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56 頭の中がぐちゃぐちゃですわ!




 雨のなかにひびく、狂ったようなソルナペティの笑い声。

 お父さまもわたしも、それぞれちがう種類のショックを受けて立ち尽くすことしかできない。

 ひとしきり笑い終えたアイツは、息を切らしながら裏返った声で叫んだ。


「セバス! セバス、見ているのでしょう!? 出てきなさいッ! セバスゥッ!!」


 金切り声にも似た絶叫。

 直後、アイツのとなりに爺やさんのように、爺やさんそっくりの人が音もなく現れる。


「……お呼びでしょうか、シャディアさ」


 パァンっ!!


 乾いた音がセバスさんの言葉を中断させる。

 スナップのきいた平手打ちだった。

 右頬をぶたれたセバスさんは、なにごともなかったかのようにアイツの前にひざまづく。


「なにをぬけぬけとシャディアだなんて。知っていたのでしょう……! あなたは知っていた! 最初からッ! 全部ッ!!」


「……左様にございます」


「目的はなに!? アイツが、本物が死んだってウソついて、ニセモノと知らずに暮らすわたくしを嘲笑あざわらうためッ!!?」


「滅相もありません。わたくしはただ――」


「言い訳なんて聞きたくないわッ!!」


 ドガッ!


 今度は顔に蹴り。

 さっきの平手打ちも、今の蹴りも、あのヒトなら簡単に避けられるはず。


 なのに避けようともしない。

 きっと、あえて受けてるんだ。

 どうしてそんなことをするのか、真意はセバスさんにしかわからないけど……。


 叫び、暴れたことで、アイツの頭もやっと冷えたみたい。

 呼吸をととのえて背筋をのばし、わたしたちにむきなおった。


「……取り乱したわ。見苦しいところを見せてしまったこと、恥じ入る限りね」


「キミは、本当に……」


「えぇお父さま。『わたくし』こそが、これまで13年間、あなたの屋敷で育てていただいた『ニセモノ』ですわ」


「ニ、ニセモノだなどと……! 僕はキミのことだって、本当の娘だと思っている!!」


「もう結構、もう関係ありませんわ。だってもう、貴族なんて捨てましたもの。いまの『私』はシャディア・スキニー。お父さまはどうぞ本当の娘と、仲睦なかむつまじく暮らしてくださいませ」


 言い捨てて、アイツはクルリと優雅に方向転換。


「行きますわよ、セバス」


「はっ」


 雨のなか、肩で風を切って堂々と去っていった。


 ……で、残されたわたしはここからどうしたらいいんだろう。

 ぐちゃぐちゃの頭で考えてみる。


 えーっと、まずアイツと入れ替わっていたことがバレたでしょ?

 みんなにずっとウソついてたことが、これで知られちゃうわけだ。

 家族やみんな、アイシャさんとの関係とか、これまでどおりでいられるのかな……。


 で、わたしの記憶って3歳ごろからしかないんだよね。

 元のソルナペティが屋敷から連れ去られたころとバッチリ一致します、と。


 ……ねぇ、本当に?

 本当にわたしって、昔に連れさらわれちゃったホンモノのソルナペティなの?


 これってよかったの?

 悪かったの?

 ホントのわたしは今まで生きてきたわたし?

 それとも演じてたわたし?

 わたしって結局誰なんだ?


 あー、わかんない。

 頭のなかがもっとぐちゃぐちゃになって、勝手に目から涙がポロポロあふれてきた。


「う……っ、ぐ、ぐず……っ」


「ソルナペティ……!」


 その場にしゃがみこんでしまったわたし。

 お父さまが両肩に肩を置いてくれるけど、そんな資格がわたしにあるのかしら。


「お父さま、ごめんなさい……っ。わたし、ウソついてた……。ホントはソルナペティじゃなくって……! あ、あれ……っ、ホントはソルナペティなんだっけ……? うっ、ひぐっ、わかんない……。もうなんにもわかんない……」


 わけがわからなくなって泣き続けるわたしに、お父さまは黙って寄り添ってくれていた。

 雨のなか、わたしが泣き止むまで、ずっと。


 ……泣き止むまでどのくらい経ったのかしらね。

 立派なドレスはすっかりずぶ濡れで、雨か涙かわからないくらい顔もぐっしょぐしょ。


「……落ち着いたかい?」


「ん、わたしもアイツみたいに取り乱しちゃった……」


「ムリもない。私だって正直、動転しているよ。いろいろなことが一度に起こりすぎた」


 そう、だよね。

 お父さまだって混乱してるに決まってる。


 死んだと思っていた娘が生きてて建国をブチ上げたかと思ったら、その娘はわたしと入れ替わった方で、死んだと思ってた娘の方がわたしで。

 しかも娘が入れ替わっていた事実にずっと気づけなかったのだものね。


 取り乱さずに落ち着いていて、さすがだって素直に思うわ。


「ひとまず、待機している護衛の騎士たちに屋敷まで送らせよう。私もいっしょにいてやりたいが、きっと議会はまだ続いている。娘の一大事と国家の一大事を天秤にかけるようですまないが……」


「いいの。お父さまは貴族で公爵。護衛も結構よ、爺やさんを呼ぶから」


 パチン、と指を鳴らす。

 するといつものように、音もなく、爺やさんが現れた。

 広げた傘をわたしの頭上にさしながら。


「セバス!? ――いや、セバスではないのだな。彼は『娘』とともに行ってしまった」


「公爵閣下、わたくしのこともいずれお話いたします」


「あぁ……。ひとまず今は娘を、……『ソルナペティ』を頼む」


「かしこまりました」


 深々と一礼する爺やさん。

 お父さまは何度もわたしを心配そうに振り返りながら、小走りで議会場へと入っていった。


「……お嬢さま、屋敷まで戻りましょう。お風邪を召してしまわれます」


「爺やさん、このこと知ってた? いまの、聞いてたわよね」


「わたくしが存じているのは、あの方の成そうとしていることのみ。この事実を知っていたのは『セバス』と、おそらく『ドクトル』だけでしょう」


「ドクトル……?」


「議会場の『ビジョン』で顔を見せた男です。ドクトルとは本名ではないようですが。わたくしは彼によって『造られた』のです」


「造られた……。……あー、もうわかんない。続き、後でいい? もう疲れちゃって、いったん気持ちを整理したいの」


「かしこまりました。では、もう帰りましょう」


「うん……」


 すっかりお嬢さま言葉も抜けちゃった。

 演じる必要もなくなったいま、これ以上『お嬢さまの仮面』をつける必要あるのかしらね。


 歩くわたしの歩幅にあわせて爺やさんが歩く。

 わたしが濡れないように傘をさして、自分が濡れるのもかまわずに。


「……ねぇ、爺やさんって今もまだアイツの味方? それとも『ホンモノのソルナペティ』の味方?」


「本物……。さて、本物とは何にございましょうな」


「なに、その教会の問答みたいなの……。疲れちゃって、難しいこと考えたくないってば……」


「失礼いたしました。……わたくしは、『ソルナペティお嬢さま』の味方でございます」


 ……どういう意味で言ったんだろ。

 アイツにもわたしにも当てはまる言葉になっちゃったじゃん、ソレ。


 だけど、もしかしたら。

 わたしに歩幅をあわせてくれているのが『答え』ならいいな、とか、思ったりもした。




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