40 娘さんを頂戴いたしましたわ!
とどろく勝利の叫び。
戦場は静まり返り、遠く離れたお父さまが声を張り上げた。
「そこまでッ! この決闘、ソルナペティの勝利とするッ!!」
一瞬の静寂、そののち。
「「「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおぉぉッ!!!!!」」」
わたしサイドの騎士さんたちから勝ち鬨が上がる。
同時にテュケさんクラさんが駆け寄ってきた。
「ソルナ様ああぁぁぁ!! さすがですわっ、お見事ですわぁ!!」
「やりましたのっ、すごいですのっ!」
「をーっほっほっほっほっ!! そうでしょうそうでしょう!」
わたしを助け起こしつつの熱い賞賛。
悪い気分じゃない、というかいい気分。
おもわず高笑いが出ちゃったわ。
「ソルナッ!」
「あら? うぉっとぉ!!」
アイシャさんの声が聞こえたと思ったら、真横から抱きつかれた。
走ってきた彼女に飛びつかれたのね。
不意打ち気味にしりもちをついちゃった。
「アイシャさん……。わたくしたちの活躍、見てくれていました?」
「見てたわよ! 見てたに決まってるでしょう! もう、ずっとハラハラしながら、見てることしかできなくって……。よかった、本当に……」
座り込んだまま、感極まって泣き出しちゃうアイシャさん。
ポロポロとあふれる涙を指でそっとぬぐってあげます。
「ふふっ、泣くほど嬉しいんですの?」
「当たり前じゃない、ばかっ。嬉しいに決まってるでしょ……!」
ちょ、半泣きでそんなこと言われたら胸がキュンってしちゃうじゃない。
さすがのわたしも照れますて。
「うふふ、眼福ですわぁ」
「とてもいいですの。わたくし創作意欲が沸いてきましたの」
……テュケさん、あなた恋愛小説でもお書きなさってる?
「……ソルナペティ=フォン=ミストゥルーデ、か」
「っ!」
こわいおじさん……じゃない、エイワリーナ公がゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
アイシャさん、あきらかに警戒してるわね。
わたしもなにか文句を言われるんじゃないか、ってちょっぴり不安になる。
「お父さま……! まだなにかあるの……!」
「――っふふ。いや、なにもない」
だけど意外。
エイワリーナ公ってば、笑ったの。
ちょっとだけさみしそうに、けれどうれしそうに。
「私は貴族としての誇りと名誉をかけて決闘に臨み、そして負けた。その勝敗になんら恥じることも、惜しむところもない」
「お父さま……?」
「――ソルナペティよ」
「は、はいっ」
「私はどうやらお前という人間を誤解していたようだ」
「誤解、ですの?」
「貴族としての誇りを欠片も持たず、軽視し、家の伝統に後ろ足で砂をかけるような、そんな人間だとな」
そ、それ誤解じゃないですぅ。
ホンモノのソルナペティ、まさにそんな人間ですよぉ。
「そのような人間にアイシャベーテを嫁がせたとて、幸せになれぬことなど目に見えておる。伝統あるエイワリーナ家としても、そんな相手との再婚姻など認めるわけにはいかなかった」
「お父さま、まさか私のために反対していたの? 家の名誉のためとかじゃなかったの……?」
「もちろんそれもある。が、こちらの理由の方が強いな。貴族として自由恋愛が出来ぬ身ならば、せめて私が納得できる相手に嫁がせたかった」
アイシャさん、かなり驚いてるわね。
私も予想外だったわ。
アイシャさんから聞いていたエイワリーナ公って、もっと怖くて融通の利かない人のイメージだったから。
「しかしソルナペティ、お前は見事に見せてくれたな。貴族として人を集め、惹きつけ、導いていく器量。いざとなれば自らも体を張り、共に戦う度胸。もはや文句のつけようもない」
けれどそのときエイワリーナ公が見せたのは、これまでの怖いイメージを一新するような優しげな父親の笑顔だった。
「ソルナペティ、アイシャベーテ。今ここに認めよう。ダルガーネス=フォン=エイワリーナの名のもとに、両名の婚姻を!」
この場にいる全員に聞こえるような声量で、エイワリーナ公が高らかに宣言する。
その瞬間、アイシャさんがなんかもう、押し倒す勢いで抱きついてきた。
「ソルナ、聞いた!? 私の空耳じゃないわよね! 結婚、許してくれるって……!」
「空耳なんかじゃありませんわ。……ありがとうございます、エイワリーナ公」
「礼など不要。貴族としての誇りに誓った約束に従ったまでよ」
アイシャさん、どうやらこの人の一面しか知らなかったみたいね。
エイワリーナの家を何より大事にしてる人だって聞いていたけれど、同時に家族のことを同じくらい大事にしてる人なんだ。
ずっと王都に住んでる珍しい貴族っていうのも、家族と離れて暮らしたくないから、なのかも……?
厳格な外面でとりつくろっている、ホントは子ども想いの父親。
『わたくし』のお父さまと、根っこじゃ変わりないのかも。
「ソ~ルナちゃあぁぁぁぁぁぁぁんッ!!!!」
「!!?」
な、なんですのこの声ッ!?
なっさけないおじさんの声が聞こえる!
「ソルナちゃんすっごいよぉぉぉ!! よく勝てたねぇぇ! 大丈夫? ケガはないかい?」
「お、お父さま!? 外面、外面――ッ!!」
「外面? ぉ――……」
感極まって、まわりが見えなくなっていたのでしょうね。
我にかえってあたりをキョロキョロ見回して、全員のあ然とした表情に気づくお父さま。
半泣き半笑いの顔をキュッと引きしめ、コホン、と咳払いをひとつ。
「――ソルナペティ、見事だった。エイワリーナ公も、その名に恥じぬさすがの奮闘」
「う、うむ……。ミストゥルーデ公、先ほどのアレは――」
「場を和まそうとしたのですがな、充分に温まっておりましたので。要らぬ配慮でしたな、はっはっはっ!」
堂々とごまかしながらの高笑い。
いや手遅れでしょ、こんなんでだまされる人がいるわけ――。
「おぉ、さすがミストゥルーデ公……!」
「一触即発の空気と思ったのだろうな、自ら道化を演じて場を収めようとするなんて……」
「常人にはとても出来ぬ行い……。さすがの器の大きさ……」
ま、まわりの騎士さん、みんな騙されてる……。
ふだんの行いってすごいな、とか思いました。
「ねぇソルナ? あなたのお父さま……」
「前に言ったでしょう? 嫁いで来れば本性がわかりますわ、って」
「し、信じたくないわね……」
「思わぬ一面があるものですわ、人間ですもの。わたくしのお父さまも――あなたのお父さまも、ね」
「……ふふっ、そうね。あなたの思わぬ一面も、いっしょに暮せば見えてくるのかしら」
「ど、どうでしょう。おほほほほほ……」