23 とつぜんのご来訪ですわ!
その日、ミストゥルーデのお屋敷に大激震が走りました。
屋敷じゅうの使用人たちが朝から大慌てで邸内を駆けずり回ったり、御用商人たちが忙しそうに出たり入ったり。
「朝っぱらからやっかましいですわね。まるでハチの巣をつっついたかのよう。チヒロ、なにかご存じありませんこと?」
廊下のドタバタに顔をしかめつつ、朝食をいただきながら従者に問います。
「ミストゥルーデ公が王都にお越しなさるとのこと」
「ミストゥルーデ公……?」
ミストゥルーデ公、ということは、現ミストゥルーデ家当主の公爵さま?
つまり『わたくし』の……。
「お父さまがお越しなさる、と!?」
「お姉さま、今ごろお知りになられましたの~? おっそーいっ。くすくすっ」
シーリン嬢にあざ笑われました。
ホントなんでこの妹、いっつも朝食時にいるんだろう。
「うっさいですわね愚妹。ヒマを持て余してやがりますの?」
「やだー、こっわーい。お父さまに言いつけてしまおうかしら~」
あー腹立つぅ……。
このあいだ人望でわからせてやったばっかりなのに、もう生意気な口きいてるわこのガキ。
「チヒロ。お父さまは何用でこちらに? 貴族院の議会、まだではございませんこと?」
「申し訳ございません。そこまではさすがに」
用事がなんなのか、よくわからないのね。
来るって連絡も今朝、突然だったのでしょう。
こんなにバタバタしているわけですし。
「そんなことすらわからないだなんてっ。お姉さまってば脳みそスカスカなんですの~?」
「あらあらあらあら。これはおどろきですわっ。あなたのスカスカ脳みそなら、わかるとでもおっしゃるのかしらァ?」
「『シーリンに会うため』に決まってるじゃありませんの。こんな簡単な答えも導き出せませんのぉ? くすくすくすっ」
はい聞くだけムダでしたっと。
まっ、来てみればわかることですし?
問題は『お父さま』に、わたしがソルナペティじゃないと気づかれないか。
シーリンならこのとおりの『パー』ですし、正体ちっとも疑われておりませんが。
ほかの肉親と、あんまりガッツリ絡んだことないのよね。
万が一にも正体がバレて追い出されないために、お父さまについて、爺やさんにしっかり聞いて予習しておかないと。
「してチヒロ、お父さまはいつ頃ご着到なさるのかしら?」
「本日です」
「……はい?」
耳、おかしくなったかしら。
もう一度聞いてみるわね。
「いつ頃、ですの?」
「本日正午ごろ、王都に到着なさるとのこと」
「……連絡があったのは?」
「今朝です」
「ミストゥルーデ領からここまでは?」
「ご存じでしょうが、一週間ほどでございます」
「ですわよねぇ」
……事後連絡にもほどがあるでしょうッ!?
予習の時間、ほっとんどないじゃない!
頭を抱えつつ、屋敷のドタバタの真の理由を理解したわたしでした。
〇〇〇
お屋敷の玄関ホールに、使用人たち全員と屋敷に住んでる肉親全員がずらりと並ぶ。
その全員の視線が、レッドカーペットの伸びる入り口にそそがれていた。
「ふぁ……。まだ眠たいですわ……」
ウトウトしながらあくびをする、次女のペリトーチカお姉さま。
とっても夜型人間なため、ほとんど顔を合わせたことがありません。
「おとーさまっ! あうの、とってもたのしみですわっ!」
天使のような笑みを浮かべる五女のファイネリーテ嬢、御年5歳。
お屋敷の奥で過保護に育てられているため、ほとんど顔を合わせたことがありません。
「あぶっ、あぅっ、あきゃっ」
そしてメイドのひとりに抱かれた、六女のマルガレーテ嬢。
赤ちゃんなので乳母が面倒を見ていて、ほとんど顔を合わせたことがありません。
というかまだわたしを認識できません。
長女はとっくに嫁いでいて、奥方――『お母さま』と長男から三男は本領で暮らしてる。
で、三女の『わたくし』と四女のクッソ生意気なガキ。
これがミストゥルーデ公爵家です。
普段バラバラな肉親が、『お父さま』のお出迎えのために勢ぞろい。
なんだかわたし、緊張してまいりました。
「お姉さま、お顔引きつっていますわよぉ? なっさけなーい。くすくすっ」
「ひっさしぶりに会うんですもの……! 緊張したってよろしいでしょう……ッ!」
「わかりますけどねぇ~。お姉さま、昔から『アレ』をすっごく嫌がってましたものぉ」
はて、アレとは……。
ガキの発言に首をかしげたそのとき、外の方で馬車の車輪が止まる音が聞こえました。
とうとうご到着……!?
静まり返る玄関ホールに、トビラがギィィっ、と重たく開く音が響きます。
「ヨーシュナルヴ=フォン=ミストゥルーデ公爵閣下、ご到着!」
付き人の高らかな宣言とともに、レッドカーペットのド真ん中を通って、おひげの紳士が肩で風切りご登場。
少しだけ白がまじった黒髪に、赤いマントをさっそうとなびかせ、引き締まった表情でこちらに歩いてきます。
「――ふむ」
立ち止まり、わたしたち姉妹の顔を順番にながめ、静かにうなずく威厳たっぷりなそのご様子、さすが公爵閣下……!
(す……っごく緊張するぅ……っ!)
ニセモノだってバレないわよね、大丈夫だわよね……っ?
心臓ドキドキバックバク、冷や汗ダラダラなわたしと目が合った瞬間、『お父さま』の動きがピタリと止まった。
あ、あれぇ……?
まさか気づかれちゃいましたぁ……?
「……ソルナペティ。お前――」
ヤバい、ホントに終わったかも。
わたしの前までやってきて、ピタリと足を止めて……。
「お前……っ、ますますっ、ますますキレイになったなァァ――ッ!!」
「え゛」
「美しいっ、おぉ美しいッ! この世の誰より美しく育ってくれてありがとうッ! 森羅万象、万物に感謝……ッ」
泣いてますわね、このおっさん……じゃない公爵閣下。
なにごと?
なにが起きた?
「感謝のあまりパパ、ソルナペティに領地の3分の1を割譲したい気分ッ! 受け取ってくれるかなァ?」
「受け取れませんわよォッ! 領地大事にしてくださいまし――ッ!!」
「あぁっ、残念!」
シーリンの言っていた、アレとはなにか理解できたわ。
公爵閣下、とんでもない親バカなのね……。
「ではペリトーチカッ!」
「眠くてダルいですわ……。疲れますのでこっちこないでくださいまし……」
「つれないなァ! シーリアンヌ、パパをなぐさめておくれッ!」
「やっだー、近づかないでほしいですわぁ。ニオイがうつってしまいます~」
「ヒドイよぉ! なぁファイネリーテ! ファイネはパパに会えてうれしいよねぇ?」
「きゃー、おひげチクチクですわぁ」
みんなに避けられたあげく、幼女に頬ずりするおっさん。
風のウワサで聞いていた、厳格で威厳あふれるミストゥルーデ公爵閣下のイメージが音を立てて崩れていく……!
いい感じに緊張ほぐれましたけども。
「こ、こほん。お父さま、今回のご帰還、いささか唐突すぎでは? 事前に連絡いただければ、ちゃんとしたお迎えもできましたのに」
「いいだろう? サプライズさッ!」
「サプライズでしたか」
サプライズね、サプライズ。
もうどうでもよくなってまいりました。
「ねーおとーさまっ、今回はなんの用事でこっちに来られましたのぉ?」
「あぁシーリン。よくぞ聞いてくれたねぇ。じつはもうすぐシーリンたちに、妹がひとり増えるんだよぉ」
「まぁっ!」
「だからね。シーリンたちのお母さまも連れて、王都までやってきたんだ!」
……あぁ、なるほど。
だから王都まで来たのね。
ってか、『お母さま』までいっしょに来てるの!?
お父さまはこんなんだったけど、お母さまにも正体バレないわよね……?