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44 ハンドメイドでぬいぐるみますわ!




 物心ついたときには王都の貧民街にいた。

 生きるためにどんな技術も習得してきた。

 そうしなければ生きられなかったから。


 誰も自分の面倒を見てくれない。

 だから腹が減ったら自分のぶんの食べ物を、物乞いしてでも盗んででも調達した。


 服だって捨てられてるボロボロのヤツを拾って、着られなくなったら自分でつぎはぎした。

 そのうちに自分が器用なことに気づいて何でも屋を始めて、なんとか食っていけるだけの金を得られるだけになった。


 なにが言いたいかというと、そんなわたしにとって裁縫なんて簡単だってことなのよ。

 ぬいぐるみを作るくらい、ちょちょいのちょいで……。


「……あ゛ーッ!! またブッサイクになりましたわ――ッ!!」


「これで10個めにございますね」


 頭の形が、まるで内部から膨らんで爆発寸前のモンスターみたい。

 裁縫の基本をおさえていても、かわいく作れるかどうかって別なのね……。


「どうしたらお店のようにかわいらしく作れますのっ!」


 片手が異様に肥大化していたり、左右の目がおかしな位置についていたり、体の模様が異様なことになっていたり。

 わたしの失敗作の山、ファンシーどころかホラーだわよ。


「お嬢さま、まず美的感覚をやしなわれるのはいかがでしょう」


「矯正するまで何年かかりますの! というかべつに、そこは狂っておりませんわよ!」


「冗談でございます。見たところ、おもに詰め物の加減に手こずっておられるご様子。僭越ながら私が御指南さしあげましょう」


「……結構ですわ」


 アイシャさんへのプレゼントだもの。

 せっかくだから一から十まで全部自分の手で作りたい。


「だんだんつかめてまいりましたの。あともう少しで、かわいらしいぬいぐるみができますことよっ」


「左様でございますか。差し出がましい申し出、お許しを」


「お気になさらず。これはわたくしの単なる意地ですわ」


 生まれてはじめて出来た大事な人へのプレゼントだから、っていう単なるわがまま。

 付き合ってくれるチヒロにはむしろありがとうを言いたいほどよ。


 もくもく、ちくちく針と糸。

 詰め物を、今度は加減を間違えないように詰めて、縫い閉じて……。


 ――コンコン。


『おねーさまっ、いらっしゃいますかしらぁ』


 ……この声、シーリンだわ。

 またわたしで遊びにきたのかしら。

 朝食どき以外に来るだなんて珍しいけれど、よっぽどヒマなようね。


「いらっしゃいませんわよー。帰って花摘んで寝なさいましー」


「いますのね。失礼いたしますわっ」


 クソ、入ってきやがった。

 これじゃあ裁縫に集中できないじゃん。


「……あら、お姉さまってばぬいぐるみなんて作ってらっしゃるのねっ。そ・れ・じゃ・あ……、くすくすっ。こっちは失敗作の山かしらぁ」


「ま、待ちなさいシーリン! それは――」


 まずい、このままじゃ『くすくすっ、お姉さまってばへったくそ~。裁縫よわよわ、ざーこざーこっ♪』とか煽られる……!

 止めようとするけど時すでに遅し。

 失敗作のうちのひとつをシーリンが手に取ってしまった。


「あら? このぬいぐるみ……」


 頭の一部が異様にふくらんだクマをまじまじと見つめるシーリン。

 さぁて、どんな罵倒が飛んでくるのでしょうか。


「かわいらしいですわっ!」


「……?」


「この子も、この子もっ、とってもかわいいっ! お姉さまにも取りえのひとつくらいはあったみたいですわねっ!」


「えっ、えぇ……?」


 どうやらシーリンの『可愛い』に、わたしの失敗作たちがクリティカルヒットしたようです。

 目を輝かせて、次から次に手に取ってる……。


「……えっと、よければ差し上げますわ。そこにある全部」


「よ、よろしいんですの!? どうなされたのお姉さま、急にこんなにプレゼントをくださるだなんて……」


「たまには、そういう気分の日も……あるのですわ……?」


「ホントにいいんですのね? 全部シーリンの部屋に持って帰りますわよっ! 返せって言われても返しませんわよっ!?」


「返せって言わないから大丈夫ですわ」


「うれしいですわっ! すぐにメイドを呼んできて運ばせますっ。……えへへ、お姉さまの手作りぬいぐるみっ」


 ウキウキでメイドを呼びに部屋を出ていったわね、シーリンってば。

 あの子の美的センスっていったい……。


「ねぇチヒロ、あれは矯正するべき?」


「あれがシーリン様の『可愛い』なのです。それでよろしいではありませんか」


「そういうもの、なのですわね。……えぇ、大事にしてあげましょうか。あの子だけの『可愛い』を――」


 きっとそれが、姉としてあるべき姿なのだから……。



 〇〇〇



 翌日。

 ぬいぐるみをなんとか完成させたわたしは、放課後エイワリーナ邸を訪れた。


「いらっしゃい。待ってたわ、ソルナ」


「えぇ、失礼いたしますわっ」


 メイドたちといっしょにわたしを出迎えてくれるアイシャさん。

 屋敷は外観も中の玄関ホールも、わたしのところと大差ないわね。

 大差ない、のレベルがとんでもなく高レベルなのは言うまでもない。


 奥に通されてアイシャさんのお部屋の前へ。

 彼女がドアを開けると、そこにはぬいぐるみたちの楽園があった。


(す、すごい量……!)


 広い部屋のソファにぬいぐるみ、棚にもぬいぐるみ、机の上にもぬいぐるみ。

 窓辺や壁ぎわにもぬいぐるみ、そして当然おおきなベッドの上にもぬいぐるみ。

 もはやぬいぐるみの部屋です。


「照れるわね、ソルナを呼ぶの……。どうかしら、あなたの部屋と比べるとかなり雑多よね」


「素敵なお部屋だと思いますわっ。ファンシーショップに負けず劣らずのファンシーさで……」


「それ褒めてるの……? まぁいいわ、楽にしましょ」


 ぬいぐるみたちが座るソファに腰かけるアイシャさん。

 わたしもとなりに座ると、アイシャさんはぬいぐるみを自分の膝の上に乗せた。


「それで、その……。今日はどんな用事なのかしら。急に私のとこ来たいだなんて……」


「その、じつは……。アイシャさんにプレゼントがあるんですのっ!」


「プレゼント? 私に? 今日、なにか特別な日だったかしら」


「特別な日じゃなくてもかまいませんの。ただアイシャさんの喜ぶ顔が見たかっただけですので」


「な……っ! も、もうっ、恥ずかしいこと言わないでっ」


 照れてる、照れてる。

 かわいいんだから。


「それで、えっと……。プレゼントというのが、コレなのですが……」


 通学カバンにしまっていた、中が見えないようラッピングした袋に入れたぬいぐるみを取り出す。

 緊張感で心臓がバクバクしてきたわ……。


「えっと、ど、どうぞ……!」


「ありがと。さっそく開けるわね」


 受け取って、袋を開封していくアイシャさん。

 果たしてわたしの渾身の作品、気に入ってくれるのかしら……!




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