27 放課後ダンスレッスンですわ!
放課後、アイシャさんをお屋敷に招いた。
目的はもちろんダンスレッスン。
皆さんの前で盛大に宣言してしまったからね。
本番は注目のマトでしょうし、恥ずかしいダンスなんでできないもの。
「さあアイシャさん、お手を。ともに一曲踊りましょう」
「足を引っ張らないでね」
お屋敷のダンスホールでドレスに身をつつんだわたしたち。
差し出した手をアイシャさんが優雅に取る。
「このわたくしを誰だとお思いでして? さぁチヒロ、バックミュージック、頼みましたわよ――ッ!」
「お任せくださいませ、お嬢さま」
グランドピアノの前に腰かけたチヒロが、繊細な指使いで音楽をかなで始めた。
華やかで格調高く、しかしテンポのいいイントロ。
マーティ・バーシィヤ作曲、霧ヶ池のスワンね。
「アイシャさん、お手並み拝見させていただきますわ」
「あなたこそ。私のパートナーとして恥じないステップ、期待してるわ」
互いの背中に腕をまわしてダンスがスタート。
まずは息をあわせてステップを踏んでいく。
右、左、右、左、後ろ、左、前……。
「あら、さすがですわねアイシャさん」
最初の数ステップですぐにわかった。
この子、うまい。
少しもズレを感じないもの。
「当然でしょう。あなたもなかなかのものじゃない」
「ふふんっ、もっとほめてくださいましっ!」
わたしの方だって、社交ダンスにはそれなりに自信がある。
何でも屋時代、貴族の社交場に潜入したことなんて一度や二度じゃないもんね。
あの頃、生きるためにはなんでもした。
あらゆる知識と技術をおぼえて、どんどん自分のものにした。
しなきゃ、あの掃きだめで生きられなかったから。
(あの何でも屋生活をおもうと、今の暮らし、ホント夢みたいよね)
降って湧いた幸運、けれど絶対に手放したくない。
本物のソルナペティがなにをしているのか、『お母さま』の真意がどこにあるのか。
わからなくっても絶対に手放したりは――。
「――ッ! ソルナ、ステップ逆……っ!」
「え――」
しまった、足がもつれて――っ!
ぐぎっ……!
足首あたりから嫌な感覚と鋭い痛みを感じながら、尻もちをついて倒れこむ。
ちょ、ちょっと立てそうにない、わね……。
「ちょ、ソルナ、大丈夫!?」
「お嬢さま、お怪我は……!」
チヒロが演奏を中断して、すぐに駆けつける。
アイシャさんも心配そうな表情で、痛みより申し訳なさが勝っちゃうカンジだわね……。
「へ、平気ですわ、と言いたいところですが――ぃつっ!」
「ちょ、ちょっと見せてごらんなさい!」
アイシャさん、わたしのシューズを外して足首の様子を確認してくれました。
ちょっと腫れてるっぽい。
捻挫……かなぁ。
「ん……、ひねってるっぽいわね」
「お嬢さま、すぐに治療師を連れてまいります」
「お願いしますわ……」
「待って。それには及ばない。このくらいの軽い捻挫なら私にも――」
ど、どうするつもりだろう。
患部に両手を当てて、なにやら集中してる様子。
チヒロもわたしも黙って見守っていると、アイシャさんの手のひらから淡い光が。
「これ、治癒魔法……? アイシャさん、使えたのですわね」
腫れが引いて、痛みもどんどんやわらいでいきます。
まぎれもなく治癒系の魔法です。
「……御三家の一員として、ひと通りのことは出来なくっちゃみんなに顔むけできない。そう思ってね、昔からいろいろと覚えてきたのよ」
治療を続けながらも、ぽつりと語り出すアイシャさん。
わたしもチヒロも黙って耳をかたむけます。
「治療の魔法、攻撃魔法。剣術、学問、帝王学に軍学。社交ダンスだってそう。どれも人並みくらいには出来るようにならなきゃって」
……この子、わたしとおなじだ。
スラムの何でも屋と貴族のご令嬢、立場は真逆。
けれど生きるため、生き残るためになんでも学んでいく姿勢。
わたしと、おなじなんだ。
「――もちろん、どれも人並みレベル。胸をはって特技と言えるモノなんてない。ねぇソルナ、この治癒魔法だってクシュリナードの方がずっと上手でしょう?」
「え、と……」
「正直に言っていいわよ」
「……たしかに、クシュリナさんの治癒魔法は一級品でしたわね」
あのとき、あっという間にたんこぶ引っ込みましたし。
「言ってしまえば器用貧乏。でもね、ダンスも治癒魔法も、こうしてソルナの助けになれるのなら、身につけておいてよかったって思えるわ」
そのとき、彼女が見せた笑顔。
ふわりとやわらかく上品で、それでいて少女のあどけなさも残る、その笑顔にわたしは――。
ドキっ、とした。
(あ、あれぇ……? またドキって。なんでぇ?)
「……よし、腫れ引いた。ほらっ、もう痛くないでしょっ」
ぺちっ。
「ひゃんっ」
足首、かるーく叩かれました。
けど痛くない、曲げ伸ばしても痛くない。
治療完了だわね。
「……うん、どんなステップでも踏めそうですわっ。アイシャさん、感謝いたします」
「お礼なんて。このあとたっぷり練習に付き合えば、チャラでいいわよ」
「えぇ。もうヘマなんていたしません。チヒロ、もう一度お願いしますわ」
「かしこまりました」
立ち上がって、またアイシャさんの手を取る。
そうして音楽がはじまって、身を寄せ合ってステップを踏む。
一心同体、息を合わせて、まるでひとつの存在になったかのように。
(……もしかしてわたし、アイシャさんのこと?)
これまで貴族の立場を安泰にするために、アイシャさんとの婚約のヨリをもどそうとしてきた。
けどさ。
それ抜きでも、真剣にこの子と――なんてのも、悪くないかなって。
「それじゃ、また明日。本番までにバッチリ仕上げるわよ」
「えぇ。また明日、ですわっ」
練習が終わって、従者とともに帰宅なされるアイシャさん。
また明日、か。
ふふっ、早く会いたいわ。
……ハッ!
もしかしてこれが恋……!?
「ソルナちゃん、ナイスダンスだったよッ!」
「おッ――」
背後から唐突かつ猛烈な拍手と賞賛ッ!
この声、あの人ですわね……。
「お父さまッ! 見ていらしたの――ッ!?」
「もちろんさッ! 娘の成長、ふだん離れて見られないぶんしっかり目に焼きつけないとね――ッ!」
「勘弁してほしいですわ――ッ!!」
このお父さま、爺やさんに言いつけて見張っていてもらおうかしら。
……まぁ、でも。
こんなんでも『わたくし』のお父さまよね。
しかもうっとうしいほど溺愛してくれている。
(だったら、相談してみてもいいのかも?)
アイシャさんとの婚約破棄を撤回するのに最大の障壁となるのが彼女のお父さま、エイワリーナ公爵。
おなじ公爵、かつゆる~いお父さまなら、力になってくれるかも。
「あの、お父さま。おりいってご相談がありますの」
「ん~? なんだい? なんでも言ってごらん?」
「じつはわたくし、以前婚約破棄したアイシャさんと、もう一度婚約をしたいのですが。まずは先方のお父さまに謝って――」
「――ならん」
……えっ?
「貴族たるもの、公の場で口にしたことを軽々しく撤回するなど、断じてならん」
「お、お父さま……?」
「謝罪も撤回も、貴族としての誇りと名誉に傷をつける行い。……ソルナペティ、昔からそうだったな。貴族たる身を軽んじるな」
「あ、の……」
「撤回したくば相応の『覚悟』を示せ。ミストゥルーデの家名を、御三家たる身の重みを忘れるな。話は終わりだ」
一方的に話を切られ、背をむけ立ち去っていく。
まさか『お父さま』がここまで貴族としての在り方にこだわる人だったなんて。
するどい視線と威厳あふれる語り口は、風のウワサに聞こえてきたミストゥルーデ公爵閣下そのものだった。
婚約のための障壁、どうやらエイワリーナ公爵だけじゃなかったみたいね……。
……あら?
どうしたのかしら、急に立ち止まって背を丸くして、こっちをむいて……。
「…………あの、パパのこと嫌いにならないでね?」
「……わかりませんわ」
「そんなぁッ!」
いや、ホントにこの人がわかりません。