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30 わたくし宣言いたしますわ!




 クシュリナさんが口にした、ソルナペティの名前。

 その名が示す人物は『わたくし』じゃない。

 ホンモノの、ソルナペティ=フォン=ミストゥルーデ。


「あなた、わたくしたちのこと、知って……っ!」


「最初から知っていたわけじゃない。確証を得たのは連絡を受けてからさ」


 クシュリナさんがゆっくりとこちらに近づいてくる。

 いつもどおりのさわやかな笑みを浮かべながら。


「ただ、なんとなくわかっていたよ。僕の愛した彼女とキミじゃ、内面があまりに違いすぎるから」


 カベを背にしたわたしの顔の、すぐそばに彼が手をついた。

 これ、ご令嬢方が好むお話でよく見る、壁ドンってヤツですか?


「それでも愛する人の助けになるならと、キミの命を救ったわけさ」


「そ、その件については、重ねてお礼申し上げますわ……っ」


「気にしないでくれ。キミのためにやったわけじゃない。……しかし本当によく似ているね。見た目だけなら寸分たがわずそっくりだ」


 こ、今度はあごクイ!?

 ホントやめぇや……!


「や、離れて……! 人を呼ぶわよ……っ!」


「素の口調、そんな感じか。キャラ作り疲れない?」


「つっ、疲れませんわ……ッ!」


 あっぶな、ソルナペティ剥がれてきてた。

 この人、ホントどういうつもりよ……。


「そ、そんなことよりっ! 『連絡』とはなんですの……ッ!?」


「あぁ、そうだね。教えても問題ない内容さ。ちょっと耳、借りるよ」


 クシュリナさんがわたしの横髪を上げて、耳元に口を寄せます。

 まわりに聞こえないように、ですよね?

 他意はありませんよね?


「『これから面白いことが起こりますわ』……だそうだ」


「そ、そう……」


 それだけじゃ、なにがなんやらですわ。

 彼女にとっての面白いことが、わたしにとっても面白いことを祈るしかないわね。


「――おっと、これは。まさに今から『面白いこと』が起きそうだ」


「え……っ?」


 中庭の、にぎわっている方へ目をむけるクシュリナさん。

 わたしもつられてそっちに視線をむけますと、サーっと顔から血の気が引いていきました。


 だって……。

 だって、そこにはアイシャさんが、愕然とした表情で立っていたんですもの。


「遅いから見にきたら……。ソルナ……、いま、なに、してたの……」


 あぁ、そうよね。

 アイシャさんが立ってる角度から見たら、わたしが壁ドンされたあげくキスされてるようにしか見えないわよね。


「ち、ちがっ……! アイシャさん、聞いて……!」


「――っ」


 あわっ、は、走っていっちゃった……!


「どうしましょうどうしましょう……! とりあえず追いかけないと……っ」


「すまないね。僕のせいで誤解されてしまったらしい」


「アンタ、なにが面白いことですのよ! なーんも面白くねーっつーんですわッ!!」


「ほら、追いかけるんじゃないのかい?」


「そ、そうですわ! 待ってくださいましっ、アイシャさぁぁんッ!!」


 はしたなくもドレスのすそをつまんで、大急ぎで走り出す。

 人の群れにまぎれて見失わないようにしなきゃ。

 だって、見失ったら取り返しのつかないことになる気がするから。



 人の波をすり抜けすり抜け追いかける。

 ドレスにヒール、加えて体力だけはないアイシャさん。

 どんどんペースが落ちてきて、手をのばせば届く距離までこられたわ。


「アイシャさん、待って、聞いて……!」


 手をのばして彼女の腕をつかむ。

 アイシャさんは腕をブンブン振って、逃れようと必死だわ。

 けれど必死さなら、わたしだって負けてないんだから!


「やっ! 離して!」


「離しませんわよ! 話を聞いてくださいまし!」


「いや! 聞きたくない!!」


「聞きたくなくても無理やり聞かせてさしあげますわッ!!」


 なおも振りほどこうとするアイシャさんの腕を、思いきり引っぱる。

 力いっぱい、手加減なしに。


「ひゃっ――」


 不意をつかれてバランスを崩し、わたしの方へと倒れ込む彼女の身体を、腕を広げて包み込むように抱きとめた。

 もう絶対に離さないって気持ちをこめて。


「やっと捕まえましたわよ。もう逃がしませんから」


「……やだ、離してよ。聞きたくないわよ。アイツと、クシュリナードとヨリをもどしちゃったんでしょ……? そんなの、聞きたくない……!」


「誤解ですわよ」


「ウソ! キ……っ、キス……っ、してた……!」


「してませんわ。耳打ちされてただけ。誰にも聞かれたくない内容でしたので――」


「そんなの信じられない……!」


「では、どうしたら信じてくださいますの?」


「……撤回して」


「撤回……?」


「私との婚約破棄、今この場で撤回して。そしたら信じるッ!!」


「そ……れは……っ」


 婚約破棄の撤回。

 それすなわち、公式に、ミストゥルーデの人間として、しかも公の場であるこの場所で、大量の証人を前に、前言をひるがえすということ。


 さすがに即答できなかった。

 『お父さま』の口にした言葉が、覚悟という文言が頭のなかを駆けめぐる。


 いまこの場で撤回したら、どうなるの?

 どういう覚悟が求められるの……?

 ヘタをすればこの先、夢のような貴族生活を続けられなくなるかもしれない……?


「あ……」


 叫んだあと、アイシャさんは我に返ったのでしょう。

 ハッとした表情に変わります。


 自分が口走った言葉の意味に気づいたのね。

 きっと感情のままに出ちゃった本心、みたいなものだったんだ。


「ご、ごめんなさい。撤回なんてできるわけないわよね。とんでもなくバカなこと言った。今の言葉、ぜんぶ忘れて?」


 涙を浮かべながら儚く笑うアイシャさん。

 今の言葉にうなずいたら、何事もなく元に戻れるのかな?


 ……ううん、きっと戻れない。

 うわべだけの友人関係がズルズルと続いていって、いつかアイシャさんは他の誰かのものになる。

 政略結婚で、知らない誰かと新たに婚約させられて。

 そんなの、そんなの……っ!


「――ッ、忘れませんわ!」


 ……あー、ダメだ。

 わたしってばおかしくなったかも。

 貴族の生活失うかもしれないってのに。


「わたくしは! ソルナペティ=フォン=ミストゥルーデはッ! いまここに宣言いたしますッ!!」


 アイシャさんを失うかもって思ったら、心の天秤ぶっ壊れました。

 アイシャさんの重みで、逆サイドに乗ってた貴族生活がふっ飛びました。


「ちょ、待っ……」


「この場の皆さまも、よーくお聞きあそばせッ! わたくし、撤回いたしますわ!」


「ダメ、ソルナ――」


「わたくし、ソルナペティ=フォン=ミストゥルーデはッ! アイシャベーテ=フォン=エイワリーナとの婚約破棄をッ!! 正式に撤回いたしますわ――ッ!!!」




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