22 知らない話を懐かしみますわ!
テューケットさんとクラナカールさんが話す、『わたくし』との出会いのお話。
『わたし』が聞いてるこの内容、ここからはわかりやすく物語的にまとめていこうと思います。
このふたりのフルネームは、テューケット=フォン=レスティと、クラナカール=フォン=ギーニィ。
お二人とも下級貴族である男爵家の出で、領地もほんの小さなもの。
そのかわり、武門の家としてそれなりに名は売れているそうです。
ミストゥルーデ家の領地であるミストゥルーデは王都から東、海辺にある大都市。
ここに親の付き添いで、お二人はやってきたそうな。
「我らが家はミストゥルーデ家の傘下。お前たちもミストゥルーデ家を主同然に思って敬うのだぞ」
親からそう聞かされて育ったものの、子どもにはピンときませんよね。
どうにも実感がわかないまま。
親がミストゥルーデ公爵に会っているあいだ、当時から友人だったふたりはふらりと、屋敷の裏手にある森のほうへ遊びに行きました。
そこで『わたくし』に出会ったのです。
森のなかに不似合いなティーテーブルに腰かけた、8歳のソルナペティ嬢に。
「……あなたたち、どちら様ですかしら? このわたくしのヒミツの隠れ家に土足で踏み入るだなんて、無礼ですことね!」
「わ、わたくしたち、これでも貴族の娘ですの!」
「無礼だなんてっ、あなたこそ無礼ですわぁっ!!」
「……貴族。貴族貴族貴族。あーくだらない。くだらないですこと」
「くだらなくなんてありませんのよ! 無礼です、謝りなさい!」
「いいですわ。あなた方が貴族を傘に着るのなら、わたくしも同じことをしてさしあげます。公爵家が三女、ソルナペティ=フォン=ミストゥルーデの御前ですわよッ! ひかえなさい、無礼者ッ!!」
「ミ、ミストゥルーデ家……っ」
「も、申しわけございませんの……ッ!」
親の言いつけが頭のなかを駆けめぐって、ふたりは恐怖と驚きのあまりその場に平伏してしまいます。
親に言いつけられて大問題になるか、それとも打ち首か。
最悪の想像に震えるふたりに、ソルナペティは「やれやれ」とため息をつきました。
「どうです? バカらしいでしょう? 貴族というだけでえらい。貴族のなかでもさらに序列の高いほうがえらい。バカバカしくてへそで紅茶が沸きますわ」
「え……っ?」
「頭を上げなさい、と言っていますの。ほら、こっちに来ていっしょに紅茶を飲みましょう」
自分や他人の地位を重視しない、というか軽視しまくってるソルナペティの態度が、ふたりにはとっても器の大きな人物に見えたらしい。
ふたりはソルナペティに心を許して、滞在中ずっといっしょに遊んだんだって。
仲良くなった、というよりはふたりが一方的になついたっぽいわね。
そんなある日、森のなかのティータイムを楽しんでいるとき。
一頭のおおきなオオカミが姿をあらわした。
子どもの記憶なので種類はハッキリしないけど、たぶん魔物。
「ひぃ……っ!」
「……あら。オオカミですこと」
「ソルナ様、逃げましょう! こ、殺されてしまいますわぁ!」
うろたえるふたりに比べ、ソルナペティの冷静なこと。
うなるオオカミにひるみもせず、獣が姿勢を低くして襲いかかったその瞬間。
ソルナペティはパチンと指を鳴らした。
「お呼びですか、お嬢さま」
「セバス。やりなさい」
いきなりあらわれた、やたらと強いお爺さん。
ものすごい蹴り(クラナカールさん談)であっという間にオオカミを森のかなたまで吹き飛ばした(テューケットさん談)。
っていうかそれ、初めて会ったときにいた、爺やさんにやたらとそっくりだったあの人かな……?
「ビ、ビックリしましたのぉ……」
「とってもお強い執事さんがいらっしゃるのですね」
「わたくし、優秀な人材を集めておりますの。いまのうちから。将来的にやりたいことがございますので」
「やりたいこと、ですの?」
「そう、やりたいことですわ」
やりたいことが具体的になんなのか、ソルナペティは話さない。
けれどふたりとも、その場でおなじことを思ったそうです。
「わたくしたちもっ!」
「手伝いたいですのっ!」
「あなたたちがぁ……? ハッ」
鼻で笑うあたり、性格の悪さがにじみ出てるわね。
「言ったはずですわよ。わたくしが集めているのは優秀な人材。あなたたち、なれますの?」
「なってみせますのっ! これでもわたくしたち、武門の家の生まれなのでっ!」
「あのくらいのオオカミ、カンタンに倒せるようになってみせますわぁっ! ソルナ様をお守りできるくらい、強くなってお守りしますっ!」
「あらあら。でしたら期待半分で待っててあげましょうかしら。これでもわたくし、気が長い方ですので。おーっほっほっほっほっ!」
〇〇〇
「……という約束。懐かしいですのっ」
「あれからわたくしたち、とことん腕を磨いてきたこと。ソルナ様もよーくご存じでいますでしょう?」
「――えぇ、もちろん存じておりますことよッ!!」
知らなかったなんて言えません。
なんでふたりのパーソナルデータに、取り巻きとしか書いてないんだソルナペティ!
お前ぜんぜん期待してないじゃないか!
「ですのでひそかに、ソルナ様の身に危険がおよぶときにはわたくしたちが、と思っていましたのですが……」
「その機会もなく事件解決して。もちろん喜ばしいことなのですが、自分たちがふがいないなと思う次第ですの……」
と、いうわけでしたか、お二人とも。
けどさすがに爺やさんやチヒロにかわって戦わせるわけにはいかないわよ?
「お二人とも、お気持ちだけ受け取っておきますわ。『そのとき』が来るまで、決意は胸に秘めていらして?」
「ソルナ様……っ」
「近ごろますます器が大きくいらっしゃいますのぉ……っ!」
このふたりに心酔されてる理由、こんなカンジだったのか。
もちろん、このあとにもいろんなことがあったのでしょうけれど。
……しかし、ソルナペティのやりたいこと、ね。
出会ったときにも言ってたわ。
どうしても成し遂げたいことがある、って。
なにがしたいのかな、あのお嬢さま。
そして今ごろ、どこでなにをしているんだろうか……。
〇〇〇
クレイド王国西部、マズール辺境伯領。
西の国境沿いを守護するマズール伯は、王国でも屈指の精鋭をひきいる武人。
国王からの信頼も厚く、貴族院には顔を出さないものの、その権威は御三家にも匹敵する。
そんな辺境の地にわたくし、『シャディア・スキニー』がやってきましたわよ。
優秀なお供たちを引き連れて、会いにきてあげました。
屋敷に通され、厳重な警備のなかでご対面ですわ。
「……ほう、来客と聞いて誰かと思えば。っはは、面白い!」
白髪交じりのふさふさおひげ、彫りの深い傷だらけの顔に、丸太のような太い腕のマズールさん。
『わたくし』の顔を目にしても、ちぃとも驚きやしませんわね。
それでこそ、ですわよ。
「ミストの小娘。この俺になんの用事だ?」
「おっと、わたしは『シャディア・スキニー』。小娘とやら、他人の空似です」
「……ハンっ、まあいい。用件を聞こうか」
「用件はただひとつ。この世の中、面白くしてさしあげたくございません?」




