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47 このわたくしにご不満でも?




 わたくし、今の名前はシャディア・スキニー。

 そしてここは王国西部、マシュート領。

 街のなかの地下酒場の一室に、ひっそりと身をひそめておりますのよ、このわたくしが。


 それもこれも、全ては『やりたいこと』のため。

 そのための長い下準備、最後の一手を打つところなのですわ。


「セバス、手筈てはずはよろしくて?」


「万事抜かりなく。いつでも行動に起こせます」


「結構。ならば行動に移してまいりなさい」


「心得ました」


 命令を受けたセバスが出ていきますわ。

 このわたくしの命令で動くのがセバスですもの。

 当然ですわ。


「もうじき全てが『変わる』。後世の人々はこのわたくしを英雄とあがめることでしょう」


 さすがのわたくしも万感の思いがありますわ。

 ことが終わったらば、たまにはセバスをねぎらってあげてもいいのかしら。


 部下を褒めたことなんて、記憶にもないこのわたくしが。

 このわたくしがそんなことを考えるくらいには、いい気分ですことよ。


「――シャディアさま、失礼いたします」


「……あらぁ?」


 おかしいですわね。

 いまさっき出ていったばかりのセバスが入ってきましたわよ?

 このわたくしの、命令にそむいて戻ってきたとでもいうのかしら?


「あなた、どういうつもり? ……いいえ、ちがうわね。先ほどと服装がちがう」


 先ほど出ていったセバスは民間の軽装。

 対してこちらのセバスは燕尾服にフードつきマントの旅装。


 なるほど、理解しましたわ。

 理解できて当然ですわ、このわたくしですものね。


「あなた……。影武者さんにつけた『サード』ね」


「左様にございます」


「いったい何のご用かしら? 場合によってはあなたを処分するわ」


「この図面の出どころを探り、なんとかここまでやってまいりました。やはり、あなたさまでございましょうか」


 『サード』が取り出した図面は……、またえらく古いヤツですわね。

 身体能力強化用全身鎧(フルプレートアーマー)の、しかも初期案だなんて、ドクトルの研究における初期も初期に書かれた子どものオモチャみたいな試作案。


「そんなもの、木の棒でガキが地面に書いた落書きにも等しいゴミですわ。適当にその辺に放り捨てても問題ないレベル。けれど流出はよろしくないですわね」


 どういう経緯で誰が流したか、しっかり調べて『処分』しませんと。


「それよりも、あなたがここへ来たことは?」


「ご安心を。誰にも気取けどられておりませぬ」


「そう。安全ならばどうでもいいわ。……で、王都の方はどうなってるのかしら」


「はっ。影武者をつとめておられますあのお方、意外にもたいそうな傑物で――」


 ガンッ!


 『サード』の顔面に投げつけた本、カベに当たったわね。

 顔面にむかって投げつけたのに避けるだなんて、生意気ですわ。

 投げましたのよ、このわたくしが。


「どうでもいい。知りたいのは『王都の情勢』。言われないとわかりませんの?」


「……失礼いたしました」


 まったく。

 所詮はセバスたちのなかで一番の出来そこないですわね。

 だからこそアレにつけたというのを、本人も理解していますのかしら?


 あらためて『サード』が語った王都の情勢を、手早く頭のなかに入れる。

 なるほど、お父さま――いいえ、もう赤の他人ですわね。

 ミストゥルーデ公とエイワリーナ公がそろって領地を離れている、と。

 ならば少しばかり、スムーズに事が運ぶかしら。


「頭に入ったわ、もう結構。……で、その図面。どんな理由で出どころを探ったの?」


「……『お嬢さま』の命令でございます」


「どうでもよかった。適当にごまかしなさい」


「承知いたしました」


「……。……なに? まだなにかあるの?」


「……いえ。失礼いたします」


 気味が悪いですわね、不服そうに突っ立って。

 このわたくしと面とむかって言葉を交わすことができて、なにか不満があるとでも?

 ないですわよね、このわたくしに。


 地下小部屋を出ていく『サード』を見送りつつ、デスクの上に地図を広げる。

 情勢がわかったことで、多少プランの変更もありですかしら?

 さぁ、面白くなってまいりましたわよ。



 〇〇〇



 なぜだか近ごろ、クシュリナさんをアカデミーで見かけない。

 苦手な人だしあんまり関わり合いたくないタイプなのだけれど、命の恩人でもあるのが始末に悪いのよね。

 だから一応、西組の人に聞いてみた。


「クシュリナードさま? マシュート領に帰っておられますわ」


「あらなるほど。里帰りですわね」


 だからいないのか。

 大した理由じゃなくてよかったよかった。


 疑問が解決してスッキリしたところで、お昼ごはんのチヒロ特製豪華盛りお弁当にしましょうか。

 何せいま、お昼の長い休憩時間なので。


「うふふっ。さぁて、どなたをさそって差し上げましょう」


 やはり無難にテュケさんクラさん?

 エイワリーナ公のお誘いを断った忠臣ですし。


 それとも愛しのアイシャさんかしら。

 エイツさんとお仕事の話をしながら、でも悪くないわね。


 あぁ、はじめの頃の『ひとりで食べる』という選択肢が消えてることが嬉しい。

 あのころは目立たないように中庭のすみっこで、爺やさんとコソコソ作戦会議しながら食べてたっけ……。


「懐かしいですわ……」


 ……そういえば爺やさん、まだ帰ってこないのよね。

 そろそろ一週間くらいかしら。

 いつでも指をパッチンすれば来てくれるのに、いまは鳴らしても誰もこない。


「……なんだかさみしくなってきましたわ。爺や、おいでましー……なんちゃって」


 ぱちんっ。


 軽く指を鳴らしてみちゃったり。


「お呼びですかな、お嬢さま」


「うっ、おひょわぁぁぁぁ!?!?」


 シュバッ、と風のようにいきなり背後に出現した爺やさん。

 思わず奇声をあげてしまい、まわりの人たちに変な目をむけられちゃった。


「あ、な、なんでもありませんのよ、ご心配なく。をほほほほ……」


 いたたまれなくなって、その場を足早に立ち去るわたし。

 けっきょく誰かを誘いそびれて、中庭のすみっこまでやってきてしまった。


 爺やさんが見守るなか一人さみしくお弁当を広げることになったけど、いいもん。

 報告聞きたかったからちょうどいいもん。


「……コホン。爺や、戻ったということは報告があるのでしょう?」


「はっ。例の図面ですが……」


「……?」


 爺やさんにしては、なんだか歯切れが悪いわね。

 報告しづらいことでもあるのかしら。


「……マシュート地方に住む発明家の図案、でした」


「あら」


「図案を書いたものの実現する設備も資金もなく、金にするため売ったとのこと」


「ほへー、在野にそんな技術者がいるなら、どこか登用して差し上げればよろしいのに」


「ですな」


 エイツさんの心配したような物騒な火種じゃなかった、と。

 よかったよかった、平和がいちばんだものね。


「爺や、よく突き止めてくださいましたわっ。褒めてさしあげます!」


「――ッ!」


「あ、あら? 爺や?」


 なんでしょう、爺やさんってば。

 急に顔をそむけちゃったりして。


 わたしのスマイルがまぶしすぎたとか?

 ……なーんて、自分で思ってて寒いわよ。


「し、失礼いたしました、お嬢さま」


「体調でも悪いのかしら? 長旅でしたものね。良ければ休暇でも――」


「いえ! ――いえっ、結構でございます」


 ……なんなのでしょう、様子のおかしな爺やさん。

 チヒロの料理をパクつきつつ、いつもと違うなにかを感じて首を軽くひねるのでした。




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― 新着の感想 ―
[一言] 本人は何事にも終わりがあるということを理解していないのだと思うので、自分の考えを他人に押し付けてもダメです。 自分の理想を他人に押し付けると、英雄ではなく独裁者になってしまいます。
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