51 なにかが起ころうとしていますわ!
あれから二週間。
階段の一部を自動階段にする工事はスムーズに終わり、運用が開始された。
自動でスライドする階段に陛下も大満足でいらしたとのこと。
お城の奥勤めのみなさんにもおおむね好評らしく、さらに追加で作られるかもしれないとか。
王城のすべての階段が自動階段になる日が来るかもしれないわね。
「ねぇアイシャさん。いっそのこと、このお屋敷も自動階段にしてもらうのはいかがかしら」
優雅な朝食のひととき。
自室でチヒロの作った朝食をいただきつつ、昨日も泊まってくれたアイシャさんに聞いてみる。
「……家の誰か、足腰弱ってたっけ?」
「単純に楽だからですわ」
「ならやめときなさい。短い階段しかないでしょう」
やんわりとたしなめられちゃったわ。
結婚したあとはアイシャさんが家計のブレーキ役になりそう。
「だいいち私、アレにいい思い出ないのよね……」
「使い方がわからずに、逆走で駆けのぼりましたものね」
ホコリまみれの実験場に迷い込んだときのことね。
階段の手すりについているボタンを押せば、上下のスクロールを切り替えられると知らなかったから仕方ない。
「使い方さえ間違えなければ便利ですわ! 逆走すれば足腰も鍛えられますのよッ!」
「ダメ。もっと有意義なことにお金を使いなさい」
スッパリ切り捨てられたわね……。
ミストゥルーデ屋敷の自動階段実装は露と消えました。
「アイシャベーテさまのおっしゃる通りですわよ、お姉さま」
そしてなぜ、シーリンは当然のようにいるのか。
アイシャさんがいる状況でもなお、朝食におジャマしてくるのよね、この子。
「民が汗水流して働いた血税で、わたくしたちは暮らしているのですわ。彼らに還元できるような使い道をせねば、お天道様に顔向けできませんことよ」
「シーリンさん、しっかりしてるわね。ソルナも見習いなさい」
ちがうのアイシャさん。
ソイツ、アイシャさんの前でだけ猫かぶってる。
ホントはお姉さまを『ざーこざーこ』って煽ってくるクソガキなの。
しかも今回に限っては、言ってることがごもっともなのがなお腹立つの。
「……反省しますわ」
「よろしい。……ねぇソルナ、これ美味しいわね」
「ですわね。チヒロ、今日の朝食の詳細を」
「ソーギス河を遡上してきたソギスヒメウナギを使ったソテーにございます」
「そうなんだ。あとでレシピを教えてちょうだい。家でも作らせてみるわ」
「承知いたしました」
アイシャさん、チヒロの作るごはんを気に入ってるみたいね。
いっしょに暮らすお嫁さんなら味の好みの一致も大事。
わたしたちの夫婦生活は明るそうです。
「……お姉さま。そのソテー、おいしいんですの?」
「ほっぺが落ちそうですわよ。朝食にふさわしいさっぱりとした味わい。しかしあっさりしすぎず、確実なコクと旨味がッ」
「ごくり……。そ、その、よろしかったらお姉さま、シーリンにもひとくちばかりくださいまし。たったひとくちでよろしいですことよ」
猫かぶってても図々しさは変わらないわね。
けどアイシャさんの見ている前だし、あんまり粗末にあつかえないかしら。
「仕方ないですわね。ひとくちだけですわ」
切れ端をフォークに刺して、ソースをつけてあげて、と。
「はい、あーんですわ」
「……ッ!!?」
な、なんだろう。
アイシャさんがすっごい目で見てる。
「あー……、んむんむっ。んーっ、おいしいですわぁ!」
「ソルナ……。その、私もひとくち食べたい……」
「アイシャさんのとおなじものですわよ?」
「それでも食べたいの!」
「わ、わかりませんがわかりましたわ……」
そこまで熱望されちゃ仕方ない。
おなじようにフォークに刺して、と。
「えっと、あーんですわ」
「あー……」
……っ!?
そういえばこれ、わたしの使ったフォークがアイシャさんのかわいらしいお口にっ!
おんなじことをしてるはずなのに、シーリンとは違ってすっごいドキドキです。
「んむっ、あむあむ」
「え、と、どうですの? おいしいですかしら」
「味はいっしょ」
「ですわよね」
「けど……。ソルナが食べさせてくれたから、ちょっとだけおいしく感じる、かも……?」
……ちょっとお待ちくださいまし。
ほんのり照れ顔で、もじもじしながらそんなこと言われたら、もうわたし……。
「……シーリン、ナイスアシストでしたわ」
「はい? どういたしまして、ですわ……?」
いやホントにグッジョブ。
アイシャさんの最高の照れ顔、ごちそうさまでした。
朝食が終わってシーリンが立ち去り、チヒロも買い物に。
部屋にはわたしとアイシャさんだけとなりました。
きっとどこかに爺やさんもいるんだろうけども。
ちなみに現在、アカデミーは長期休暇のまっただなか。
議会が行われる日までおやすみなのです。
「貴族街、だいぶにぎやかになってきたわね」
「トラブルも起きていないようで、なによりですわ」
「……けれどひとつ、気になることがあるのよね」
「はて、なんですの?」
ソファの上でわたしの買ったおっきなぬいぐるみを抱きながら、窓の外を見つめるアイシャさん。
なんとなく不安げに見えて、そばにいてあげたくなったのでとなりに座る。
「御三家の王都入りって、毎年とっても早いでしょう?」
「ですわね。今年のお父さまの王都入りは例外でしたが、いつも一番か二番ですわ」
ふだんから王都に住んでるアイシャさんのお父さまは別として、ミストゥルーデ公もマシュート公も例年どの貴族よりも早くに王都入りしている。
御三家の王都入りって盛大だものね。
スラムにいても雰囲気でわかるレベルで。
「――もしかしてアイシャさん、マシュート家が引っかかってますの?」
「そりゃソルナも気づいてるわよね。そう、マシュート公がまだ王都入りしていないのよ」
下級貴族の当主たちも続々王都入りしている中で、今なお姿をあらわさないマシュート公爵、か。
「……たしかに、かなり不自然ですわね。トラブルがあって遅れているなら、それに関するウワサのひとつやふたつ流れてもよさそうなものですのに」
「それともうひとつ。マシュートと言えば」
「クシュリナさん? 決闘のころからずっと姿が見えませんわよね。里帰りしてる、とか聞きましたが」
「アイツ、普通に生きてるだけでうさん臭いのに、この上きな臭い行動まで取らないでほしいわ、まったく」
口ぶりとは裏腹に心配そうな顔。
『なにか』が起こっていないのか、クシュリナさんがそれに巻きこまれていないか不安なのね。
心配しないで、とか言うのは簡単だけど無責任よね。
よし、お嫁さんの不安をとりのぞくために、出来ることからやってみますか。
まずはお父さまにでも聞いてみよう。
『なにか』が起きていたのなら、公爵だったらつかんでいるはず……!