59 あなたは頼れる腹心ですわ!
アイシャとお父さま、お母さまのおかげで、今のわたしは冷静だ。
頭もしっかりまわるわよ。
仮面のお嬢さまも自分だって、アイシャのおかげで胸を張って言えるから。
お父さまとお母さまのおかげで、自分はここにいていいんだって心から思えるから。
お父さまのお部屋で、お父さまとふたりで卓をかこむ。
テーブルの上にはクレイド王国の地図が用意されていた。
「さて、始めるとしよう。議会でなにが話されたか、だったな」
「……その前にお父さま。すこし待っていただけます?」
「かまわないが――」
お父さまにお待ちいただいたところで、指をパチンと鳴らす。
するとやっぱり、風のように爺やが背後にあらわれた。
「いましたわね、爺や」
「常にお嬢さまのおそばにおりますれば」
「……お父さま。彼は『もうひとりのソルナペティ』の命令でわたくしについております。彼が話せばわたくしたちの内情は、彼女たちに筒抜けですわ」
「む――、そうか……」
「ですがあえて、わたくしは彼を遠ざけません」
「……っ!?」
「な、なんだって……! ソルナちゃん、どういうことだい!」
そりゃおどろくわよね、お父さま。
当の爺やですらビックリしてるもの。
「爺やの助けがあればこそ、わたくしの影武者生活は成立していた。何度も危機を救ってもらった恩もありますわ。それに先ほども……」
混乱するわたしに対して、話さなくてもいいことを話してくれた。
もしかしたら少なからず主として認めてくれているんじゃないか。
だったら彼にするべきことは、邪魔者として遠ざけることじゃない。
「ですからここからは、『もうひとりのソルナペティ』に漏れる前提でお話してくださいまし。不都合な内容ならば伏せていただいて結構ですわ。漏れ出た結果、王国に不利益が生じた場合はわたくしが『責任』をお取りいたします」
「お嬢さま……」
彼を信じて、主の器を示すこと。
これこそが貴族令嬢ソルナペティのやるべきことと存じますわ!
「……わかった。その前提で話そう。『むこう』にも通達する情報だけを話すとする」
よかった、了承してくれた。
まずお父さまは地図上の、王国西部マシュート領……じゃないのか、もう。
旧マシュート領・ワーキュマー共和国を指さした。
「まずはむこうの突きつけた要求をふり返ろうか。要求はふたつ。領土欠損の不問と内政への不干渉だったな」
「当然、王国としては?」
「後者はともかくとして、前者を飲めるはずなどない。そのような行いを認めれば国の威信が傷つき、周辺諸国につけ入るスキを見せてしまう」
「ですが抵抗なんてしようものなら……」
「雲の上、超高空からの極大砲撃が降りそそぐ。正直なところ、いまの我々に打つ手なしだ」
絶対に飲めない要求を、むりやり飲まざるをえない状況、と。
苦しいところだわね。
「そこでまず、落としどころを探りつつ時間を稼ぐ。そのためソルナペティ――シャディア・スキニーの会談要求を飲むことにした。場所と日時は追って決まるだろう」
「まず話し合い、ですのね」
「なにせ力も情報も足りないのが現状だ。セバス――ではないのだったな。『彼』が話してくれれば手っ取り早いのだが……」
爺やにチラリと視線がむけられる。
たしかに、きっと彼の知ってる情報量はわたしたちの数倍、数十倍だわ。
「そういうわけにもいかぬだろう。我々だけでなんとか情報を集めるとする」
「困難、と言わざるを得ませんな」
「爺や……!」
なんと爺やが話し合いに参加してきた。
ちょっとビックリ。
「困難、とは?」
「共和国の国境線に流されているドクトルの催眠装置は、一種の暗示をかける仕組みです。国民以外の者が国境をこえれば、内情についての一切を忘れてしまう」
「そんなものが……!? 弱い催眠装置がある、とは聞いていたが……」
「もちろん国民には催眠など施されていません。ソルナペティお嬢さまの求めるものは支配にあらず。むしろその逆ですから」
「爺や、お待ちなさい。あなた、内情をペラペラ話してしまっていいんですの?」
「……もとより、『サード』のわたくしに期待も信頼もございませぬ。出来の悪さゆえ、あなたのお側付きを任命させられました」
「出来が悪い……? あなたほど優秀な爺や、わたくし他に存じませんことよ!?」
「そのようなこと、あの方には一度だって言われませんでしたなぁ……」
目を細めてわたしに笑いかける爺や。
この人の笑顔なんて初めて見たかも。
「おそらくこの先も、わたくしの任務は続きます。あの方のためにあなたを監視し続ける。しかしお側に仕える中で、あなたの貴族としての姿勢にわたくしは敬意を抱いてしまった。最初はチヒロを許したとき。その後も皆をまとめてエイワリーナ公を倒し、任務から戻ったわたくしをねぎらってくださり、そして先ほども。……わたくしは、この方に、仕えたいと思ってしまっている」
「爺や、あなた……」
「だから『出来損ない』なのでしょう。もとの主より、あなたの方に敬意を抱くなど……」
「出来損ないなんかじゃありませんわッ!!」
思わず声を荒げてしまった。
でも叫ばずにはいられなかった。
『優秀な腹心』が悪く言われるなんて、彼自身でも耐えられなかったから。
「あなたはわたくしの片腕です! 誰よりも頼れる腹心ですことよ――ッ!!」
「お、お嬢さま……っ!」
爺や、ハンカチーフで目頭をおさえちゃった。
わたしの気持ち、充分伝わってくれたかしら。
「わたくしを、こんなわたくしをっ、信用してくださるのですか……!」
「当然ですわ! 二度も言わせないでくださいましっ!」
「……ありがたき、幸せにございます」
わたしの前にひざまづく爺や。
その腕をとり、わたしの顔の高さまで上げる。
正式な『貴族と家臣の主従の契り』だわ。
「お嬢さま、ミストゥルーデ公。質問があればなんなりと。存じている範囲でなんでもお答えいたします」
「礼を言う。まずはキミ、先ほど聞きそびれたが『セバス』ではないのだったな。『サード』とはなんのことだ」
「ドクトル。あの男の研究によりセバスの『光』を人工的に抽出して作られた、複製人間。その二人目です」
「なるほどですわね。元のセバスさんがファーストで、一人目の複製がセカンド、と」
「……ちょっと待ってくれ。光を抽出、とはまるで――」
今度はお父さまがビックリしてる。
そうよね、そういえば光を人間に、ってソルナペティとそっくりじゃない。
「お嬢さまの真実について、わたくしは何も存じませんでした。しかし今思えば『ドクトル』、知っていたとしか思えませんな」
「いずれにせよ恐るべき天才だ。彼の作った『戦略兵器』、なんとかできないか?」
「空中移動要塞『アルムシュタルク』。その名の通り空を飛ぶ巨大な城です。外部からの破壊はまず不可能かと」
「なんてもの作りやがりますの、そいつ」
エイツさんがかすむレベルじゃない。
アイツがエイツさんを解雇してポイしたのも納得、できないけど理解できた。
「たとえ内部に侵入したとしても、おそらく破壊できますまい。あまりにも巨大すぎる。わたくしも詳しい内部構造までは存じませんので、なんとも言えませぬが……」
んー、なんとかしてソイツを落とさないと、ずっと奴らの言いなりよね。
並みの城攻めとは段違いの攻略難易度。
せめてもう少し情報があれば……。
「……わたくしが――」
「爺や? なにかありますの?」
「わたくしが、ワーキュマー共和国に潜入いたします。ドクトルの研究所から、要塞の情報を抜き取って参りましょう」