18 絶対的に絶体絶命ですわ!
クシュリナさんの部下の騎士たちに取りかこまれたこの状況。
くわえて彼の態度と口ぶり。
それらがいったい何を意味しているのか。
理解したくはないけれど、理解せざるを得ないわね……!
「な、なに……っ? クシュリナード、悪い冗談ならやめなさい……!」
状況にまだ頭が追いついていないアイシャさんの肩を抱いて、わたしのそばに引き寄せる。
「アイシャ嬢、これが冗談に見えるかい? ソルナ嬢を見習うといい。どうするべきか、もうわかってる」
じりじりと間合いをつめてくる騎士たち。
なぜか爺やがどこかに行ってしまって絶体絶命の危機的状況、でもまだそばにはチヒロがいる……!
「チヒロ。武装した騎士十人……やれますわね?」
「お嬢さまの命とあらば」
「そう。では――やりなさい」
「御意」
チヒロの姿がぶれ、次の瞬間正面にいた騎士の一人が蹴り倒される。
両手両足に風をまとったチヒロの大立ち回りがはじまった。
「ソルナ……っ。まさか、クシュリナードが……!」
「えぇ。わたくしたちを暗殺しようとした犯人、ということでしょうね」
「……ッ!」
恐怖からか、怒りからか、それとも悲しみからなのか。
カタカタと小さく震えるアイシャさんの身体を、わたしは強く抱き寄せた。
「アイシャさん、わたくしがそばにおりますわ……!」
「……っ! う、うん……!」
わたしの服のすそをアイシャさんがキュッとにぎり、身を寄せる。
そんなわたしたちの周囲を、チヒロはまるで舞うように、守りながら戦っていた。
「ぐあっ!」
「この……っ」
「がぁ……ッ!!」
風のように素早く、竜巻のように強烈な攻撃の前に、つぎつぎと打ち倒されていく騎士たち。
とうとう最後のひとりが兜を蹴り割られ、あおむけに倒れた。
「片付きました、お嬢さま」
「よくやりましたわ、チヒロ。……クシュリナさん、わたくしの従者を少々甘く見過ぎましたわね。あと20人は足りなかったのではなくて?」
「いいや。じゅうぶんさ。じゅうぶん油断を誘ってくれた」
クシュリナさんがさわやかな笑みを浮かべる。
直後、木々の合間から目に見えないほどの速度でなにかが飛んできて、猛スピードでチヒロの腹に激突した。
「あ゛うッ……!」
「チヒロッ!?」
本当に驚いたときって、口から勝手に悲鳴みたいな声が飛び出すのね。
なんてのんきなこと考えてる場合じゃない。
チヒロに当たって地面にゴロリと転がったのは『岩』だ。
人の頭ほどの大きさの、魔力で作られた岩。
よろめくチヒロに対し、続けざまにちいさな石つぶてが次々と飛んできた。
ズドドドドドドッ!!
「ぐっ、うああぁぁぁぁっ!!」
次々と小石が命中し、彼女の身体を打ちすえる。
最後にこぶし大の石が二つ、頭に命中し、チヒロは意識を失ってその場に倒れた。
倒れて、しまった。
「あ、あぁ……っ」
「そんな……、チヒロ……っ」
いままで生きてきた中で一番の絶望感。
腕のなかでカタカタと震えるアイシャさんを抱きながら、必死に考える。
なにか、なにかないの……?
ほかになにか出来ることは……っ。
「さすがの威力だね、クリス兄。もう出てきていいよ」
「……あぁ。ご苦労だった、クシュリナ。やはり最後の決着は、自分自身でつけるに限る」
茂みの奥から、クシュリナさんによく似た青髪の青年が姿を見せた。
その顔を見た瞬間、アイシャさんが驚きに目を見開く。
「マシュート家三男、クリュッセード=フォン=マシュート……! ま、まさか、あなたが……っ!」
「ごきげんよう、アイシャベーテ嬢。ならびにソルナペティ嬢。お察しのとおり、私が今回の暗殺事件の実行犯、および首謀者だ」
黒幕ご登場、ってわけね……!
余裕の笑みを浮かべながら、クリュッセードは手のひらの上に魔力でこぶし大の石を作った。
「鉱物。素晴らしいと思わないかい?」
「……?」
「永遠に輝き続ける黄金。人を惹きつけてやまないダイヤモンド。悠久の時を朽ちることなく存在し続ける宝石の数々」
な、なに……?
なんの話をしているの、コイツ。
「私はね。マシュート公爵家の威光、栄光を黄金の輝きのように未来永劫残し続けたい。永遠に色あせることなく、燦然と輝き続けてほしいんだ。だから……ッ!」
グシャッ!
クリュッセードの手の中で、石が粉々に握りつぶされる。
「だから、許せないんだよ。マシュート家の威厳に少しでも傷をつけ、泥をぬる輩の存在がね。キミたちのことだよ、ソルナペティ嬢、アイシャベーテ嬢」
「なんのことを、言っていますの……?」
「わからないとは言わせないよ。私のかわいい弟――クシュリナードとの婚約破棄さ」
「そ、そのことでしたらっ、クシュリナさんはすでに納得されていたはずですわ! それに、アイシャさんにはなんの関係も――」
「あるさ」
するどい目でアイシャさんをにらみつけるクリュッセード。
腕のなかで彼女の身体がビクッ、と震えた。
「クシュリナードの婚約が解消されるや否や、ミストゥルーデ家との婚姻を取りつけに行く浅ましさ。たとえのちに破約になったとしてもだ、マシュート家に恥を上塗りしたことには変わりまい」
「う……っ」
「それに、だ。近ごろのキミたち、今もそうだが――妙に仲睦まじいじゃあないか。ウワサになっているよ、そのうち婚約解消を撤回するんじゃないか、とね」
「だ、だからアイシャさんまで狙った、と」
「許せるはずないだろう? マシュート家に、クシュリナードに対する侮辱以外の何物でもない。だからこうして見せしめるのさ。マシュート家の威光に泥を塗る者は、こうなるのだと暗に、ね」
「家の、威光……。名誉……」
アイシャさんが震えながら、ちいさくつぶやく。
「おなじ……。おなじだ、私と……。私の、家と……」
「アイシャさん……?」
「さーぁて、お話はここまでとしようか。クシュリナ、仕上げといこう」
「そうだねクリス兄」
クシュリナさんが右手をスッ、と上げた。
するとあたりの木陰や茂みの中から、武装した騎士がざっと20人、姿をあらわす。
「伏兵……っ!? ま、まだこんなにいましたの……っ!?」
「あらかじめ仕込んでおいたのさ。この場所で、すべてを終わらせるためにね」
「……っ、じ、爺やっ! 爺や、おりませんのっ!? 爺やッ!!」
……ダメだ、呼んでも出て来てくれない。
チヒロも倒れたまま起き上がらない……。
「もうわたくし、ここまでなの……?」
「あぁここまでだ。ご令嬢方」
勝利を確信した笑みを、クリュッセードは浮かべた。
騎士たちのうち数人が、鎖付き分銅を取り出して振り回している。
逃げようにもまわりを完全に囲まれていて、逃げ場がない。
もうダメだ、本当に、もう手がない……!
クシュリナさんが右手を降ろし、攻撃開始の合図を出す。
次の瞬間、みっつの鎖分銅が放たれ――。
ジャラジャラジャラッ!!
「――っ、な……っ!!?」
クリュッセードの胴体に、腕ごと絡みついた。
「ここまでなのは、あなたの方だよ。クリス兄」
クシュリナさんがふところから、半円状の金属製の輪っかのようなものを取り出し、クリュッセードの首にはめる。
輪っかが展開して、ガシャン、というカギがかかったような音と共に、完全に首まわりに取りついた。
「こ、これは……ッ!」
「脳から体への魔力の伝達を阻害する首輪さ。これであなたはもう魔法を使えない」
「う、裏切ったのか、クシュリナード……ッ!!」
「すまない、クリス兄。あなたのことは心から尊敬してる。でも僕はそれ以上に、愛してしまったんだ」
「なん、だと……っ!」
「……ソルナ嬢のことを、愛してしまったんだよッ」
……はい?
いま、なんと……?