49 王様に会いに来ましたわ!
王都のド真ん中にそびえたつ、街のどこからでも見えるスケール感のおっきな王城。
わたしたちが通された応接間もまた、並みの貴族屋敷の玄関ホールくらいあるんじゃないか、ってくらいに大きい。
王様に会う以上は謁見の間で面会するのかしら、と思っていたけれど、応接間で顔を突き合わせてのお話なのね。
まさに特別待遇。
「国王陛下が間もなく来られます。少々お待ちください」
みんなしてテーブルの下座に腰をおろすと、案内をしてくれたお役人さんが退室。
いよいよ国王陛下のお成りです。
ちょっぴり緊張するわね。
「あわっ、あわわわっ! 緊張しますの……!」
「落ち着いてテューケットさん! こういうときは深呼吸ですわぁ! すー、はーッ!」
ガチガチに緊張してる方々もおられます、と。
さすがにアイシャさんともなると平静をたもっているけれど、エイツさんも平然としてるのよね。
この人いったい、どんな肝の座りかたしてるんだ。
やがてトビラが静かに開く。
現れたのは細身でおひげの長いお爺さん。
深くしわが刻まれたお顔が、長年の苦労をしのばせる。
間違いない、この人が国王陛下だわ。
「やぁ、待たせたかね」
「いえっ、とんでもございませんわッ!」
「ですの!」
「ですわぁ!」
思わず起立してしまった。
テュケさんクラさんもつられて起立。
背筋をピンと伸ばしております。
「そうかしこまらんでよい。楽にしよう、楽に」
「は、はいっ。テュケさんクラさんも、楽にしなさいましっ」
「ですの!」
「ですわぁ!」
わたしたち、醜態さらしてないかしら。
気恥ずかしさを抱えつつの着席です。
国王様もよっこいしょ、ってカンジで杖をつきながら着席。
座るときに顔をしかめているあたり、腰を悪くされたというのは本当のよう。
「まずは自己紹介からにしようか。サダルマース=セイヌ=ダ=ショーヌス=ワークレイド。この国の国王だ」
「国王陛下にお目通り叶い、恐悦至極に存じますわ。わたくしソルナペティ=フォン=ミストゥルーデ。ミストゥルーデ公爵家の三女にして、ここにいる御用商人エイツの主人でございます」
「話に聞いているよ。あのエイワリーナ公に勝つとは大したものだ」
うんうん、とうなずく国王陛下。
続けてみんな、順々におなじように自己紹介をしましたので割愛します。
それぞれが自己紹介を終えたところで本題へ。
陛下が腰をさすりさすり、苦笑いしつつ切り出した。
「このサダルマース、若き時分は質実剛健の偉丈夫とたたえられたものだが、寄る年波には勝てんでの。このとおり腰を痛めてしまった」
「おいたわしい限りですわ」
「そこで、だ。私の私室から謁見の間、執務の間へとつながる各階段を『自動階段』とやらにしたいのが。御用商人エイツよ、可能か否か」
「まずは実際の階段を見せていただくことになるでしょうが、可能と存じます」
おぉ、さっきの自己紹介もだったけど、エイツさんが敬語を使っていらっしゃる。
わたしには敬語を使ってくれないのに。
……まだちょっぴり恨んでるのかしら?
それとも親しみの証?
「よろしい。ではのちほど下見をし、しかるのち作業に取り掛かってくれ。かかる費用、その他もろもろは担当の者と相談するように」
「ははっ」
「うむ。ソルナペティ嬢よ、優秀な者を側につけておるな」
「自慢の者ですわ。エイツも、ここに控える護衛のおふたりも」
「まぁ、ソルナ様……!」
「わたくしたちのことまで……」
偽りない本心を、おふたりに感動されてしまった。
エイツさんの表情は動いてないけどね。
やっぱりまだ恨まれて……?
「よき主従のようだ。……それを踏まえてエイツよ。そなたにもうひとつ頼みたいことがある」
「なんなりと」
「聞けばそなた、すでにのれん分けを許されておるそうだな」
「はい。昨今の功績を認められ、両親から独立の許可はくだっております」
「ではミストゥルーデ家への御用は実家にまかせ、そなたは独立して王家御用達となる。これもまた可能かな?」
まさか陛下じきじきに、エイツさんを青田刈り……!?
わざわざ面とむかってエイツさんと話したかったのは、これが理由だったのね。
「ちょ、ちょっとソルナ、どうするつもり?」
となりに座るアイシャさんも、さすがに予想外だったみたい。
あわてた様子でわたしに耳打ちしてきます。
「どうすると言われましても……。エイツさんの意思に任せるしかありませんわ」
まさか陛下の誘いを断れ、だなんて圧をかけるわけにもいかないし。
主人としては黙って返答を見守るしかないわよね。
こんな誘いを断るわけがないし、その結果エイツさんが御用商人じゃなくなっちゃっても仕方ない。
とっても残念だけれども。
「……」
エイツさん、しばらく考えたあと口をひらきます。
「身に余る申し出、ありがたき限り。しかしながら、辞退させてくださいませんか」
……えっ、ホントに?
わたしの聞き間違いじゃないわよね……?
「ほう。なぜ断るか、理由を聞いても?」
「自分はまだまだ若輩の身。のれん分けしてすぐに陛下の御用達となれば、やっかみを買い、いらぬ敵も作りましょう」
「ふむ……」
「それに、です。今この時、この主人について働くことが僕は楽しいのです」
エイツさん……!
そこまでわたしを慕っていてくれたのね。
恨まれてなかったどころか、ちゃんと主人として敬われていて、ちょっと感動しちゃった……。
「ですから陛下、どうかご容赦を」
深々と頭を下げるエイツさん。
陛下は何度かうなずき、満足そうな笑みを浮かべた。
「うむ、良い返事であった。ソルナペティ嬢、まこと良き者たちを従えておる」
「は、はいっ!」
「聡明な若者を見ると、私も気持ちが若返るようだ。かつて若かりし頃、私のそばにも優秀な技術者がおってな。エイツよ、そなたを見るとかの者を思い出す」
どこか遠いところを見るように、昔を懐かしんで目を細める。
仲のいい、友のような存在だったのかしら。
「ふとしたことから仲たがいしてしまい、それっきりだがな。今ごろどこでなにをしているのか……。ソルナペティ嬢よ、そなたは同じ轍を踏んではならぬぞ」
「肝に銘じますわ、陛下」
「よろしい。ではここまでにしようか。現場の下見の案内や事務的な手続きは、先ほど案内させた者にまかせておるでな。これにて失礼する」
杖をつかってよっこいしょ、と立ち上がり、国王陛下は去っていきました。
人柄としては優しそうなおじいちゃん、といった感じだったかしら。
「ふぅ、緊張しましたわぁ……」
「でもでも、やはり立派な方でしたのっ」
テュケさんクラさんが感想を言い合ってる中、エイツさんはなにやら考え込むそぶり。
どうしたのかしら。
「エイツさん、なにか気になることでも?」
「――あぁ、なんでもないさ。ちょっと気になったことがあっただけだ」
「そうですの?」
なんでしょう、気になること。
気になりますが、まぁいいでしょう。
きっと個人的なことよね。