50 おかげであなたと出会えましたわ!
現場の下見や事務的なあれやこれやは、わたしたちがいてもしかたないのでエイツさんにまかせて先に帰ることに。
王様に出会えてホクホク顔のテュケさんクラさんとも別れ、帰り道はアイシャさんと二人っきり。
厳密には迎え兼護衛のチヒロがいてくれてるし、どこか見えないところで爺やさんもスタンバってるのでしょうが。
それでもやっぱりうれしいものです。
「ソルナ、今日はありがとね。ムリ言ってついて来させてもらっちゃって」
「いえいえそんな。アイシャさんのためとあらば、ですわッ! ……ためになりました? アイシャさん、あまりしゃべっておられませんでしたけど」
「もちろん。陛下の人となりに初めて触れて、いろいろと考えさせられたわ」
「と、言いますと」
「知ってるわよね。御三家のなかでエイワリーナ家だけが、王を輩出していないの」
もちろん知っている。
初代国王の子どもたちによって興されたのが御三家。
王家の血筋が途絶えそうなときは、御三家の中から次期国王が選ばれるのよね。
「エイワリーナの者はみな、心の中でそのことをコンプレックスに感じている。大なり小なり、ね」
「……その言い方だと、アイシャさんも、だったりしますわよね」
「だったりするわよ。私だってエイワリーナだもの」
意地っ張りで誇りを大事にしてたアイシャさんが、ここまであっさり認めるなんて。
わたしがとことん信頼されてる証、とか思っちゃってもいいのかしら。
「でね、陛下と会ってその考えが……」
「変わりました?」
わたしの問いにクスッ、とほほえむアイシャさん。
まるで思いを吹っ切ったかのような――。
「ぜんっぜん変わんないわよ!!」
訂正、吹っ切ってません。
力いっぱい断言されたし。
「むしろなりたい! エイワリーナから輩出したいとかじゃない、私がなりたい!!」
「えっ、えっ」
「ムリだけど! 私、五女だし! 普通は家長がなるものだし!!」
「えっ、えっえっ?」
「……と、まぁこんなカンジでエイワリーナ家の劣等感は根深いのよ。恥ずかしいことに」
「急に冷静になるのやめてくださいまし――ッ!」
いきなりいつもの表情にスンっ、と戻られると、温度差で風邪ひいちゃう。
エイワリーナの人間の本音をオーバーに表現してくれた、のかしら。
……うん、そうだと思っておこう。
「先々代の頃、それが原因でマシュート家の人間とひと悶着あったみたいでね。結構な騒ぎにまで発展したそうなのよ。ちょうど今ごろの時期のことよ」
「それで議会の話のとき、憂鬱そうだったんですのね」
貴族の当主たちが王都に集まると聞いたアイシャさんが、ぽつりとつぶやいていたことを思い出す。
トラブルが起きなければいい、みたいな。
「以来、個人的な関係はともかくとして、マシュートとエイワリーナは家単位ではそれほど仲が良くないの。……これも身内の恥みたいで、あまり表には出したくないことね」
「……うふふっ」
「なによ、だらしなく笑ったりして。なんにも面白くないでしょ」
「嬉しいのですわ。『身内の恥』を教えてくださったということは、わたくしを身内として認めてくださっているということでしょう?」
「ま……っ、まぁ、それは……、その……」
アイシャさん、言葉につまってしどろもどろ。
なんにも言えなくなっちゃって、かわいいんだから。
……とか油断していたら、次の瞬間不意打ちが飛んできました。
「だ、だって……、私は、あなたのお嫁さんなわけだし……? 伴侶なら、そりゃ身内でしょ……」
「ふぐ……ッ」
ほっぺをほんのり赤くしながらこんなこと言われてみなさいよ。
かわいさで人が殺せるなら死んでますって。
「ど、どうしたの!? 胸が痛い!?」
「ご心配なく……。尊死しかけただけですわ……」
「そ、そうなの……?」
きょとんとしてる顔もまたかわいい。
とりあえずアイシャさんに余計な心配かけたくないので、さっさと立ち直ります。
……そういえば、マシュートとエイワリーナが家単位で仲が悪いんだとしたら。
「ねぇアイシャさん? わたくしとクシュリナさんの婚約が破談した後で、わたくしとあなたの婚約が結ばれたのでしたわよね」
「だったわね。今となっては懐かしいわ。あの頃のあなた最低だったし」
その件に関して、わたしからはなんと言っていいのやら。
ニセモノを貫きとおす覚悟を決めた以上、我が罪として背負っていくしかないわね。
「そ、それは置いといて。アイシャさんの婚約相手、クシュリナさんでもよかったはずですわよね。おなじタイミングでフリーになったわけですし」
「まぁ、そうね」
「けれどお相手に選ばれたのはわたくしだった。その理由ってマシュート、エイワリーナ両家の不仲にあったりしたのですかしら」
「決めたのはお父さま。けれど事件の当事者だったお年寄りたちも関わってるから、そうかもしれないわ」
「だとしたらわたくし、感謝したいですわっ」
アイシャさんとむかい合って両手をにぎる。
あふれ出す正直な気持ちを伝えるために。
「だってそのおかげで、こうしていまアイシャさんといっしょにいられるんですものっ」
「――~~っ!!!」
またまた顔が真っ赤になっちゃうアイシャさん。
視線もそらされてしまいますが、にぎった手は振りほどかれません。
むしろより強く、ぎゅっとにぎり返してきます。
「……そ、そんな考え方、したこともなかったわ。けど……、そうだとしたら、私もちょっぴり感謝、できる……かも……」
なんだかとってもいい雰囲気。
チヒロがそばで見てることを忘れるくらいにいい雰囲気。
ファースト以来許してもらえないキスも狙えるのでは?
「アイシャさん……。わたくし、あなたが好きですわ……」
「わ、私も、よ……」
手をにぎり合ったまま、少しずつ顔を近づけていく。
視線をそらしていたアイシャさんが接近に気づいて、おどろきに目を見開き……。
「ば、ばかっ! えっちっ!」
「ふぎょっ」
にぎったままの手を顔に押し付けられました。
「信じらんないっ! こんなところでしようとするなんてっ! どこから誰が見てるのかわかんないでしょっ!」
確かにここ、貴族街のド真ん中なのよね。
あちこちに貴族のお屋敷が立ち並ぶ一等地なのよね。
「い、いい雰囲気でしたので、つい……」
「ばかばかばかっ、もう帰るからっ!」
「で、では送っていきますわ……」
「もう……っ」
し、失敗しちゃったかしら……。
せっかくのいいムードが壊れちゃったかも。
「……ふたりなら」
「えっ」
ぽつりとつぶやいたアイシャさん。
同時にそっと指を、わたしの指に絡めてきます。
「ふたりっきりなら、その……。また、してもいい、から……」
「……ッ!!!」
不意にきたデレに、わたしの心臓はまたもキュンキュン高鳴ったのでした。




