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31 あなたが好きだと叫びますわーッ!




 『わたくし』の宣言が、日の落ちた中庭に響きわたる。

 こうなっちゃったらもう後戻りなんて出来ないわ。

 するつもりもないけれど。


「ソルナ……! あなた、なんてこと……」


「言ってやりましたわ、アイシャさん。これでわたくしのこと信じてくださいますかしら」


「……っ! ばかっ、ばかばかっ!」


 わたしの腕のなかで、胸をぽすぽす叩くアイシャさん。

 キレイな青い瞳から涙がポロポロこぼれ落ちます。


「ばか、ホントにばかっ! 私っ、ホントにばかよ……っ! だって、私のせいで大変なことになるってわかってるのに……、嬉しいの……っ」


「アイシャさんのうれし涙が見られるだなんて。勇気出した甲斐がありましたわ」


「ばかっ! ……だいすき」


 ギュっと抱きしめてくる彼女を抱きしめ返す。

 まわりに人がいるだとか、そんなの関係ない。

 そんなの気にしてる気分じゃないのです。


「本当にっ、本当にごめんなさい……。子どもじみた嫉妬のせいで、私……っ」


「お気になさらないで。あなたのことを好きだったのは本当ですもの。アイシャさんに言われずとも、遠からずおなじことをしていましたわ。ですからアイシャさんは、なにも悪くありませんことよ!」


「そんなやさしさ見せないでよ……。疑った私が余計にみじめじゃない……」


 泣きじゃくるアイシャさんの頭をなでなで。

 この子のこんな弱弱しい姿、はじめてみます。

 それほどのことをわたし、しちゃったのよね。


「宣言しちゃったからには、ぜったい私と結婚してよね……! 私のお父さま、絶対に認めてくれないから。だから絶対に認めさせてよね……!」


「わたくしのお父さまだって、認めてくださらないと思いますわ。けれど絶対認めさせます」


 お父さまの言ってた『覚悟』がなんなのか、なんとなくわかってきた。

 面目をつぶされたと感じているエイワリーナ公爵に、アイシャさんとの仲を認めさせるなんて簡単なことじゃない。


 恥をかかされた貴族がどれほどの屈辱を感じるのか、嫌というほど知っているもの。

 暗殺という手段に出ることもあるほどに、深く強く根深いシロモノ。


 まるで怪物。

 そんなモノに立ち向かわなければならないのに、不思議と恐怖を感じない。

 アイシャさんがわたくしのことを慕ってくれているとわかるから、なのでしょう。


「結婚しましょう、アイシャさん」


「――えぇ、喜んで」


 わたしの背中に腕をまわして抱きしめるアイシャさん。

 わたしも同じようにして強く抱きしめ合います。


 なんかまわりから拍手とかざわめきとかが聞こえますが、まったく気になりません。

 それほどまでにわたし、アイシャさんを好きになってたみたいです。



 〇〇〇



 ずっと目をそむけようとしてきたの。

 こんなヤツ、好きになるわけがないって。

 ちょっと心を入れ替えたからって、カンタンに好きになっちゃったら悔しいじゃない。


 ずっとおさえ込もうとしてきたの。

 貴族としての誇りと名誉、面目という名の重石おもしでフタをしていたの。

 生まれたときから大事にしろと教えられてたものの重みで、むりやりおさえ込んでたの。


 だけど、『それ』はフタができないくらいに大きく大きく育ってしまった。

 おさえ込むための石の重みも、兄を捨てたクリュッセードの姿を見て、それほどまでに大事なものかと心が揺らいで、フタとして機能するほどの重量を失くしてしまった。


 いまにも外れそうなフタに、『さっきの光景』がトドメを刺した。

 ソルナとクシュリナードがキスを――しているように見えた瞬間、気持ちが一気に膨らんで、重石ごと吹き飛ばしてしまった。


 頭のなかがぐちゃぐちゃになって、わけわかんないままムチャクチャなことを叫んでしまって。

 後悔する私をソルナは、受け入れて、そして『覚悟』を示してくれた。


 だから私、もう逃げない。

 もう目をそむけない。

 あなたとおなじく、覚悟を決めて戦うから。



 ――ソルナと抱き合うなかで、まわりから聞こえる拍手とざわめき、黄色い悲鳴。

 さっきまでの私だったら顔を真っ赤にして、ムキになって突き放していたでしょうね。


 けれど『覚悟』を決めたのだもの。

 このくらい。

 こ、この、くらい……。


「……あの、ソルナ。ごめんなさい、ちょっと恥ずかしくなってきた」


「あらあらあら」


 ……うん、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいわよ。

 生まれ持った性格だもの、仕方ないわよね。


「照れてるアイシャさん、いつ見てもかわいらしいですわ」


「うっさい。もう離れて」


 ついついツンツンしちゃうのも、直すにはまだまだかかりそう。

 自分で離れてって言ったのに、ソルナが離れていくとさみしく感じちゃうし。

 ……我ながらめんどくさいわね、私。


 さて、冷静になってあたりを見回すと、みんな遠巻きに私たちを見てるわね。

 声をかけてこないあたり、空気を読んでいるのかしら。


「……そろそろ社交ダンスの時間じゃない? ホールに戻りましょう」


「あら、本当。すっかり日が沈んじゃってますわね。では――」


 ソルナが私に手を差し出す。

 エスコート、してくれるってことかしら。


「最高のひととき、約束してくれるんだったわよね? 期待してるわよ」


「えぇ、お約束いたしますわっ!」



 〇〇〇



 アイシャさんの手を取って、ダンスホールまでやってきた。

 社交ダンスはどうやらもう、とっくに始まっているようね。

 何人かのペアが中央で優雅に踊っているけれど、わたしたちの輝きには劣るところを見せてさしあげましょう。


「さぁアイシャさん、行きますわよ! 練習の成果、見せつけて差し上げましょうッ!!」


「い、いきなり行くの……? 目立たない? もうウワサ広がっちゃってるだろうし……」


「関係ありませんわッ! ここにいる全員の耳目じもくをわたくしたちだけにむけさせるッ! そのくらいの覚悟なくしてあなたをめとることなどできませんことよ――ッ!!!」


「声デカいってぇ……。もう……」


 照れつつも大人しくついてきてくれるアイシャさんが好き。


 わたしたちの登場に、ホールは拍手につつまれる。

 演奏もなんだか、一段階ギアが上がったカンジだわ。


「ソルナ、みんなが期待してるわよ? 私のパートナーとして恥ずかしくないダンスを見せることね」


「望むところですわっ」


 ホールの真ん中で互いの腰に手をまわし、もう片方の手を重ねる。

 バックミュージックに合わせてステップを踏み始めると、会場のあちこちから悲鳴混じりの歓声があがった。


 けれど、それもすぐに聞こえなくなる。

 耳に届くのはわたしとアイシャさん、ふたりの呼吸と息づかい、それから音楽だけ。

 目に映るのは彼女の顔と、その瞳に反射したわたしの姿だけ。


 まるで世界にふたりっきりになったかのような、そんな錯覚のなか。

 この時間がずっと続けばいいのに、なんて叶いもしない願いを本気で願うほど、素敵な時が過ぎていった。




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