03 早くも命の危機ですわ!
「――というのが一万年前と言われています。そのときを境に……」
衝撃的な『殺害予告』を受けてしまったわたし。
ソルナペティ嬢の暗殺を企んでいるのって、アイシャベーテ嬢なのかしら。
「――つの意味合いが薄れ、人間は他の動物とまったく異なる方法で繁……」
爺やさんたちがつかんでるっていう情報は『暗殺の動きがある』ってことだけ。
あのお嬢さんに心変わりをしてもらえば、命の危険とおさらばできる……?
だとしてもどうやって?
「――ドルの周囲に街が作られ、この王都も例外ではなく……」
アイシャ嬢の言うとおり、公衆の面前で謝罪するのはダメよね。
貴族同士でそんなことをした場合、ミストゥルーデ家の権威、ヘタすりゃガタ落ちです。
名誉が傷つくし、エイワリーナ家より格下だって思われかねない。
貴族にとって面目ってのは大事だし、家格が高いならなおのこと。
だからこそ面目をつぶされたアイシャ嬢は怒ってるわけで。
だったらやっぱり、あの方法しかないかなぁ……。
ゴーンッ、ゴーンッ!
「おっと、鐘が鳴りましたね。本日の授業はここまで。各自、復習しておいてください」
あら、授業終わり?
一般常識しか教えないから退屈で、つい考え事しちゃってた。
反省しつつ、あらためて教室をながめてみる。
階段みたいな段差が扇状にひろがってて、ひとつにつながった机が一段ずつについている。
後ろに行くほど高くなってるから、後ろだと黒板が見にくいなんてこともない、と。
ちなみにわたしは中段の真ん中。
目立つ。
とっても目立つ。
「ソルナ様、お疲れさまですの。うふふ」
「授業中の物憂げな顔、とっても素敵でしたわぁ」
授業が終わって教室から先生が退出すると、さっそくテューケットさんとクラナカールさんがわたしのところにやってきた。
このふたりとは同じクラスなのよね。
「授業に聞き入っていらしたのかしらぁ。わたくし共の成り立ちに思いを馳せて……」
「いいえ、ソルナ様のことですもの。わたくしたちには及びもつかぬことを考えていらしたに違いありませんの」
なんかよいしょが始まりました。
わたしの中のソルナ嬢のイメージで、適当に合わせておきますわっ!
「なぁに、大したことではございませんわ。ちぃとばかし、この国の未来について思案していただけのことッ!」
「まぁ、素晴らしいですわぁ」
「人の上に立つお方は違いますのっ」
いたく感激された。
……ところでソルナ嬢、このふたり以外に友達はいるのかしら?
誰も近寄ってこないのだけれども。
……まぁいいわ。
たしかこれから昼休み。
たっぷり一時間くらいの休憩がある。
そのあいだにやるべきことをやらないと。
「ソルナ様、お昼ご一緒しませんこと?」
「失礼。わたくしやらなければならないことがありますの」
「おやまぁ。さみしいですわぁ……」
「いかなる用事か、お聞きしてもよろしくて?」
「これはわたくしの、未来と名誉を守るため……」
ソルナ嬢らしく颯爽と立ち上がり、肩で風を切って歩き出す。
問題のあの人に会いにいくために。
「輝かしき未来のための、大いなる前進なのですわ――ッ!!」
「まぁ……っ」
「す、素敵ですわぁ……」
『わたくし』に心酔しちゃってるふたり、なんだかチョロくてかわいいかも。
それはともかく、あの人自分のクラスにいるかしら。
なんて思いつつ教室のドアに手をかけて開け放つと――。
「あっ」
いた。
探すまでもなく、いた。
教室を出た直後、青白髪の彼女とバッタリご対面。
「ソルナペティ=フォン=ミストゥルーデ……ッ」
「さ……っ、探しましたわよッ! アイシャベーテ=フォン=エイワリーナ!!」
「いちいちフルネームで呼ぶな。うっとうしい」
そっくりそのままブーメランでお返し致しますわっ、とか思っても口に出しちゃいけない。
怒らせたいわけじゃないので。
むしろその逆なので。
「あなた、ちいとばかし話がありますの。このわたくしについてきてくださるかしら。……いいえ、ついてきていただきますわ。有無を言わさずッ!」
「そういうところが――はぁ、まぁいいわ。私もたっぷり話があるわけだし。どうせなら人目のつかないところに行きましょ。視線がうっとうしいわ」
たしかに注目のマト。
こんなところじゃ落ち着いて話せないわね。
「よろしくてよ! さぁ、わたくしの後ろについていらして――ッ!」
「は? イヤよ。先に行くからあなたがついてきて」
〇〇〇
ということで、アイシャ嬢のあとについてやってきました校舎裏。
別館とのスキマに出来た、ちょっぴり狭い路地裏みたいな雰囲気のところ。
人の目もなく、完全にふたりっきりだ。
「……さぁ、ついたわよ。それで、話ってなにかしら。――あぁ、手短にお願いね。本当はあなたと同じ空気を吸うのも嫌なのだから」
腕組みで不機嫌そうなアイシャ嬢とむかい合う。
こりゃぁとことん嫌われてるわね……。
「では、簡潔に申し上げますわね! わたくし、あなたとの婚約破棄を撤回――」
「は? ムリ」
「します……わ……っ。……? ……??」
「ムリ。今さらなかったことにしても、傷つけられた私の名誉は戻らない。それに今回の騒動で思い知ったの。あなたと伴侶になるだなんて、絶対にムリ。生理的にムリ。顔も見たくない」
ソルナ嬢、こっぴどくフラれました。
なんだろう、他人事のはずなのにすっごくショック。
ゴミを見るような目で言われたからだろうね。
「で、では、個人的にあなたに謝罪いたしますので、公衆の面前での土下座はご勘弁を……」
「話にならないわね。私は気分を晴らしたいんじゃない。傷つけられた名誉を取り戻したいの。あなたの個人的な謝罪なんて、なんの意味もない」
「うぐぅっ……、で、では……っ」
ではどうしたらいいのでしょう。
どうしたら影武者のわたし、暗殺されずにすむのでしょうか。
「どうしたらいいのか、って顔してるわね。簡単よ。言ったでしょ、公衆の前で謝罪するか、もしくは――私に殺されればいいの」
「殺……ッ! ほ、本気ですの……? 気分を晴らしたいわけではなかったのではありませんこと!?」
「何度も言わせないで。私が回復したいのはあくまで名誉。だから公衆の面前で決闘し、互いの命と誇り、名誉を賭けて戦ってあなたを斬り殺す。そう言っているの」
……あら、決闘?
暗殺ではなく?
いや、決闘を申し込まれるのも一大事なのですが。
だとしたら、暗殺を企てているのはアイシャ嬢ではなく、まったく別の――。
「……?」
ふと、周囲が暗くなった気がした。
なんだろう、お日様に雲でもかかったのかしら。
なんの気なしに、チラリと上を見てみると……。
「あ、ぁ……っ」
岩だ。
でっかい岩が、わたしの上に浮いている。
この空間をまるごと押しつぶすほど大きな岩が、ふわふわと浮きながら、なおも大きくなっていく。
これ、土属性の魔法で作ってる……?
いや、それよりも。
このままじゃ、わたしはもちろんアイシャ嬢まで潰されるんじゃ……っ。