24 神聖な気持ちになりますわ!
これはホントにまったくの常識で、聞いていても退屈なだけだろうけど、人間は神に選ばれた生き物と言われてる。
その理由のひとつが、神に祝福されることで生まれてくること。
一万年ほど前に文明が始まったころ、神様から与えられたという聖遺物バースクレイドル。
黒いドーム型のこの施設が世界のあちらこちらにあって、そのなかで儀式が行われる。
妊娠初期にこの中で司祭さんから夫婦そろって『祝福』を受けることで、人は初めて産まれてくることができるんだ。
祝福を受けなかった場合、例外なく絶対に産まれてこられないようになっている。
ただし祝福を受けた場合は必ず安全に、この世に生を受けることが約束される。
それが世界の仕組み。
学園に来て最初にやってた授業でも説明してたけど、常識過ぎてあんまり聞いていなかったわ。
聞いてて面白い内容でもないわけですし。
で、基本的に町や村はバースクレイドルのまわりに作られているわけだけど、王都のものは特別権威がある。
貴族ならここで祝福されなきゃ箔がつかないのです。
「マルガレーテちゅわぁぁんっ。妹ができまちゅよぉっ。よかったでちゅねぇ~、ちゅちゅちゅちゅぅぅ」
「だぁだぁっ、あきゃきゃっ」
そこ、赤子にキモ絡みするな。
この公爵閣下、ホントに本物なのかしら。
影武者だったりしません?
「こら、ヨシュナ。赤子の柔肌におひげチクチクは厳禁ですよ」
金髪の淑女が遅れてご登場。
おじさんにやんわりと注意しつつ優しくほほえんだ。
この人が『お母さま』であるレイストローナ公爵夫人ね。
優しそうな方で一安心だわ。
「ごめんよマイワイフ。娘たちに会うの久々で公爵アガっちゃった」
「家族しかいないからって、ゆるみすぎじゃありませんこと? いい加減にしませんと、そのヒゲぶっこ抜きますわよ?」
「ゆ、ゆるしてッ! 公爵反省……!」
……や、優しそう、かな?
〇〇〇
王都のちょうど中心、繁華街のド真ん中にある黒いドームがバースクレイドル。
目に入るたび、とってもおごそかな気持ちにさせられます。
そんな神聖なドームの前に、わたしたち一家一同そろってやってまいりました。
大切な行事だから、とのことです。
「――こほん。娘たちよ、これより祝福を受けに行ってくるぞ」
公衆の面前だからかな、威厳たっぷりですね公爵閣下。
家族以外の前だったらきちんとしてる人なのか。
「演技だっさーい。くすくすっ」
嘲笑してるわね、シーリン嬢。
わたしだって噴き出しかけたわ。
「ペリトーチカ、ソルナペティ。ふたりは私たちについてきなさい。そろそろ結婚適齢期だ。祝福の様子を見ておくべきだろう」
「わかりましたわ、お父さま。このソルナペティお供いたします」
「ふわぁ、だっる……。眠いですわぁ……。夜に出来ませんことぉ?」
「ダメですよ、ペリィ」
「でもお母さま、わたくし夜行性ですの……。さっさと屋敷に帰って寝たい――」
「ペリィ……?」
「ひ……っ。ど、同行させていただきますわ……」
ペリトーチカお姉さま、笑顔でにじり寄るお母さまの迫力に撃沈。
ふたりで両親についていくこととなりました。
ドームの中では、貴族といえども特別扱いされないのが決まり。
予約が入っている順に、きっちり順番を待って祝福が行われます。
誕生する権利は誰にでも平等だから、という取り決めが、国をもこえて決まっているのよね。
しっかり並んで待たされて、いよいよお父さまたちの番。
ドームの最奥、バースの女神像の前に作られた祭壇に司祭さまが立ち、その前にお父さまとお母さまが並びます。
「天にまします我らが神よ、その御名において生まれくる命に祝福を――」
司祭さまの祝辞とともに、女神像が輝きを放ち、光の粒がふたりをつつみ込む。
とっても、とっても神秘的で神聖な光景に、感動すらしてるわたしがいます。
「ペリィお姉さま。すごいですわね……」
「……ふあぁぁ。ソルナ、なんか言いました?」
「聞いてねぇし見てねぇですわね」
大あくびで返されましたわ。
ちなみにだけどあの祝福、お腹のなかにいる『ただひとり』にしか授けられないのよ。
この世界、人間以外の動物は、複数の子どもがそっくりな姿で産まれてくることがある。
双子とか三つ子とか言うんだったっけ。
だけど人間だけはそれがない。
お腹のなかに命がふたつ芽生えていた場合、ぜったいにひとりしか生まれてこられないのよね。
以上、どうでもいい豆知識でした。
「――その未来に光が、祝福があらんことを」
あら、ペリィお姉さまにあきれたり、いろいろ考えているあいだに司祭さまのお言葉が終わっちゃった。
祝辞の終わりとともに、おふたりをつつんでいた光が女神像に吸い込まれていって、祝福完了。
これでミストゥルーデ家の7女ちゃん、無事に産まれてこられますね。
よかったよかった。
「これにて祝福は終わりです。お子様のすこやかな成長を願っておりますよ」
「感謝します、司祭どの」
深々と頭を下げる公爵閣下。
コレがまったく問題にならないのも、クレイドルの中ならではだわね。
「終わったのならとっとと帰りますわよ……。ふぁ……」
「思うところ、なんにもないんですのね」
「睡眠第一ですわ……」
とんでもねぇお姉さまです。
「あぁ、待たせたな。ソルナ、ペリィ」
「お疲れさまですわ、お父さま、お母さま。神聖な儀式を目に出来て、わたくし不覚にも感動いたしましたわっ」
「おっほぉ、ソルナちゃんが素直な笑顔を――っ、コホン。ソルナペティ、今後の勉強になったらば、連れてきた甲斐があるというものだ」
いま素が見えましたわね。
とっさにとりつくろいましたが。
……とりつくろえてたか?
「さて、外に家族も待たせている。帰って祝いの席をもうけるとしようか」
「えぇ……? わたくし寝ますわよ……?」
クソ眠たそうなペリィ嬢と、公爵閣下が連れ立って出口の方へ歩いていく。
わたしも帰って、爺やさんと少しでも家族について勉強しなきゃ――。
「ソルナペティ」
「……? いかがされました、お母さま」
なぜでしょう、呼び止められました。
なんか不作法なことでもしちゃったかしら。
「お父さまに、ずいぶんと優しく接しておられましたね。素直に言うことを聞いておりますし」
「えっ……? えぇ、まぁ」
「話しかけられても舌打ちせず、ゴミを見るような目もむけず」
「そ、そうですわね。ま、まぁ、わたくしも大人になったと申しますか……」
ソルナペティ、そんな対応してたんかい。
知っててもさすがにマネできませんて。
悪役令嬢からは脱却したいですし。
「本当にいい子になりましたわね。まるで人が変わったみたいに」
優しくほほえむ『お母さま』。
わたしの頭をなで、耳元にかかった髪をよけ、耳元に口を寄せて……。
「……ソルナペティを産んだのは、このわたくしです。ですからわたくしには『わかる』のですよ」
「――――ッ!!!」
全身の毛穴が逆立り、背筋を冷たいものが駆け抜けた。
まずい、まずいまずいまずい……!
バレてる、これっ、バレてる……ッ!
「ふふっ。これから仲良くしましょう。よろしくね、『ソルナペティ』」
ぽんっ、と軽く頭をなで、『お母さま』が出口へと歩いていく。
『わたくし』はその背中を小さく震えながら見送っていた。