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02 影武者生活、スタートですわ!




「これからあなたには、爺やをお付けいたしますわ。わたくしになりきるために必要な事柄は彼から聞くように」


 パチンッ、とソルナペティ嬢が指を鳴らす。

 直後、とつぜん彼女の背後に現れる先ほどの老紳士。

 いい加減驚かなくなってきたわ。


「じいや、これよりこのわたくしのため、彼女に尽くしなさい。わかりましたわね?」


「お嬢様のお心のままに」


 老紳士――爺やさんって呼べばいいのかな。

 どうやらわたしのそばに付いてくれるみたい。

 明らかにただ者じゃないし、頼もしいことこの上ないけれど、少し意外だった。


「いいのですか? この方、とびきり優秀な側近だったりするのでは……」


「あら、爺やの代わりならいますのよ?」


 今度はパチン、パチンと二度指を鳴らすソルナ嬢。

 するとなんと、爺やさんとまったく同じ顔をした老紳士がふたり、ご令嬢の背後に現れた。


「これこの通り。二人とも爺やに負けず劣らずのやり手ですのよ」


「……意外といるものなのですね。そっくりな顔の人って」


「いるものなのですわ。では、わたくしは身を隠します。行くアテならばありますのでご心配なく」


 べつに心配なんてしていないのだけれど、余計なことは胸に秘めておこうね。


「さぁ、行きますわよセバスたちっ! これは逃走ではなく、未来のための前進ですわっ!! おーっほっほっほっほ!!!」


 颯爽と立ち上がったお嬢様。

 ふたりの爺やさんのそっくりさんを引き連れて肩で風切り去っていく。

 そしてボロ屋にわたしと爺やさん、ふたりがポツンと残された。


「……あ、あの、これからよろしくお願いします」


「宜しくお願い致します。さて、これよりあなた様は我があるじ。主がそのようなみすぼらしい格好をしていてはなりませぬ。こちらのお嬢様の衣服に着替えていただいて、人目につかぬようお屋敷までお送りいたします」


「あ、ありがとうございます」


「それと、もうひとつ」


「はい?」


「あなた様は今、このときからソルナお嬢様その人なのです。言動、行動、態度。ゆめゆめお気をつけなさいますよう」


 たしかに、わたしが影武者だとバレたが最後。

 どっかに身を隠しちゃったお嬢様はともかく、わたしがただじゃすまないわよね。

 身も心もお嬢様になりきらなくちゃ。


「わかりまし――こほんっ」


 アレの完全コピーをするの、なかなか勇気がいるけれど。


「承知しましたわっ! おーっほっほっほっほ」


 咳払いのあと、勇気を出して、生まれてはじめての高笑いをしてみたのだった。



 〇〇〇



 王立ルクイエ貴族学校――通称アカデミー。

 王都の貴族街ド真ん中にある、この国で唯一ここだけの『学校』という施設だ。


 貴族の子息、ご息女たちが通う学校で、金さえ出せば一般人でも入学できる。

 もっとも、わたしたち庶民が一生かけても稼げないほどの大金を出せば、の話だけれど。


(てか、なにこれ。お城じゃないの……?)


 まるでお城みたいな建物が、三角の屋根に旗をなびかせて目の前にそびえたつ。

 圧倒されるわよ、庶民だもの。


 口をあんぐり開けて見上げながら、脳裏に昨日のことが巡り来る。

 あんな依頼があったあと、わたしは爺やさんに連れられてミストゥルーデ家のお屋敷に連れていかれた。


 家族は不在だったのか、家が広すぎたのか、使用人以外とは会わずに私室へ連れていかれて、お嬢様の人間関係その他もろもろを爺やさんに叩きこまれたっけ。

 命がかかっているわけで、それは必死に覚えたわ。

 覚えたけれど、衝撃でいろいろ抜け出しそう……。


「ソルナ様、ごきげんよう」


「今朝もお美しいですわね、ソルナ様」


 はっ、いけないいけない。

 誰かに声をかけられて、すぐさま現実に舞い戻る。

 えっと、お嬢様らしく優雅にふり返って……。


「あ~らごきげんよう。テューケットさん、クラナカールさん」


 顔を確認し、頭のなかの情報と照らし合わせる。

 右にいる短めの黒髪の子がテューケットさんで、左にいる黄色い髪を後ろ頭にお団子状に巻いているのがクラナカールさん。

 どちらもソルナ嬢と仲のいい、というか取り巻きみたいな下級貴族のお嬢さん。


「お空を見上げていかがしましたの?」


 テューケットさん、ちょっと困惑気味。

 そうよね、ぽーっとお空を見てたら「コイツどうした」ってなるわよね。


「……ちぃとばかし、この国の行く末に思いを馳せていたのですわぁ!」


「まぁ、さすがは御三家の一角、そのご令嬢! 志が高くあらせられますわぁ」


 クラナカールさんが両手を合わせてうっとり。

 うまくごまかせた、のかなぁ。


「では本日も優雅に参りましょう! 華々しい未来への前進をっ!!」


「えぇっ」


「どこまでもお供いたしますわぁ」


 よし、うまくごまかせた。

 役に入り込んで高笑いしつつ、肩で風を切って颯爽と。

 ふたりの取り巻きを引き連れて、ニセお嬢様の初登校です。



 さて、入り口から校内に入ったわけだけど。

 やっぱり内装もお城みたい。


 エントランスはダンスホールみたいに広々としてて、赤いじゅうたんの敷かれた階段が真ん中から左右に分かれてる。


 白地に赤のラインが入ったこの学校の制服を着た、貴族やド金持ちのご子息、ご息女がたっくさん行き交ってるし。

 取り巻きふたりがいなかったら、また口をあんぐりさせるとこだったわ。


 ……そしてわたくし、なんだか皆さま方から注目されていますことよ?


「うふふ、行き交う皆さま方がソルナ様のご威光に目を奪われておられますわ」


「当然でしょう。ソルナ様の家格、美貌、いずれも凡百の者どもとは格が違いますもの。おほほ」


 んー、残念ながらそんなカンジではなさそう。

 どちらかというと興味津々と言いますか、渦中の人物にむける好奇の目、って具合。

 あと性格は褒められないのね。


 と、皆さまの視線の一部が階段の上に。

 こちらもつられて視線をむければ、昨日バッチリ予習した顔が降りてきた。


「やぁ、ソルナ嬢。どうもおたがい注目を集めてしまうね」


 さわやかな笑みを浮かべてこっちにやってくる、青髪の青年。

 御三家の一角『マシュート家』の四男、クシュリナード=フォン=マシュート。

 ソルナペティ嬢が婚約破棄したふたりのうちの一人、だね。


 さてさて、どう接したものか。

 とりあえず無難なカンジでいこう。


「致し方ありませんわ。あなたもわたくしも御三家の子。人の上に立つ者として、注目を浴びることなど慣れっこですし?」


「まぁね。キミは特に普段から注目を集めているが、今回はそういうわけでもないようだよ?」


「あら、なんだとおっしゃるのかしら」


「『婚約破棄』だよ。学園中のウワサになってる」


 そういうわけか。

 御三家同士の婚約がご破算になったわけだからね。


「ま、僕はもう気にしていないよ。もう半年も前の話だし、ウワサのメインも僕じゃないさ。――あぁ、撤回してくれる、というなら喜んでお受けするけどね」


 クシュリナード――クシュリナさんは冗談交じりにウインクすると、一階廊下の奥に目をやった。


「問題は、あっちの方かな。つい一週間前にキミが振ってしまった、もうひとりの御三家……」


 視線の先、廊下の人だかりが割れる。

 まるで海が割れた伝説のように。


 そして姿をあらわした、青みがかった白髪の少女。

 わたしを見つけるや否や、ギロリとにらんでツカツカと近寄ってきた。


「ソルナペティ=フォン=ミストゥルーデ……ッ」


 長い髪をなびかせてズンズン、ズンズン進んできて、わたしの前でキっ、とにらみつける。

 この顔も、しっかり予習してきた。

 御三家の最後のひとつ『エイワリーナ家』の五女。


「あらあら、アイシャさん。ごきげんよう」


 アイシャベーテ=フォン=エイワリーナさん。

 なんか、すっごい恨まれてるみたいです。


「ご機嫌? よろしいわけないでしょう」


 ですよね、顔に書いてあります。


「あなたのせいでね、私のプライドはズタズタよ。あなた個人に好意なんて、これっぽっちも抱いてない。けれど一方的に婚約破棄を叩きつけて、こうして好奇の目をむけられて! 絶対に許さないわ……」


「ゆ、許さなかったらどうしますの……?」


「今すぐ謝罪して。わたくしが悪ぅございましたと全校生徒の前で地に頭をこすりつけて、二度と私の前に姿をあらわさないで。でないと私――」


 アイシャさんがわたしの耳元に口を寄せる。

 そしてまわりに聞こえないよう、小さく小さくつぶやいた。


「あなたのこと、殺してやるわ」




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