17 重き荷を負うて行きますわ!
行軍訓練では、森のなかのチェックポイントを三つ通る必要がある。
各ポイントにいる先生にチェックをもらって、スタート地点の野営地まで戻れば合格。
訓練だけあって重たい荷物を背負わされるわけなのだけど、急坂とかがあるわけでもなし。
森林浴が気持ちいい、ちょっぴりハードなピクニックといったカンジね。
「はぁっ、はぁっ!」
「……あの、アイシャさん? 平気でして?」
「このっ、くらいっ、へっ、ちゃら、よっ! はぁ、はぁっ!」
半ギレ状態で、一歩一歩踏みしめながら進むアイシャさん。
まさかここまで体力がなかったとは。
よく決闘なんて挑もうと思ったわね……。
「アイシャ嬢は昔からなんでもそつなくこなしたものだけど、体力だけはないからねぇ」
「そうなんですのね。かなり意外な事実ですわ」
「うっ、さいっ! だまっ、てっ、ある、けっ!」
「あ、あまりおしゃべりにならない方が……」
「あぁほら、見えた。最初のチェックポイントだ。よかったね、休めるよ」
クシュリナさんが指をさした先、大きな木の根元にマントをつけた先生が立っている。
かたわらには記帳用のデスクとかもあるわね。
あそこなら確かに木陰で休めそう。
「やす、めるっ! あと、ちょっとっ……!」
「そうですわ、あとちょっとですのよ! 負けないで、もうすこしですわ! 最後まで歩き続けますのよ――ッ!!」
……というやり取りがありまして、無事にチェックポイントに到着。
アイシャさんは荷物をおろして木の根元で呼吸をととのえています。
「第一チェックポイント通過。うむ、順調そうだな」
スタート地点でもらった羊皮紙に、しかめっ面の先生が羽ペンでサインを入れる。
この人はサイノフ先生。
貴族の出身で、本職は王宮魔術師だそう。
「しかし驚いた。まさか御三家のご子息ご息女が、三人そろって登場とはな」
「なにかと物騒でしょう? みんなで固まった方がいいんじゃないか、と相談しまして」
「暗殺未遂、か。なるほど、かなり厳重な警備をしいているな」
サイノフ先生が見回す先には、鎧兜をぬいで水分補給する騎士さん15名の姿。
爺やさんとチヒロは……休憩する必要ないくらいピンピンしてるね。
「この人数がそろっていれば、襲ってくる可能性は低いだろうが、しかし油断するな。この世に『絶対』はないからな」
「わかっておりますわっ! しかし、ことわたくしの従者たち。特に爺やには『絶対』があるのですッ!!」
「優秀な部下を従えることも、貴族のステータスとして大事な一要素。ソルナペティ、その点では大したものだ」
「でしょう? もーっと褒めてもよろしくてよ!」
会話を続けるわたしの後ろで、クシュリナさんがポンと手を叩く。
「あぁそうだ、爺やさん。改めてお礼を伝えておかないとね。二度もキミたちを救ってくれてありがとう、と」
そして爺やさんのところにスーッと歩いていったわね。
律儀な人だわ。
他人の一従者にお礼をしたい、だなんて貴族、珍しいんじゃないかしら。
「では不肖、このサイノフ。キミたちの安全をねがって一曲歌わせていただくとしよう」
「なぜここで唄ッ!」
「重き荷を負うて~っ、行く道のけわしさよ~っ」
「いい声ですわッ!!」
クシュリナさんはというと、爺やさんにフレンドリーに話しかけているわね。
引き抜きするつもりなら勘弁してほしい。
「長きこの道~っ、人生がごとしぃぃ~っ」
そしてふところから、小さなメモを取り出して爺やさんに見せた?
それを見た瞬間、爺やさんの顔色が変わって……。
い、いったいなにが書いてあったの?
本当に引き抜きだったら勘弁してほしい。
「されど~っ、この世をぉぉっ、穢れたこの世をぉぉぉっ」
「……ふぅっ、やっと息ととのった。ソルナ、そろそろ行きましょう」
「えぇ、そうしましょうか。アイシャさん、また辛そうになりましたら、わたくしが手伝ってさしあげますわよ?」
「い、いらないわよ! 変なやさしさ見せないで!」
「楽土とすべくぅぅっ、我が君のぉぉっ」
まだまだ歌い続けてるサイノフ先生の美声をバックに、荷物を背負っていざ出発。
騎士さんたちもじゅうぶん休めたみたいだし、次のチェックポイントまで順調に行けそうだわね。
こうしてしばらく歩いていったとき。
爺やさんが音もなくわたしのとなりにやってきて、耳打ちをした。
「お嬢さま。訳あってわたくし、別行動をとらせていただきます」
「……えっ!?」
どういうこととか、どういうつもりとか、理由を聞くヒマもなく、
「では」
シュバッ!
爺やさんは消えたみたいにその場から立ち去ってしまった。
ど、どうしよう……。
あの人がいないだけで不安感がさっきまでとくらべものにならないくらいに……!
「ソルナ。爺やさんの姿が見えないわ」
「えぇ。消えましたわ」
「消えた!? なんで!」
「わかりませんわ……っ! 爺やはとびっきり、そりゃもうとびっきり優秀で腕が立ち、かつ頭も切れる爺やなのでして、わたくしたちを危険にさらすようなマネをするはずがありませんのに……!」
こんなこと、絶対に普通じゃありえない。
ただごとじゃない何かが起きたんじゃ……。
い、いや、うろたえない!
まだチヒロがいるし、いつものように姿が見えないだけでどこかから見守ってるかもしれないし!
――ドカァァァァァァッ!!!
「っ!?」
「な、なにっ!?」
森のなかから爆発音!?
鳥が木々からバサバサと飛び立って、騎士さんたちがいっせいに臨戦態勢をとった。
「襲撃か!」
「わ、わかりません! ――うぉっ!?」
ズドドドッ!
木々の合間から、小石の弾丸が飛んできた。
さいわいにして誰にも当たらなかったけれど、襲撃者がいるのは間違いない……!
「曲者だッ! マシュート騎士団、僕らの周囲を固めてくれ!」
「で、ではアイシャベーテ様! 我らが曲者を追います!」
「えぇ、そうしてちょうだい」
「チヒロは……、そうね、わたくしたちといっしょにいて!」
「了解しました、お嬢さま。私が護衛につきます」
アイシャさんの部下たちが、剣を抜いて森のなかへと入っていく。
(それにしても、さっきの爆発音はいったい……)
こちらを攻撃する前に、まるで襲撃の予告みたいに鳴り響いた音。
戦闘音……?
だとしたら、もしかして爺やさんが戦ってる音なんじゃ……!
「ソルナ嬢、なにをぼんやりしてるんだ! 僕の手の者たちが護衛する! この場を急いで離れよう!」
「あ、そ、そうですわね……!」
腑に落ちないことが続くけれど、今は逃げることが大事。
クシュリナさんの騎士さんたちに囲まれながら、走ってその場から退避する。
「アイシャさん、走れます!?」
「まだ平気! 背負ってるヤツ捨てたから!」
「捨てたんですの!?」
「緊急時だし!」
ホントだ、いつの間にか背負ってない。
事情が事情だし、わたしも捨てちゃおうかしら。
「……ふぅ。ここまで離れればいいかな」
「だ、だいぶ走りましたわね……!」
「はぁ、はぁっ、ウチの騎士たち、無事かしら……」
「無事だと思うよ。あっち担当の魔術師には、深追いせずに逃げるよう言っておいたから」
「……えっ?」
クシュリナさん、今なんて?
意味がよくわからないわよ?
「ここまで計画通り。あとは仕上げをするだけだ」
クシュリナさんが片手を上げると、まわりをかこむ騎士さんたちが一斉に剣を抜く。
わたしたち二人とチヒロを取り囲んで。
「どういう、こと……、ですの……? クシュリナさん……!」
「どうもこうも。見てのとおりさ」