41 久方ぶりの二人っきりですわ!
わたしことソルナペティ=フォン=ミストゥルーデと、アイシャベーテ=フォン=フォン=エイワリーナの再婚姻が正式に発表された。
正式な決闘を踏まえての再婚姻だけに、誰も異論をとなえる者はいない。
めでたしめでたし、体を張った甲斐があったわね。
配下の騎士さんたちは、参加した全員に今月の給金十倍。
約束は『最後まで立ってた人』だったけれど、倒れた人だって人一倍、体を張って頑張ってくれたんだもの。
文句の出る余地を『勝ったから』で封殺して、きっちりねぎらってあげたわ。
で、いまは決闘のあった日の夜。
アイシャさんにはふたたびわたしの部屋にお泊りに来てもらいました。
「んふふ……」
ソファに座って本を読むアイシャさんをじっと見つめる。
ホントに婚姻、許可が出たのよね。
じきにあの子がわたしのお嫁さんになってくれるのよね……。
あぁダメ、ニヤニヤしてしまう。
「……なに? 本に集中できない」
おっと、相変わらずのツンツンした態度っ!
ひるまずススっとそばによって、サッととなりに座る。
「せっかくなのだしお話しましょう? なにをお読みになっていらっしゃいますの?」
「な、なんでもいいでしょっ」
「見せてくださいな」
かまってほしいのよ、わたし。
気づいてアイシャさん。
「う、うぅぅぅ……」
本を見えないようの遠ざけつつ、顔を赤くして口ごもるアイシャさん。
しばらく悩んでから、絞り出すように口にします。
「れ、恋愛小説……。流行ってるのを取り寄せたの……。その、さ、参考に、なるかな……って……」
「ふぅ……ッ!!」
いや可愛すぎか?
胸撃ちぬかれたわよ、わたし。
「ど、どうしたの、ソルナ!? 胸をおさえて、苦しいの!?」
「いえ、幸せな苦しみですわ……ッ」
「そうなの……?」
「そうですの。して、参考になるところはありましたの?」
「あんまり。歯の浮くようなキザなセリフとか、壁ドンとかあごクイとか、なんか鳥肌立つ」
「……わかりますわ」
とってもとってもわかります。
なんというか、不思議ととっても実感のこもった同意が出来ました。
アイシャさん、本をポイっとソファの上に放ります。
「やめた。こんなの読むよりあなたと話している方が楽しいもの」
「わたくしも。アイシャさんとこうしていられるのが、なんだか夢のようですわ」
昨日の夜、エイワリーナ公にコテンパンにされる夢を見たからねぇ。
いまだにあっちの方が現実だったらどうしよう、とか思うわよ。
「ホント。決闘のとき、生きた心地がしなかった。ずっとあなたの勝利を祈ることしかできなくって、もどかしかった」
「ハラハラさせてしまいました?」
「何度もしたわよ! 始まってすぐお父さまの軍勢に飲み込まれちゃうんじゃないかって思ったし、お父さまに立ち向かっていったときも無茶だって思ったし」
相当にハラハラさせちゃったのね。
わたし自身もギリギリの勝利だったと思うもの。
「だからうれしかったわ。あなたが私との婚姻のために必死で戦って、勝ってくれたときは、とってもうれしかった。私への気持ち、本物なんだって心の底から思えたの」
「アイシャさん……」
ソファの上でとなり合って見つめ合って、なかなかにいい雰囲気。
これなら、アレしちゃってもいいのかしら。
ビンタされたりしないのかしら。
されないことを信じて、少しだけ距離をつめてから、ゆっくりと顔を近づけていく。
「ソ、ソルナ……? ま、待ってっ!」
「むぎゅっ」
クッションを顔に押し付けられました。
ビンタじゃないけど、やっぱダメなのね。
「いきなりはムリ! 心の準備とか、その……」
「ダメですの……?」
「だって、まだ婚約だしっ! 結婚じゃないしっ! 婚前交渉なんて、その、ふ、ふしだらよっ!!」
婚前交渉ってもっとふしだらなコトに使う言葉なのでは……。
けれどアイシャさん、こう見えてれっきとした貴族の箱入りお嬢さま。
こういうことに耐性ゼロなのって、むしろイメージどおりかも?
「だから、その……」
アイシャさん、顔を真っ赤にしてもじもじ。
それからおもむろに抱きついて、わたしの背中に腕をまわしてギュっとしました。
「こ、これで、ガマンしてっ」
「……あー、ガマンできないかもしれませんわ」
だって可愛すぎません!?
キスくらいしたくなっちゃうわよ、こんなの!
「なんでガマンできないのよ、ばかっ」
「そんなこと言われましても。好きすぎるんだから、仕方ありませんわ」
「――っ、……ぅぅ――~~っ」
な、なんだろう。
アイシャさんがなにやら葛藤している。
抱きついてるから目の前にある、かわいいお耳が真っ赤になっている。
「わ、わ……っ」
「わ?」
「わ、私もっ、好き……だから。だから、特別っ。がんばったごほうびっ! ここだけのヒミツで、いまだけしかしないからっ!」
一気にまくし立てて、上半身を離すアイシャさん。
なにをするかと思ったら、そのまま目をつむって固まってしまった。
「あ、あの、アイシャさん……?」
「……はやく」
「えぅ?」
「はやく、しなさいよ……っ。気が変わらないうちに……っ」
……えっと、これはオーケーということでしょうかね?
そうだわよね、さすがに。
「で、では、失礼いたしますわ……」
ドキドキバクバクと高鳴る心音。
アイシャさんのひざの上でギュっと固くにぎった手に、わたしの手を乗せる。
ビクッ、と跳ねるアイシャさんの体。
それでもギュっと目をつむったまま、動かないアイシャさんの唇に顔を寄せていく。
「アイシャさん、好きですわ……。大好き……」
「っ!」
言ったあと、目を閉じる。
直後、くちびるに感じるとってもやわらかな感触。
「ん……っ、ふ……」
「……っ」
キス、しちゃった。
唇を触れ合わせただけだけど、なんだかとっても心が満たされる。
それでもしばらく重ねたままでいると、さすがにちょっと息苦しくなってきた。
けどこれっきりなのよね……。
やめたら次はいつになるのか。
「っ、ふぐっ……」
あ、苦しそうなアイシャさんの声。
ずっと息止めてるものね。
さすがにここまでにしておこう。
「……っぷは、ばかっ、長すぎ! えっち!」
「えっちですの!?」
「けど、その……。なんか、幸せだった……」
顔を真っ赤にして、目線をそらしながらそんなこと言われたら。
またしたくなっちゃうじゃないのっ!
「アイシャさんっ!」
「ダメっ! もうダメだからっ!」
「あぅ、ダメですのぉ……?」
「う、うぅ……」
上目遣いでのお願い。
名付けて捨てられた子犬大作戦。
「ま、また今度、気がむいたらねっ」
「アイシャさん……っ!」
「さ、さぁ寝ましょう! 今回も抱き枕になってもらうから!」
「今回もですのぉ!?」
そうだった、この子ってなにかを抱っこしてないと眠れないんだった……!
抱き枕もぬいぐるみも、なんにも用意していない……!
「イヤそうね」
「イヤ、ではないのですがその、心臓がもたないというか……」
こ、今度のお泊りまでにはぬいぐるみ、たくさん用意しておこう……。
そう決意しながら、ベッドの中でアイシャさんに抱っこされ、夜は更けていくのでした。