54 まさかのアイツが登場ですわ!
わたしそっくりの乱入者に議会場は騒然。
陛下も闖入者の顔を目にして、驚愕の表情を浮かべている。
「ソ、ソルナペティ嬢……!? ……いや、彼女はそこにいる。ではそなたはいったい……」
「私の名はシャディア・スキニー。以後お見知りおきを、陛下」
それってわたしの名前なのよね。
物心ついたときに自分でつけた名前。
この瞬間、完全にアイツに取られたわね。
「そうか……。して、シャディアとやら。この場が神聖なる貴族院・議会の場と知っての行いか?」
「当然。この場の皆さまに用事があって、はるばるマシュート領――いいえ、『旧・マシュート領』から来たんですもの」
「旧マシュート領、だと? どういう意味だ……っ」
「その説明の前にまず、最初に誤解を訂正させていただくわ。マシュート公は謀反を起こしてなどいない。『暗殺』されたのよ」
「暗殺……ッ!?」
ざわざわざわざわ……!
物騒この上ない、それでいて少し前までのわたしにとって身近な言葉が飛び出した。
西側諸侯を中心に動揺が広がっていく。
「暗殺とはどういうことだッ! まさか、そなたが下手人か!?」
「いいえ、手を下したのは私ではない。クシュリナード=フォン=マシュートよ」
(クシュリナさんが……!?)
本物のソルナペティを愛していると口にした彼が姿を消したのは、彼女のために動こうとしているから。
そこまでは想像していたけれど、最悪の形で的中してしまった。
あの人が『ソルナペティ』のためなら兄さえ裏切る人間なのは、この目で見てよく知っている。
だけどまさか、じつの父親まで手にかけるだなんて……。
「彼が父であるマシュート公と兄弟たちを死に追いやり、マシュート領を乗っ取ったの」
「なんと、いう……ことだ……っ」
信じられない、って様子で片手で頭をおさえる陛下。
けれど次にアイツが発した言葉は、さらに信じられない内容だった。
「そうして彼はマシュート領を手中におさめた。けれどね、どういうわけかしら。その領地をそっくりそのままこの私にくれたのよ」
「領地を譲った……? なにを言っている……?」
「なにって、そのままよ。旧マシュート領はいま、どういうわけかこの私が治めているの」
「理解ができない……。貴族でも王族でもないというのに、領地を支配? そのようなこと不可能だ。民がついてくるはずがない」
「貴族に王族。民は支配するもの、か。……あはっ、あははははっ! ――はぁ。驕りね。あなたたちのそういうところが本当にキライ」
「抜かせッ! マシュート領はこの私がマシュート家に任せた地、すなわち我が国の領土! そこを無断で占拠するなど、我が国に弓を引くも同然! 皆の者、その狼藉者をひっ捕らえいッ!!」
陛下の一喝とともに、警護の騎士たちがいっせいに取り囲む。
ヤリの穂先を全方位から突きつけられても、アイツの表情から余裕が消えることはない。
「こんなことをしていいのかしら」
「なに……!?」
「言ったハズよ。討伐軍なんて出さない方が身のためと。――ドクトル」
パチンっ。
アイツが指をはじくと、頭上に半透明のマド……みたいなのが浮かび上がった。
そこに映っていたのは少し頭髪の薄い初老の男。
「彼は、まさか……! い、いや、間違いない……」
その顔を見た瞬間、陛下がまたも驚愕の表情に。
マド(?)の中の男はまったく気にするそぶりもなく口をひらく。
「お嬢、呼んだかい?」
「えぇ、呼んだわよ。私、囲まれちゃって危ないところなの」
「おぉ、そりゃ危ねぇや。王国さんの方が、な」
なんのこっちゃ。
ふたりでクスクス笑ってるけど、どう見てもピンチはそっちでしょうがよ。
「けれどきっと、自分たちが命の危機にあることを説明してもわかってもらえないでしょう。だからじっさいに見せてあげて」
「はい来た」
ドクトルと呼ばれた男が手元のなにかを軽やかに操作。
するとマド(?)の映し出す光景が、王都の外の曇り空の草原に変わる。
いったいなんのつもりなのか、その場の全員が注目していると、すさまじい光とともに黒雲が裂け、
ズガアアァァァァァァァアァンッ!!!
光の柱が地面をうがち、底の見えないとてつもなく巨大な大穴を草原に開けた。
轟音と地響きがここまで、議会場まで届くほどの衝撃とともに。
「ドクトルの作った今の兵器ね、お空の上から地面に強大な魔力砲撃を撃つことが出来るの。もちろんここを直接狙うことだってカンタンにできるわ」
「なんと、いう、ことだ……」
……いまのやつ、エイツさんの魔導砲に似てた。
似てたけど、規模も威力もぜんぜん違う。
オモチャの鉄砲とホンモノの大砲くらいに、あまりにも違いすぎる……!
「理解した? 私の身に何かあった瞬間、今度はあなたたちの頭の上に、今のが降りそそぐ」
「……皆の者、武器を引け」
陛下の指示で包囲が解かれ、アイツは満足そうに笑った。
「よろしい」
「なにが目的だ……! あのような兵器での『脅迫』、我が国を脅すなど……」
「脅迫? いいえ違うわ、これは外交。まず力を示してからテーブルにつく。でないと相手にもされないでしょう?」
「笑止! 外交とは国家間が行うもの! 一介のテロリストなどに外交とは片腹痛い!」
「国家よ。『旧マシュート領』はいま、私がトップの国家なの」
「なんだと……? 王にでもなったつもりか……!」
「ちがう。私の国に王はいない。貴族もいない」
王も貴族もいない国……?
なに言ってんの、アイツ。
そんな国、どうやって運営していくのよ。
「私の国は、民の中から選ばれた優秀な者が政治を行う。世襲もなく、ただ能力だけが求められるの。血筋だけでふんぞり返っている、あなたたちのような者はひとりもいない理想郷。それがッ」
アイツが両手をバッ、と広げる。
同時に頭上のマド(?)に映し出される旗。
風にはためく青地に三ツ星の、国旗……?
「それが私の建国した『ワーキュマー共和国』ッ!」
なんてこと……。
これがわたしに影武者を押しつけてやろうとしていたこと。
昔テュケさんクラさんに語ったっていう、人材を集めて成し遂げたかったこと。
思っていた数百倍は大ごとだわ……!
「クレイド王国に認めてほしいことは二つ。マシュート領の欠損を不問とすること。我が国への不干渉。守ってくれれば私たちも、王国にはなにもしない」
「そのような要求……! マシュート領は我が王国の一部であるぞ! 無償の割譲など認めれば、国内外に示しがつかん!!」
「意地、見栄、誇り。さまざまな言い方があるけれど、あなたたちがソレを大事にしていることはイヤと言うほど知っている。残念ながら、予想通りの答えだわ」
アイツが深いため息をつく。
心底あきれた、残念だ、そんなことでも言いたげに。
「だったら戦争? 開戦から一秒で、あなたたち全員が王城もろとも蒸発することになるわね」
「ぐ、ぬぅぅぅぅぅ……ッ」
「いい返事を期待しているわ。追って使者を出すことにするから、後日、正式な会談を行いましょう。では本日はこれにて。どうぞ議会をお続けになってくださいまし」
最後に優雅におじぎをして、アイツはこの場を立ち去っていった。
あのあたり、貴族のご令嬢感出てるわね……。
「……っ、ま、待ってくれ!」
ガタンっ!
お父さまがいきなり、イスを蹴っ倒す勢いで立ち上がった。
それからアイツを追って走り出す。
まさか議会を放り出して追いかけてしまうだなんて。
もしお父さまにアイツがホンモノだってバレたら大変まずい。
「お父さまこそ、お待ちになってッ!!」
だからわたしも急いで立ち上がって、走りにくいドレスで必死に追いかける。
お父さまの行動と、さっきつぶやいた言葉に、疑問と不安を抱きながら。