25 敵か味方か確かめますわ!
大ピンチ、緊急事態、わたし存続の危機。
命を賭けた報酬も同然な貴族のお嬢様の地位が、あの人の一言だけで崩壊しちゃう状況となりました。
さぁどうしよう。
まずは相談。
いちばん頼れる人に相談だ。
そうと決まればお祝いの席が終わってすぐ、自室に帰って爺やさんを呼び出すことにしよう。
部屋に帰って指をパチンと鳴らすと、いつもみたいに風のように現れる。
普段どこから見てるのかしらね。
「ねぇ爺や。お母さまのあのお言葉、聞いていらしたかしら」
「しかと耳にしました」
「アレって『そういう意味』ですわよね?」
「おそらくは」
「さてはて、わたくしどうすればよろしいのでしょう。……いや、ホンっトどうしましょう! 爺や助けてくださいまし――ッ!!!」
「まずは落ち着いてくださいませ、お嬢さま」
「う、うぅぅぅっ、そうですわよね……。まずは落ち着いて……」
混乱した頭じゃ、叫ぶことしかできません。
ここまで修羅場をくぐってきたはず。
冷静に、落ち着いて頭を働かせましょう。
「――えぇと、まず現状を整理すると。お母さまはわたくしの正体に気づいている、と」
「ですな。しかし公爵閣下やその他誰にも口外しそうな様子はありませぬ」
「そこがまた、よくわからないのですわよねぇ」
ニセモノだって見抜いたのなら、さっさと追い出すのが自然。
そうしない理由、追い出さない理由なんてあるのかしら。
「……本人に聞いてみるのが一番早いのでしょうけれど」
「ではお聞きになられては?」
「はへっ!?」
お聞きになられては!?
ゴーサイン出ちゃった!
「爺や、本気でおっしゃっています?」
「ご自分で口になされたでしょう。わたくしも、それが一番良い手段かと」
「そりゃそうですが、かなり勇気が必要ですわよ……ッ」
「ご武運を」
武運祈られました。
も、もう観念して行ってみますか。
どのみち『お母さま』の気が変わったら、すべておしまいなわけですし。
……というわけでやってきました。
普段は使われていない、お母さまの自室です。
きっと祝福受けてるあいだに、使用人たちが大急ぎでお掃除したのでしょうね。
「すーっ、はーっ。……よし」
深呼吸をしてからコンコンっ、とノック。
もうどうにでもなれの精神でノック。
思い切り、大事。
「お母さま、いらっしゃいます? ソルナペティですわ」
「まぁ、ソルナペティ。どうぞ、入ってらっしゃい」
「失礼いたしますわ」
優雅にトビラをあけて、優雅に入室。
そろそろお嬢さまも板についてきたんじゃないでしょうか。
「嬉しいわ、ソルナペティ。母に会いにきてくれるだなんて」
「家族ですもの。をほほほほー」
ソファで優雅にくつろいでいたお母さまの近くへ、優雅な足取りで移動。
そっとかたわらに立って様子見です。
ホントのホントに『わたくし』の正体に気づいているのか、まずはそれとなく確かめないと。
「うふふ、家族……ね。あなたからそんな言葉が聞けるだなんて思わなかった。とっても嬉しいわ」
「あ、あら~? どういう意味でしょう~」
「わかっているのでしょう? 『ソルナペティ』?」
立ち上がった『お母さま』に、ずいっ、と顔を近づけられました。
圧が、圧がすごい……ッ!
「あ……の……っ」
「怯えているの? かわいそう。大丈夫よ、怖がらなくても大丈夫」
ぽふっ。
「あ――」
包み込むような優しい抱擁。
ぬくもりと甘い香りにつつまれて、こんな状況なのに不安が抜けていくみたい……。
「わたくしはね、『娘の幸せ』を何より考えているの。娘が幸せならそれでいい。ね、『ソルナペティ』はいま、やりたいことを出来ているのでしょう?」
「……はい。きっと、出来てるはずですわ」
「だったら充分よ。わたくし、娘のジャマになるようなことをするつもりはありません。だからあなたも安心して、幸せに暮らせばいいのよ?」
優しい声色。
なんだか赤ん坊にもどったかのような安心感。
「あなたの方も頑張っているらしいじゃない。聞いたわ、近ごろ『ソルナペティ』の評判がいいって」
「えへへ、頑張ってますわ。エイワリーナ家のお嬢さんとも仲良くなれました」
「『ソルナペティ』が婚約破棄しちゃった子ね。いいわ、あなたは利口な子。『家のため』にも、『ソルナペティ』のためにもなっている」
頭をやさしくなでられます。
緊張感なんてもう、どっかに行っちゃいました。
「忘れないで。わたくしは『娘』の味方。なにがあろうと、あなたの味方ですからね」
「はい、お母さま。ありがとうございます……」
――お母さまの部屋をあとにして、自室に戻ってようやく頭の『ほわほわ』が抜けた。
同時に恐怖が押し寄せる。
あんな感覚、はじめてだった。
わたしに母親と過ごした記憶なんてないけれど、まるで本当の母親に抱かれているみたいだった。
心の底からの安らぎ。
だからこそ怖い。
完全に『気持ち』を掌握されてしまっていた。
「爺や……。結局のところお母さまは味方なのでしょうか?」
「あの方はただひたすら、子どもたちの幸福だけを考えておられます。それだけは間違いございませんでしょう」
――娘の幸せ、か。
つまりわたしの存在がソルナペティのためになるから、ってことだよね。
あの人、この先なにがあろうと味方だって言ってくれた。
けど本当に『なにがあろうと』なの……?
「……ねぇ爺や。もし、もしも万が一ですわよ。『わたくし』がソルナペティの幸福をはばむことになったとしたら――」
「あの方は『娘』の味方、なにがあろうとあなたの味方であり続ける。そうおっしゃったお言葉のとおりになさることでしょうな」
……んん?
爺やさんの言い方、どういう意味だろう。
だって『娘』という言葉の指すところが、わたしなはずがないわよね……?
「それ以前の問題として、わたくしはソルナペティお嬢さまの味方。万一そのようなことがあれば――」
「ちょ、もののたとえですわッ! 爺や怖いッ!!」
「……ゆめゆめ、胸に留め置かれますよう」
お、お母さまより爺やに寝首かかれる心配した方がいいかしら。
いやいや、爺やさんを敵にまわすだなんて、そんなおっそろしいこと想像したくもないわよ……。
〇〇〇
わたくし、今の名前は『シャディア・スキニー』。
マズール辺境伯との『話』は付きましたわね。
さて、こちらはどうでしょう。
クレイド王国西部、マシュート領。
ここの山奥にひっそりと、『あの人』の協力で建てられた研究施設に足を運んでさしあげましたわよ、このわたくしが。
「ドクトル、どうですかしら。順調でして?」
「あぁ、お嬢。来てたのかい。もうすぐ『四人目』が完成だよ」
「ふふふっ、いいですわ。ドクトル、あなたやはり最高ですわよ」
エイツとかいう御用商人の息子。
アレもなかなか筋は良さそうでしたが、ドクトルに比べれば子どもの遊び。
このわたくしが国中、いいえ大陸中を探してよりすぐった逸材に比べれば。
「うふふっ、ねぇセバス? もしもあなたが四人もいれば、わたくし天下だって取れるのではなくて?」
「……すべてはお嬢さまの、大願成就のために」
「えぇ、えぇ。そうでしょうとも」
必ず成してみせますわ。
幼き頃より夢に見た、我が大願を。