45 かわいい部屋のかわいい住人ですわ!
アイシャさんがラッピングのリボンを取って、紙袋の中に手を入れる。
きっとふわふわの感触に触れたのでしょう、中身がなにかわかった様子。
「ソルナ、これ……。……ううん、見せてもらうわね」
「ど、どうぞ……」
アイシャさんの手が、ついに中身を取り出した。
現れたのは茶色いクマさんのぬいぐるみ。
どこも異形と化していない、無難な可愛さに仕上がったシロモノだけれど、果たして気に入ってくれるのか。
心臓がバクバクして口からまろび出そう。
「……い、いかがでしょうか」
「――見たことないぬいぐるみ。編み目もどことなくぎこちない……」
無表情のまま、じっと眺めまわしてる。
ど、どうなの……?
「……見てわかったわ。これ、あなたの手作りよね」
「えっ……と。そ、そのとおり、ですわ……」
さすがぬいぐるまーアイシャさん。
あっさり見抜いちゃいました。
「そっか、やっぱりそうなんだ。手作り……」
アイシャさんがぬいぐるみを、胸の前で大事そうにギュっと抱きしめる。
それからわたしの顔を見て、
「ありがとう、ソルナ。どんなプレゼントよりもうれしいわっ」
とびっきりの笑顔で、そんなこと言ってくれるんですもの。
「――ッ!!」
胸がきゅーんってしちゃいましたわ。
シーリンにもらわれていった失敗作たちも浮かばれるというものです……。
「この子、大事にするわね。どこにいてもらおうかしら」
アイシャさんがあたりをキョロキョロ見回す。
その視線がむかった先は、ピンクのひらひらがたくさんついたファンシーなベッド。
アイシャさんはわたし作のぬいぐるみを抱いたまま、そのベッドの上に乗っかって、枕のすぐ上に座らせた。
「んー……、やっぱりここかな」
「枕元ですの? その理由とは」
「理由なんて聞く? そ、その……、ね、寝るときにいちばん身近で手に取りやすいでしょ……?」
「……っ!?」
「だから、ね? とくにお気に入りの子たちは、みんなそのあたりに置いてるの……」
「そ、それってその、わたくしの作ったぬいぐるみを気に入ってくださった、ということですの……!?」
「1から10まで言わないでよ、ばかばかばかっ! うぅっ、恥ずかしいじゃない……!」
あー、ダメです。
嬉しすぎてかわいすぎてもうダメです。
キュン死しそう。
「な、なによその顔っ! ニマニマしないでよ、もぅ……っ」
「かわいいですわぁ」
「かわいいとか言うなぁ!」
わたしをぽかぽかと、軽く叩いてくる様もかわいいアイシャさん。
かわいい部屋に住んでるし、この子かわいいの化身かな?
そんなカンジでしばらくふたりで過ごして、そろそろ日も傾いてきた。
はやく帰らなきゃ、親バカお父さまに心配されて大捜索隊でも編成されそうだわ。
「アイシャさん、そろそろ遅い時間ですわ。わたくし帰らなくては」
「え、もう……?」
「チヒロを呼んで迎えにきてもらいますわ」
爺やさんは今、調べもので遠出してもらってるからね。
例の強化外装もどきの設計図。
だから指パッチンしても出てこないのよ。
「それではアイシャさん、また明日会えるのを楽しみにしていますわ。ごきげんよう――」
「待ってっ!」
おっと?
アイシャさんに後ろから抱きつかれてしまいましたが……?
「待って……。まだいっしょにいたい……」
「ぬゎっ、んと……ぉッ!」
これ、引き止められちゃってる……!?
わたし、行かないでって引き止められてるの!?
幸せすぎる……!
「し、しかし、ですわね……。あまり遅くなると、家族にも心配がかかりますし……」
「連絡入れればいいでしょ。泊まっていくって、あなたのメイドにでも言伝頼めばいいじゃない」
「わ、わたくしなんにも準備してきていませんわよ……?」
「私のときも同じだったし。うちにだって宿泊客用の用意くらい、何十人分もあるわよ……」
これは……。
もはや断りようもないカンジだわね。
あ、でも大丈夫か。
ぬいぐるみがたくさんあるこの部屋なら、アイシャさんに抱き枕にされることもない。
つまり朝までドキドキせずに安眠できる、はず。
だったらなんにも問題ナシ!
ヨシ!
「仕方ないですわね。アイシャさんがそこまでおっしゃられるならッ! そこまでこのわたくしと共にいたいとおっしゃられるのならッ! 泊まってさしあげてもやぶさかではありませんことよ――ッ!!」
「……」
「そ、そんな生ゴミを見るような目はやめてくださいまし……。単なる照れ隠しですわ……」
ちょっと失敗したかしら。
ともかく急遽、お泊りすることと相成りました。
〇〇〇
貴族の食卓って、基本的には家族そろって、じゃないと思うのよ。
ミストゥルーデ家がそうなだけかもしれないけれど、みんな生活リズムも屋敷でのテリトリーもバラバラだし。
シーリンが朝食どきに遊びに来るのも、そのへんのことがあってさみしいからなのかもしれないわね。
だからエイワリーナ家の食卓におジャマしておどろいた。
おっきな食堂でおっきなテーブルを囲んで、家族全員そろってお食事していることにおどろいた。
家族思いなエイワリーナ公の人柄ゆえかしら。
「あなたが妹の婚約者さんね。はじめまして」
にこやかな笑顔であいさつしてくれた、四女のアイネリーベさん。
とってもやさしそうなお姉さんって印象かな。
「虚無へと誘いし魔弾の鉄槌に依りて、冥府の軍勢を退けし黄昏の勇者よ……。此度の邂逅、運命の導きと見受けたり」
なんかよくわかんないこと言ってる眼帯に腕包帯の女の子が、六女である末っ子のハイネベルーシャさん。
うちのシーリンより独特なのかな。
「やめてよハイネ、恥ずかしい」
五女であるアイシャさんも頭をかかえているご様子です。
長女から三女は嫁いでいて、長男から四男は領地を守っているとのこと。
エイワリーナ公、見たところお父さまより結構な年上のご様子だものね。
五女のアイシャさんがわたしと同じ歳なわけだし。
「えっと、みなさまお初にお目にかかりますわ。ソルナペティ=フォン=ミストゥルーデと申します」
優雅にペコリ。
上座にすわる優しそうな初老のご婦人も、おなじく立ち上がってペコリ。
「これはこれはご丁寧に。アイシャベーテの母です。これからも娘と仲良くしてあげてね」
すっごく優しそうなお義母さま。
そのとなりに座ってる、しかめっ面のお義父さまの迫力とは対極にありますね。
「……ソルナペティ嬢よ」
「は、はいッ!」
エイワリーナ公に呼ばれて、思わず背筋をピンと伸ばしてしまった。
だってまだまだ怖いんですもの。
「そう固くなるな。これでも私はお前を気に入っている」
「光栄でありますわッ!」
「若くして人望厚く、統率力もあり、度胸も気迫も。部下にも恵まれておる。……今のところ、アイシャベーテがミストゥルーデ家に嫁ぐ形が暗黙の了解となっているが、どうだ? そちの方がエイワリーナ家に嫁ぐ、という形にするのは」