないとも言えないのかな。

 貴族なら生徒の関係者として、学内にいても怪しまれないわけで。


「いずれにせよ、これまでとは別の切り口から調べる必要がありそうです」


「おねがいしますね」


「お嬢様のおおせのままに」


 深々とおじぎをする爺やさん。

 ホンモノのお嬢様相手じゃないのによく頑張ってくれて、感謝と同時に『いいのかな』って気持ちもある。


 いい、のかな。

 わたしに尽くすっていうのが、そもそもお嬢様の命令だし。


 コンコンっ。


「――っ!」


 ドアがノックされた。

 会話の内容、聞かれてないわよね?

 ともかく、すぐに頭をソルナペティモードに切り替えだ。


「では爺や、行きなさい! 吉報を期待していますわっ!」


「ははっ」


 シュンッ!


 いつものように爺やさんが消えるようにいなくなる。

 これからは念のため、誰もいないときでもお嬢様演じていた方がいいかしら。


「コホン。入ってよろしい」


「失礼いたします」


 入ってきたのはメイドのチヒロさん。

 ここ最近、お屋敷内では『わたくし』に付きっ切りで世話をやいてくれている。

 ホントに優秀なメイドさんですわっ。


「あらチヒロ、なに用でして?」


「お嬢様にご来客でございます。アイシャベーテ様がお会いになりたいとのこと」


「アイシャさんが、わたくしに……?」


 なんだろう。

 まさかこの状況下で決闘の申し込み、なんてことはないでしょうし。

 仲良くなるチャンス、と思っていいのかしら。


「わかりましたわ、会いましょう。アイシャさんは客間にいらっしゃるのかしら」


「ご案内いたします。こちらへどうぞ」



 チヒロさんに案内されて、やってきたのは屋敷の裏庭にある庭園。

 よく手入れされた植木が石畳の通路を壁のように仕切っていて、ところどころにティーセットを置けるようなテーブルがある。

 屋外だけど屋敷の中とおなじくらい、誰かに聞かれたくないお話をこっそりするのにむいてる場所ね。


「ここにアイシャさんが?」


 庭園の一番奥まで案内されたわけですが、アイシャさんどこにも見当たりませんわね。

 キョロキョロあたりを見回して、後ろにひかえるチヒロさんをふり返ります。

 そしたらわたし、腰を抜かしそうになりました。


 なぜならそこには両の拳に渦巻く風をまとってふりかぶる、チヒロさんの姿があったから。




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