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46 どちらが嫁ぐか迷いますわ!




 夕食の席でまさかのお誘い。

 わたしがアイシャさんに嫁いで、エイワリーナ家に入るという可能性!?

 か、考えていませんでした。


「えと……、なぜその形をお望みなのでしょう」


「言っただろう、先の決闘でお主が気に入った。エイワリーナの家に入り、エイワリーナのために力をふるってはくれぬだろうか」


 やっぱりそういうことですか。

 家のため。

 どんな貴族も優先することであり、この人の行動原理のひとつでもあるわよね。


 本来なら断る理由も見当たらないけれど、わたしってホンモノじゃないのよね。

 いくらホンモノが貴族にもどるつもりはサラサラ無いと言ったとしても、現状を大きく変える決断をしてもいいのかしら。


「……考えさせてくださいまし」


「無論、熟考するがいい。そちの父君ともよく話し合ってな。もとよりこの場で軽々しく出す結論など求めておらぬ」


 婚約が正式に決まったからこそ生まれた、新たな問題。

 どっちが相手の家に入るのか、かぁ。


 結婚するのはかなり先、数年後だろうけど、それまでに考えておかないとね。

 そのころにはホンモノソルナペティまわりも、もう少し進展してるかもだし。


「しかしそちの家臣たち、なかなかの結束力であるな。この私の誘いを即座に断ってみせたぞ」


「誘い、ですの……?」


「そう、その口調が口癖の、レスティ男爵家のテューケットという娘。なかなか筋がよかったのでな、私の直臣にならぬかと先日誘ったのだ」


「テュケさんを引き抜きッ!!?」


 先日アカデミーを休まれていたの、そういう理由でしたの!?

 御三家でもとびっきりの精鋭が集まったエイワリーナ公の部隊に誘われるとは。

 まさかテュケさんの腕前が、そこまで評価されていただなんて。


「しかし、そち以外に仕えるつもりはないと。この私に物怖ものおじせずの即答であったわ。はっはっはっ!」


 うーわ、テュケさんすっごい度胸。

 けどソルナペティって、ここまで慕われているのね。

 わたしのことだけどわたしのことじゃない、ちょっとややこしい主従関係。

 素直に喜んでいいのか複雑だわね。


「もうひとり、ギーニィ家の娘も誘いたいところだが、あの調子では同じ結果だろうな。諦めることとする。いい部下を持ったな、大事にせい」


「は、はいっ!」


「ほらほら、難しい話はそこまで。ご飯を食べる手、止まってますよ」


「む……、すまぬ」


 お義母さまが手をパンパンと叩く音で、お食事は再開。

 冷める前のほうがおいしいものね。



 〇〇〇



 お食事が終わって、お風呂も終わって、あとは眠るだけ。

 アイシャさんのお部屋のソファに深く腰掛ける、お風呂あがりのホクホク肌に、お客さま用のネグリジェを着たわたしです。


 ちなみにお風呂はやっぱり別々。

 アイシャさんが死ぬほど恥ずかしがるのだから仕方ない。


「ソルナ、ごめんなさい。お父さまってば、いきなりあんなことを言い出すだなんて……」


「かまいませんわ。考えなければならない問題ではありますし」


 恋愛結婚みたいなノリでここまで来たけど、元はと言えばこれって双方の意思関係ナシな政略結婚だった。

 いっかい破談したあとに、改めてこうしてまとまったわけだから、どっちがどっちの家にって重要だわよね。


「アイシャさんはどちらがよろしくて?」


「私? ……そうね、エイワリーナの家のためになるのなら、あなたに来てほしいかも」


 やっぱりアイシャさんも貴族なのよね。

 家のためになること、これ最重要。


「最初に話が来たときにミストゥルーデ家に嫁ぐって聞かされてたから、ずっとそのつもりだったわ。でも、あなたといっしょにこの家で――エイワリーナ領で暮らすのも悪くないと思う」


「エイワリーナ領、どんなところです?」


「いいところよ。それなり以上に都会だし、独自の美味しいグルメがたくさんあるし」


「ほう」


「ずっと木に登って子どもをおんぶしてる、ぬいぐるみみたいな生き物もいるわ」


「なんですのそれ、見てみたいですわッ」


「見せてあげるわ。この子」


 窓辺の机の上に座っていた、耳が大きくてふさふさな、おっきくて黒いお鼻がとっても目立つぬいぐるみを、アイシャさんが手に取って見せてくれた。

 よく見たらひとまわりちっちゃいのが背中に抱きついてるわね。


「見たことない動物ですわ。こんなのが本当にいるんですの?」


「他の大陸から捕獲してきた珍種よ。動物園で飼われているの」


「ほぉぉぉ~、興味深いですわ~」


 魔物でもないのに、こんなファンシーで珍妙な生き物がいるだなんて。

 世界は広いのね……。


「今度アカデミーの長期休暇にでも、いっしょに来る?」


「行きたいですわっ。あ、でも長期休暇ならミストゥルーデ領にも顔を出さないとですわよね」


「そのときは私をいっしょに連れていきなさい。ミストゥルーデ領にはなにがあるの?」


「そうですわねぇ……。とってもにぎやかな海辺の街ですわ。海産物が名物で、それから――」


 わたしはミストゥルーデ領の生まれじゃない。

 何でも屋の仕事で何度か行っただけで、そんなに詳しいわけでもない。

 けれど必死に知識を引き出して、よく知ってるようにふるまっていく。


 ……そうだよね。

 わたし、アイシャさんをだましてるんだ。


 わたしを好きでいてくれる人に、ずっとウソをついている。

 これまでずっとウソをつき続けてて、これからもウソをついていく。

 好きな人にホントの自分をさらけ出すこともできないまま、死ぬまでずっと。


 うん、『覚悟』を決めよう。

 貴族である覚悟を示した次は、死ぬまでウソを貫きとおす覚悟を決めるんだ。


「……? ソルナ、どうかした?」


「あ――、な、なんでもありませんわッ」


 いけないいけない、顔に出ちゃってたみたい。

 しぶい表情してちゃダメよね。

 今はとっても楽しくて幸せな、アイシャさんとのひとときなのだから。


 気をとりなおしてミストゥルーデ領の見どころを話したりしているうちに、夜もふけてきた。

 そろそろおねむの時間だわね……。


「ん、もうこんな時間。そろそろ寝ましょうか」


「ですわね。もちろんいっしょのベッドで」


「わざわざ言わなくてもいいから」


 もう何度目かの添い寝なのに、アイシャさんてばまだまだ恥ずかしいのね。

 一方のわたしは心穏やか。

 なぜなら抱き枕にされる心配がないからです。


「明かり消すわね。おやすみ」


「おやすみなさいまし」


 シャンデリアの明かりが消えて、暗い部屋をランプの淡い光が照らす。

 薄明りの中ふたりそろって、ぬいぐるみたちにかこまれたファンシーなベッドに横たわった。


 アイシャさんはおっきなぬいぐるみを抱きかかえ、顔をうずめる。

 きっと朝まで安眠でしょう。


「……」


「……」


「……なんか、ちがう」


「……はい?」


「ちがう。今日はこの子の気分じゃないって体が言ってる」


 ア、アイシャさん、なにをおっしゃっておられる?

 おっきなぬいぐるみを押しのけて、わ、わたしに抱きついてきた!?


「えっ!? アイシャさん、なにを!!?」


「んー、やっぱりこっち……。ソルナ、いいこと? 私と寝るとき、あなたこれからずっと抱き枕になりなさい」


「わたくしの部屋に抱き枕の用意は!?」


「もうしなくていい……、んにゃ……」


 なんということでしょう。

 もうわたし、アイシャさんのぬくもりや香りに慣れるしかないみたいです……。




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