21 妹をわからせてやりますわ!
朝のやわらかな日差しさしこむ自室にて、たしなむ紅茶の味と香り。
チヒロの作った極上の朝食に舌つづみを打つ、あぁなんて優雅な朝。
暗殺の危機が去ったことで、精神的にも余裕が出てきたこのわたし。
そろそろ『ソルナペティお嬢さま』も板についてきた頃合いではないかしら?
「……あら。このお魚、いつもと違いますことね」
「今朝ソーギス河で水揚げされたばかりの希少な高級魚、サクラソギスの香草包み焼きにございます。お口に合いましたでしょうか」
「極上ですわ。チヒロ、ご苦労。褒めてつかわします」
「お嬢さまのためとあらば」
白身のさっぱりした味に、香草の香りとレモンの酸味が合わさってさわやかな風が口のなかを吹き抜けるよう。
貴族じゃなけりゃ、ありつけませんわこんな朝食。
「ねぇシーリン、あなたもひとくち食べてみませんこと? とーってもおいしいですわよ」
「お姉さまの食べさしなんていりませんわっ」
妹君のシーリン嬢、物欲しそうな顔で見てたのでからかってあげました。
ところでこの子、なんで毎回朝食時にいるんでしょうね。
「とーこーろーでーっ。そろそろお姉さま、シーリンとの約束忘れておりませんことぉ?」
「約束? わたくしの人望を見せる、でしたっけ」
「あーら、忘れたフリをするんじゃないかと思っておりましたわぁ。ではお姉さまっ、そろそろスッカスカの人望、シーリンに見せてくださいませんことぉ? くすくすくすっ」
「……ふふっ、ふふふふふっ」
「なにを笑ってらっしゃいますのぉ? みじめで滑稽な自分を想像して、思わず吹き出してしまったのかしらぁ」
「えぇ、想像してしまいましたの。シーリン、あなたが吠え面をおかきあそばすサマを、ね……」
「な、なにをおっしゃっていますの……!」
どうせこのガキ、わたくしのことをバカにするつもり満々だったのでしょう。
『ざーこざーこっ、じんぼースカスカっ♪』なんて罵るつもりだったのでしょう。
「チヒロ。準備はととのっていますかしら?」
「万事抜かりなく」
「優秀な従者を持てて幸せですわ」
「身に余るお言葉」
「な、なに……? なんの話をしていらっしゃるの……?」
「おやおやおや? シーリンこそ忘れていらっしゃるのかしらぁ。わたくしと以前、どんなやり取りをしたのか……」
「ま、まさ……か……です、わよね……っ?」
不安げなその表情、最高だわよシーリン嬢ッ!
あー、なんかゾクゾク――じゃない、ワクワクしてきたわっ。
「約束通り見せてさしあげますわ、シーリン。このわたくしの『人望』をッ!!」
〇〇〇
お昼近くになって、ミストゥルーデ家の中庭には白いテーブルクロスのかかったテーブルがたくさん並んでいた。
テーブルの上には屋敷のコックやチヒロが腕をふるった料理と、ぶどうジュースのボトルにグラス。
そしてなにより、それらを楽しむ東組のクラスメイト、全員!
「さぁシーリン! その目ン玉ひん剥いてよぉぉくご覧あそばせっ! これがッ! わたくしのッ!! 『 人 望 』ですことよ――ッ!!!」
「ぐっ……ぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
あぁ、シーリンッ!!
いまのあなた、さいっこうにさいっこうな表情してますわよ!!
わたくしの気分もさいっこうにさいっこうですわ――ッ!!
……あぁ、いかんいかん。
心までソルナペティになるな。
「ふ、ふんっ、このくらいでいい気にならないことですわっ! シーリンなら、シーリンならっ、100人くらい連れてこられますもの――ッ!!」
吠え面かいて敗走するシーリンを、最高に気分よく見送ります。
ようやく理解らせてあげられたみたいですね、よかったよかった。
ちなみにこのパーティー、暗殺事件解決祝いに開催させていただきました。
まさか全員来てくれるなんて思わなかったわね。
感謝感謝。
「ソルナペティさん、お誘いいただき感謝しますわ」
「いえいえ。こちらこそ来ていただいて嬉しいですわ。楽しんでいってくださいまし」
クラスメイトに声をかけられ、手をふりかえしつつグラスを手に取る。
呼んだのはあくまで東組。
ちがうクラスのアイシャさんやクシュリナさんは来ていない。
よく見知った顔でいうなら、見当たる人はエイツさんと――。
「ソルナ様っ。事件解決おめでとうございますわぁ」
「万一のことがなくて、心底ホッとしておりますの」
この二人よね、やっぱり。
テューケットさんとクラナカールさん。
「お二人にもいろいろと、ご心配おかけしましたわね。犯人は無事見つかりましたから、もう安心ですわ」
「ソルナ様、わたくしたち残念でございますの……」
「あら、残念? なにがかしら」
「昔、ソルナ様とかわした約束を守れなかったことですわぁ」
「む……、昔……ッ」
まずい、やばい。
本物のソルナペティしか知らない情報が来ちゃった……!
以前、爺やにこのふたりについて聞いたときに知ったのよね。
ソルナペティ嬢とおふたりが幼なじみで、仲良くなったきっかけは爺やが仕える前のこと。
だからわたしも爺やだって、『わたくし』がお二方となにがあったかご存じない……!
「えー、と、昔……。いろいろありましたわよねっ」
「えぇ、いろいろですわぁ」
「で、具体的にどの約束のことですかしらっ?」
それとなく、不自然に思われないレベルで聞き出そう。
うん、それしかない!
「イヤですわぁ、ソルナ様。あの約束に決まっているじゃありませんこと」
「わたくしたちがソルナ様と行動をともにするようになった、あの日のことですの」
「あー、あの日。あの日ですわね。たしか10年前……?」
「惜しいですわぁ。8年前です」
「そうでしたわね、8年前。思い出してきましたわっ!」
あいまいにうなずきつつ、相づちを打っていく。
なるほど、『わたくし』たちは8年前に出会ったのね!
「ソルナ様らしいですわぁ。あなたにとってはそれほど大事な出来事じゃなかったかもですけれどぉ……」
「わたくしたちふたりにとっては、まさに人生を変える出来事でしたもの」
「あーら、そんなに印象深い出来事でしたっけ。……では、そのあたりの思い出話でもしていきませんこと?」
「えぇ、喜んで」
「あれはたしか、ミストゥルーデ領に出向いたときのことでしたわねぇ……」
よし、はじまった。
ここからはしばらく聞きに徹していこう。
思わぬ大ピンチ、だけど頑張れわたし!
なんとかすっとぼけつつ、正体がバレないように知らない思い出を引き出していけ!