53 議会当日、暗雲立ち込めておりますわ!
爺やさんの協力が得られない以上、普通の密偵を使って情報を探るしかない。
頑張ってみたけれど、お父さまの手の者ですらなにもつかめない状況だものね。
なにも掴めないままいたずらに時間だけがすぎていって、とうとう貴族院の議会当日となってしまった。
「ソルナちゃん、準備はいいかい?」
「バッチリですわ、お父さま」
貴族としての正装、黒いスーツに蝶ネクタイとシルクハットを身に着けたお父さま。
ビシッと決まってます。
わたしもおなじく正装として、フリル多めの赤いドレスと履きなれないハイヒール。
女当主の場合はもっと大人しめだそうですが、婚礼前の少女としては妥当とのこと。
「しかし結局マシュート公、姿を見せませんでしたわね……」
「御三家の一角を欠いた議会。じつに153年ぶりのことらしいよ」
「前例、あるのですわね」
「当時のエイワリーナ家当主が病で急死したらしい。次代の当主も幼く、やむを得ずそうなったとか。……そのときとはずいぶん状況が違うがね」
王都にあらわれない御三家のひとり。
いっこうにつかめないマシュート領の状況。
そして姿を消したクシュリナさんと、おそらくマシュート領で出会っている『ホンモノ』。
クシュリナさんは『ホンモノ』を愛していると言っていた。
よくないところでつながってなければいいけれど……。
「では行こうか」
「……えぇ」
屋敷を出ると、とっても怪しい雲行きを象徴するかのように、空にひろがる黒雲が目に入る。
遠く雷がとどろく中、わたしとお父さまは王城へとむかった。
〇〇〇
わたしが議会に参加……というか見学できるのは、後進育成用の制度の抜け道を使ったおかげらしい。
当主には後継となる次期当主に議会を学ばせるために、実子を同行させる権利がある。
本来は嫡子――つまり跡継ぎに指名した人物しか同行させられないのだけれど、万が一のとき――たとえば暗殺とか急な病とかで命を落とす場合にそなえて、嫡子以外も一度だけ同席の権利が認められる。
その一度を、わたしの顔を当主たちに見せるための時短に使うのはどうかと思いますが。
ともかく法に触れる手段じゃなくってよかったわ。
で、予定どおりなら今ごろわたし、いろんな家の当主さんに囲まれているはずなのだけれど……。
「……皆さまピリついておられますわね」
議会場前のホールにいる貴族の当主さんたち、みんな浮かない表情をしてる。
浮かれてわたしの顔を見物に来るような空気じゃないわね……。
「すまないね、ソルナちゃん。コトがここまで深刻になるとわかっていれば、同席などさせなかった」
「仕方ありませんわ。本当に当日まで出てこないなんて、誰も思いやしませんもの」
お父さまたちは誰もクシュリナさんとホンモノの関係を知らないし、爺やさんがマシュート領でホンモノに出会ったことも知らないんだもの。
そしてわたしは、この手がかりを絶対に誰にも言えない。
言ったが最後、わたしのクビがギロチンですっ飛びます。
物騒なことを考えて身震いしていると、議会場のトビラがギィっと開く。
みんなの顔がいっせいにそちらをむいて、空気がさらにピリついた。
「入場にございます。皆様方、所定の席に」
トビラを開けた係官の言葉にしたがって、ゾロゾロと入場をはじめる各家の当主たち。
わたしもお父さまに手でうながされ、会場へと入っていった。
議会は王城の中じゃなく、敷地内にある議会のために作られた別館で行われる。
いわゆる議会場と呼ばれる建物ね。
お父さまのとなりに用意された席について、その議会場の様子を見回す。
階段状になっている半円のホールに形にそって机がならび、その中央にある低い位置に、とっても立派な席。
あの席が王様が座る席みたい。
貴族席は西、南、東の三つのブロックに分かれている。
それぞれ御三家を中心として、属する方角に席が用意されているというわけね。
ミストゥルーデ家は東ブロックの中心。
南ブロックの中心にはエイワリーナ公が腕を組んで座っていて、西ブロックの中心は……やっぱり空席よね。
「……どういうことだ」
「お父さま? いかがしましたの?」
「西ブロックの席に、マズール辺境伯がいる」
「マズール辺境伯? 王国最西部、国境を守護する重鎮ですわよね。権威は御三家にも匹敵すると言われている……」
「あぁ。しかし貴族院への出席は免除されているんだ。顔を出さなくてもいい」
「……出禁じゃないなら出してもいいのではなくて?」
「わざわざ進んで面倒な議会に顔を出す男じゃない。王国西部……、空席も目立っているし、どうなっているんだ」
つまりとっても不自然な状況、というわけか。
ますますきな臭いわね、コレ。
「――私語はここまでにしようか。国王陛下のお成りだよ」
「……っ、は、はいっ」
杖をついて粛々と、国王陛下のご登場。
議会場が静まり返り、空気が極限まで張りつめる。
あまりの緊張感に思わず生つばゴクリ。
陛下が席におつきになられて、二、三回の咳払い。
それからゆっくりと口をひらかれた。
「今年度の議会を開始する前に、諸侯に言わねばならぬことがある。マシュート公爵が姿を見せぬこと、存じておろう」
おもに西側ブロックから若干のざわめき。
しかしすぐに静かになり、それを待って陛下が言葉を続ける。
「密偵を出してもなにもつかめぬ、情報も流れてこぬ。そこで正規軍を派遣し、様子を見てきてもらった。結果、マシュート領への街道に検問が張られていることがわかった。検問付近に特殊な魔術兵器のしわざであろう、弱い記憶操作の作用も見られた。大人数ゆえ異変に気づけたがの。なにも情報を持ち帰れぬのはこれが原因と思われる」
ざわっ……!
こんどは若干どころじゃないどよめきが、ブロック問わず沸き起こる。
ざわざわとざわつく諸侯を、陛下が杖で床をたたいて黙らせた。
「ことここに至っては、苦渋の決断ではあるが、認めざるを得ないだろう。マシュート公、謀反の兆しあり!」
「なんという、ことだ……」
愕然とつぶやくお父さま。
わたしだって冷や汗が止まらない。
これにもし『ホンモノ』が関わっていたとしたら。
わたしに影武者やらせてまで『やりたかったこと』って、きっととんでもないことだ……!
「ひいては討伐軍を編成し、マシュート公の心づもりを確かめた上でしかるべき処置をせねばならぬ。その討伐軍だが――」
『討伐軍を出すなんてこと、やめておいた方が身のためよ』
バァァンッ!!
誰かの声とともに、議会場のトビラが盛大にひらいた。
姿を見せたのは。
み、見せたのは……っ。
「ウソ……。なんでアイツ……っ」
わたしとおなじ顔、おなじ声。
間違いない、見間違えるはずもない。
なんでアイツが、『ホンモノのソルナペティ』がこんなところに。
しかもわたしの推測が正しいのなら、こんな『敵地』にノコノコと。
なに考えてるのよ……ッ!
「ま……ッ、まさか、アレは、あの子は……ッ」
お父さまも驚くわよね。
娘にうり二つの人間がいきなりあらわれたんだもん。
「まさかソルナペティ……!? 生きていてくれたのか……っ?」
「……えっ」
お父さま?
いま、なんておっしゃったの……?