20 お茶会にお呼ばれされましたわ!
青い空、そよぐ風、さえずる小鳥の声。
鼻をくすぐるかぐわしい紅茶の香り。
「……」
「…………」
そして無言でテーブルにつき、むかい合うわたしとアイシャさん。
なに、この気まずいお茶会。
エイワリーナのお屋敷に招かれて、裏庭に通されて、テーブルについてからずーっと無言。
これはまずい。
わたしから話さないと、このままずーっと無言で終わる……!
「え、えーと。アイシャさん? ほ、本日はお招きいただき感謝いたしますわっ」
「……どうも」
目をそらしてのつれないご返事っ!
嫌われてるわけでないことだけは、ほんのり赤く染まったほっぺでわかるのですが。
「あー……、わたくしいったい、どのようなご用事で呼ばれましたのかしら~」
「理由がなきゃ呼んじゃいけないの? その……、と、ともだち、って……」
「いえいえいえいえまったくもってそんなことはございませんわッ!」
「……そ。よかった」
ティーカップを両手で持って、口元を隠すアイシャさん。
正直とってもかわいいです。
「ふふ……っ」
……あれ?
アイシャさん楽しそうに笑ってる?
気まずいと思ってるの、もしかしてわたしだけ?
「えっと、そのー……そうですわっ。解決してよかったですわね、暗殺事件!」
「そう、ね。ようやく安心してアカデミーにかよえるわ」
わたしがソルナペティ嬢になってからというもの、ずっと頭を悩ませてきた暗殺事件がようやく片付いた。
真相こそ伏せられているものの、アカデミーから物々しい警備が消えて、アイシャさんの護衛も最小限の平常通りに。
アイシャさんも解放感で嬉しいでしょうが、わたし、きっともっと嬉しいです。
これで命の危機が消え去って、ソルナペティ嬢としての立場も安泰。
貴族として堂々と、なに不自由なく過ごしていけるんですものね!
ざまーみろソルナペティ!
今さら返してくれって言ってきても遅いんだから!
「ホント、どこに行っても騎士たちがゾロゾロついてきて、息が詰まりそうだったもの」
「クシュリナさんが黒幕を引っぱり出してくださったおかげですわね。感謝いたしませんと」
「クシュリナード……?」
ピシっ……!
あ、あらぁ……?
せっかくほぐれてきた空気が、凍り付く音がしませんでしたこと……?
「感謝、ね。アイツに感謝……。感謝のあまり婚約破棄を撤回、とか考えてないでしょうね……?」
「えー……、ど、どうなのでしょう~。見返りに、と求められたら、考えるくらいは――」
「は?」
「か、考えませんわ! そんなこと、これっぽっちも考えたりいたしませんわッ!!」
「……本当よね?」
「本当ですわッ! ありがとうと感謝して、誠意を気持ちではなく金額で出して、はいおしまい。ですことよ――ッ!」
「ならいいの」
あ、あせったぁ……。
アイシャさんの前でうかつにクシュリナさんの名前、出しちゃいけなかったみたい。
いまだにわたし、このご令嬢との距離感などを測りかねています。
「べつにね、誤解しないでほしいのだけれど、私もアイツにはきちんと感謝してるのよ。アイツに命を救われた。コレはまぎれもない事実だし? ただ、その――」
軽く目をそらしてからのもじもじ。
少しのあいだ言いよどんで、彼女はぽつりと口にした。
「アイツがアンタのこと、その……、愛してるだなんて言うから……」
あら?
もしかしてアイシャさんてば……。
「アイシャさん、まさかクシュリナさんのこと――」
「どうしてそうなるのよ、バカッ!!」
「ぶべ」
イスに置いてあったクッション、顔面に投げつけられました。
照れもなにもなく、ただただ怒りだけを感じる投てき。
どうやらぜんぜん違ったみたいです。
「はぁ……、まぁいいわ。アンタの婚約破棄撤回、断ったのは私だものね。断っちゃった以上、今さらか……」
「は、話がよく見えてきませんが。もし断ったことを後悔しているのならッ! いまわたくしがここでっ、もう一度っ、あなたに婚約を申し込みますわ――ッ!!」
ここでしっかり婚約破棄を解消しておけば、貴族としての今後の立場がますます安泰になりますし。
憎からず思ってくれていそうな今なら受けてくれるはず……!
「ムリよ」
「ムリですの――ッ!?」
ムリでした。
「ムリなの。その、た、たとえばよ? たとえばの話だけど、私がかまわないと言ったとする。だとしても、家があなたを許さない」
「おうち? エイワリーナの家ですの?」
「ダルガーネス=フォン=エイワリーナ公爵。私の父。貴族としての名誉、誇りをなによりも大事にする人」
エイワリーナ公爵家の当主、よね。
ここ数年間、領地に帰らず王都に住み続けてるって聞くわ。
「あなたの叩きつけた一方的な婚約破棄で、父は家名を傷つけられたと思ってる。それこそ私が最初に言ったように、家の名とともに公衆の面前で正式な謝罪でもしないかぎりは許してくれないでしょうね」
「うぐぅ……ッ。そりゃムリですわね、貴族として」
「そうよね。貴族だものね」
貴族にとって、それは本当に重い。
なにより誇りと面目を大事にしてる社会だもの。
今回の一件で、なおさら思い知った。
「第一、私だって『はいそうですか』と受けるわけにはいかないのよ。私も父と同じ。貴族としての面目をないがしろになんてできないの」
「……クリュッセードのように?」
コクリ、とアイシャさんはうなずいた。
「彼の気持ち、痛いほどわかるわ。わかるだけに考えさせられた。本当に大事にするべきものって何なんだろう、って。クシュリナードは兄を犠牲にしてまであなたを守る道をえらんだのよね。貴族失格すぎて、いっそうらやましいとすら思うわよ」
「……わたくし、クシュリナさんにそこまで好かれる覚えがないんですのよね。兄や家の名誉を犠牲にしてまで守ってもらえるほど、あの人となにかありましたっけ?」
「以前のあなたなら――」
「え……っ?」
「貴族社会なんてくだらないと、公言してはばからなかった前のあなたなら、もしかしたら……」
ま、前のわたしっ?
いま、本物のソルナペティの話してます?
「あなた、変わったわよね。まるで別人みたい」
「や、その……っ、わたくしもいろいろありましてっ、人生観が変わったと申しますか……っ」
やばいっ、やばいやばいやばい……っ。
いまわたしの背中、冷や汗ダラダラになっております……!
「え、えと、ま、前のカンジの方がよろしかったかしらッ!?」
「……いいえ。今のアンタ、キライじゃないわ」
ふわり、優しくほほえむアイシャさん。
とたんに焦りやら何やらがどこかに飛んでいって、代わりに。
ドキっ。
……と、胸が高鳴った。
(……ドキっ? なんのドキっ?)
よくわかりませんが、イヤなカンジじゃないのでヨシ!
正体をうたがわれてる雰囲気でもないのでヨシ!
「ほら。お茶うけのお菓子も食べなさい。このクッキー、王都一の職人から取り寄せたんだから」
「わたくしとのお茶会のためにわざわざ、ですの~?」
「ち、ちがうからっ! ほら、つべこべ言わずに食べてみなさい!」
「むぐっ! お、おいひいでふわぁ」
アイシャさん、照れながらわたしのお口にお菓子を突っ込みなさった。
口の中の水分がぜんぶ持っていかれる。
けれどとってもおいしゅうございます。
最初の気まずさはどこへやら、すっかりリラックスできてるわたしがここにいた。