55 影武者悪役令嬢
お父さまを追って議会場の外へと飛び出す。
スタスタ歩いていくアイツの背中に、お父さまが力の限り叫んで呼びかけた。
「待ってくれッ! ソルナペティ……なんだろう?」
「……あら。あらあらあら」
アイツは足を止めてふり返る。
それからお父さまと、その後ろから走ってくるわたしの顔を見比べて、苦笑いを浮かべた。
「私をソルナペティと呼ぶだなんて。ミストゥルーデ公爵……かしら、人違いでもなさっているのではなくて?」
「そうですわお父さまッ! ソルナペティはわたくし! このわたくしですことよ――ッ!!」
わたしとしては、もう心臓が縮み上がる思い。
もしもニセモノだってバレたら、わたしのこれまで頑張ってきた全部がダメになっちゃう……!
「……そうだろうな。物心つく前だ、覚えてなくてもしかたないだろう」
「お父さま……?」
ところがお父さま、言ってることがなんか変。
わたしとアイツの入れ替わりについて、の話じゃないの……?
「ソルナペティ、お前にとってもつらい話になるだろうが許してくれ」
「えっ? なに? なんなのですの?」
ハテナでいっぱいなわたしの頭を、申し訳なさそうな表情でひと撫でするお父さま。
それからアイツにむきなおって、ゆっくりと語り始める。
「今から13年前、ソルナペティが3歳のときだ。とある『誘拐事件』が起きた」
「誘拐事件? ミストゥルーデ公、あなたいったいなんの話を――」
「誘拐されたのはソルナペティ=フォン=ミストゥルーデ」
「っ!?」
3歳のソルナペティが誘拐……。
それって言うまでもなく『アイツ』のことよね、うん。
アイツも知らなかったみたい。
ものすごく驚いた顔してるもん。
「下手人不明、目的も一切不明。ただマドが開け放たれ、ソルナペティの姿だけが消えていた。私はすぐさま捜索隊を編成し、もっとも信頼する部下だったセバスにも捜索任務を命じた」
「セバスに……!?」
ホンモノさん、知ってる名前が出て更に驚いている様子。
爺やさんそっくりなあの人のことよね。
「捜索は難航を極め、手がかりすら見つからない日々が続いたよ。私も妻も精神的に参ってきてね、バースクレイドルに行ったんだ。王都の、ソルナペティがお腹にいたころ祝福を受けた場所に」
「……なんなの、あなた。私をわざわざ呼び止めて、意味不明な昔話を……っ」
「すまない、だが最後まで聞いてほしい。……バースクレイドルで私と妻は祈った。もう神頼みしかできなかった。ソルナペティの無事を思い、必死に、必死に祈ったんだ。すると、すると……っ」
お父さま、うつむいて言葉につまってる。
この先を本当に口にしていいのか、ってためらい、なのかしら……?
お父さまは大きく息を吐いて、迷いを振り切るように顔を上げた。
「……すると、光が降りてきた」
「光……?」
「あぁ、光だ。祝福の光と、まったく同じものだった。光は妻の腕の中に集まっていき、やがて人の形をとった。3歳になる、ソルナペティの形に、な……」
「まさか……っ!」
「お父さま? いったい、なにをおっしゃられていますの……? そんな奇跡が……」
「そんな奇跡が起きたんだ。そのときはソルナペティが帰ってきたのだと思ったよ。だが、違った。屋敷にもどった私にセバスから報告が入ったんだ。ソルナペティの誘拐を企てた一団と遭遇し、救出を試みたものの失敗。ソルナペティは死亡した、とね」
……死んだ?
セバスさんが、死んだって報告した?
ちょっと待って、ちょっと待って、混乱してきた。
さっきお父さま、ホンモノのアイツを見て生きていたのか、って言ってたわよね。
そのときの報告を聞いてからさっきまで、ずっとソルナペティが死んだって思ってた、ってこと?
「私たちは悲しみに暮れ、しかし新たに生まれてくれたソルナペティを神様からの贈り物と受け止めて大切に育てたんだ。そう、お前のことだよ」
そう言って、わたしの頭をやさしくなでるお父さま。
「お前のことはもちろん大切に思っている。心から愛している。本当の娘だと、ソルナペティだと今でも思っているよ」
ちがうの。
お父さま、ちがうの。
新しく生まれたソルナペティってわたしのことじゃない。
お父さまは知らないんだ。
わたしとアイツが入れ替わってて、アイツは新しく生まれたソルナペティで。
――じゃあ、わたしは?
アイツとまったく同じ顔したわたしって、いったいなんなんだ?
まさか、まさか……っ。
「……だが、あのとき死んだと思っていたソルナペティが生きていてくれたなら、キミもまた私の娘! 頼む、あのような暴挙はやめて、私のところに戻ってきてくれ! キミの罪状が軽くなるよう、公爵として全権を行使する覚悟だ! だから……ッ」
ぽつ、ぽつ、ぽつ。
ぶ厚い黒雲から、雨粒が落ちてくる。
お父さまの叫びが響いたあと、わたしたち三人は無言のまま立ち尽くしていた。
やがて雨足が強くなり、ざあざあと降りつける。
そんな中、アイツは片手で目元を覆ったまま天をあおぐ。
「――っふふ。ふふふはははっ、あーっははははははははははははははははははははッ!!!」
アイツの笑いが意味するところは、なんだろう。
悲しみ?
怒り?
それとも困惑?
ひとしきり笑ったあと、アイツはこちらをにらみつける。
わたしと、それからお父さまを。
「滑稽ね! 滑稽だわッ! じつに面白い笑い話ですことッ!!」
「信じてくれ、キミは本当に私の娘――」
「滑稽なのはあなたですわよ、『お父さま』」
「……っ!?」
「娘を愛している? よくもまぁぬけぬけと。年に一度、議会の時期にしか顔を合わせず、終わったらすぐに領地へ戻る。貴族だから、離ればなれに暮らすのは当然。そんなだから娘が入れ替わっていることにすら気づけない」
「入れ替わっている? なんのことだ……。それになぜ、キミが我が家の内情を知っている……?」
「良かったですわね、お父さま。帰ってきてほしかったソルナペティなら、ほらッ!!」
アイツが血走った目を見開いて、口角を歪めながらわたしを指さした。
「あなたのとなりにいるんですのよ? さっきから。いいえ、数か月も前から、ずーゥっと」
「な……、に……?」
「そして滑稽なのは、そう! このわたくしもッ! そう、そうなのね! 影武者を立てたつもりが、わたくしこそが影武者だったと! 『影武者悪役令嬢』ッ、じつに滑稽ですこと! あははははっ、あーっはははははははっ!!!」