16 ちょっぴり物騒なピクニックですわ!
本日、我らが第二学年の通常の授業はお休み。
かわりに野外実習がある、というのは昨日エイツさんに教えてもらったとおり。
そんなわけで城壁にかこまれた王都を出て、北に流れる大河・ソーギス河を船で渡り、森林地帯までやってきた。
目的は森林地帯における行軍の訓練、および机の上での部隊指揮のシミュレート。
いざとなれば将として部隊を率いることにもなりうる、貴族ならではの授業だわね。
本来なら引率の先生と生徒たちだけでおこなう、演習というべきかもわからない文字通りの実習……らしいのだけれど。
「南側、魔力探知異常ありません!」
「西側、不審者の姿なし!」
「北側からの偵察はまだ戻らんか」
「はっ、ただいま連絡を!」
暗殺さわぎのおかげで、護衛についた騎士やら兵士がたっくさん。
陣地をつくって、あっちこっちに偵察を出して、草の根分けて不審人物がいないかチェックするその姿、どこからどうみても本当の軍事演習にしか見えません。
「ものものしい感じですの……」
「なんだか不安になっちゃいますわぁ」
テューケットさんとクラナカールさん、なんだか不安そう。
ほかのクラスメイトたちも、本職の雰囲気に圧倒されちゃってるなぁ。
ま、これだけ警備が厳重なら、暗殺者も仕掛けてこられまいて。
それに頼れる従者たちも、今日はずーっとそばにいてくれることになってるし。
「爺や、チヒロ。今日も頼りにしてますことよ」
「お任せくださいませ、お嬢さま」
「命に代えてもお護りいたしますわ」
このふたりがそばにいれば、どんな曲者が襲ってきても安心なはず。
「アイシャさんも、どうぞご自分の従者のように遠慮なく扱ってくださってかまいませんことよ――ッ!!」
「心強いわね。あと声デカい」
昨日の約束どおり、アイシャさんもわたしのそばにいてくれている。
彼女の方を襲おうにも、これじゃあどうにもできないでしょう。
まさに準備万端。
こんな状況で襲ってくるバカなんて、この世のどこにもいるわけない。
アイシャさんとさらに仲良くなるためのピクニックになる予感しかいたしませんわ――ッ!!
「じゃあさっさと課題、終わらせましょ。さっさと。一秒でも早く」
「あ、あら? のんびりいきませんこと? せっかくこのわたくしといっしょにいられるわけなのですし」
「それがイヤ」
「つれない態度、なにゆえにッ! 仲良くしてくださるのではなくって!?」
「昨日の自分の行動、思い返して見なさいよ。おかげで昨日からずっと好奇の目をむけられっぱなし。今もほら、あなたといっしょにいるってだけで……」
言われてまわりを見てみれば、わたしたち二人に熱い視線があちこちから送られていた。
あぁなるほど、貴族にとっては政略結婚こそが『普通』。
色恋沙汰、ましてやドラマチックな恋愛劇へのあこがれは相当なものがある。
わたしとアイシャさんの関係、そういうふうに思われちゃってもしかたないわね。
「ご安心なさい、アイシャさん。そのような勘違い、すぐに解けますわっ!!」
「……勘違い?」
「そうですともッ! 根も葉もない他人のウワサなど、49日もあれば消え去りましてよ!」
「根も葉もない……」
「75日だったかしら……。ともかくアイシャさんッ! なんの憂いもなく、このわたくしと友誼を深めていたっ、いたたっ、いたいいたいいたい!!」
み、耳を思いっきりひっぱられましたわっ!!
なんで!?
アイシャさん、とっても怒っていらっしゃる!?
「いかがいたしたのッ!? いたいっ、お放しになってくださいまし――ッ!!」
「最初の課題、森の決められたルートを通ってここまで戻ってくるんだったわよね。ほら、さっさと行くわよ」
「わかっ、わかりましたから、お放しにぃっ! 爺や、チヒロっ、主の耳の危機ですわぁぁっ!! どうして見てるだけですのぉぉっ!!?」
〇〇〇
森のなかの行軍訓練、本来ならばふたり、もしくは三人一組で挑むのが普通らしい。
ペアを作れなかった子がいた場合、どうするんだろうね。
……うん、やめようかこの話。
今回は緊急時ということもあって、家の従者といっしょの挑戦が許されている。
参加生徒のほとんどが部下といっしょみたいだわね。
アイシャさんも例外じゃなく、自前の騎士たちを五人、警備に連れてきてる。
爺やさんとチヒロも入れれば七人、わたしたちの守りについてくれているわけね。
と、そんなことを考えながらスタート地点にむかっていたら、さっそく騎士たちの一団を発見。
十人くらい連れてるのかな、かなりの大所帯だ。
「誰かしら、あんなにゾロゾロ連れちゃって。狙われてるわけでもないくせに、臆病なヤツもいたものね」
「慎重、と言ってほしいかな」
アイシャさんのつぶやきに、団体さんの中心から返答がかえってきた。
騎士をかきわけ、現れたのはよく知った顔。
「いちおう、キミたちと同じ御三家の子息なわけだし。僕だけターゲットでない、とも言いきれないだろう」
「あら、クシュリナさん。あなたでしたの」
「ごきげんよう、ソルナ嬢にアイシャ嬢」
相変わらずのさわやかスマイル。
お顔の周囲がキラキラ輝いて見えます。
「かといって、十人は多すぎやしないかしら」
「念には念を、さ。ソルナ嬢の従者さんのように、規格外の強さでも持っていれば別だけどね」
規格外、たしかに爺やは規格外。
チヒロも鎧をつければそこに並べるけれど、残念ながら今日は生身。
改良中だから仕方ない。
「あぁ、爺やさん。二度もソルナ嬢たちの命を救ってくれたんだったね。僕からも礼を言わせてくれないか?」
「従者として当然のことをしたまで。もったいなきお言葉にございます」
「謙虚な姿勢も素晴らしい。僕に仕えてほしいくらいだよ」
「ちょ、ちょっと! 爺やは渡しませんことよ!」
「あはは、冗談冗談。――あぁ、でもそうだ。念には念を。どうだい、僕も君たちご一行に加えてくれないかな」
突然の申し出に、アイシャさんと顔を合わせる。
クシュリナさんもわたしたちと、いっしょに行きたいってことよね。
「……なにアンタ。私たちで両手に華と洒落こもうっての?」
「いやさ、とんでもない。キミたちの熱愛が話題になっている今、その間に入ろうだなんてとてもとても」
「ちょ……! アンタまでそんな……っ」
アイシャさん、わかりやすく顔真っ赤。
ここまで照れられると、わたしまで恥ずかしくなってくるじゃんよ。
「アイシャさん、ウワサはウワサですことよ?」
「……そうね。アンタはそうよね」
あら、スンと真顔になってしまった。
アイシャさんの不機嫌スイッチがわかりません。
「単純にさ、僕が加われば、騎士が十人キミたちに加わるわけだろう? さらに守りが固くなるわけだ。僕も爺やさんに守ってもらえてさらに安全になる。どちらも得をすると思わないかい?」
「一理ありますわね。アイシャさん、どうします? わたくしはかまいませんが」
「……べつに、断る理由もないわね。いいわよ、合流しても」
「あぁ、ありがとう! 本当に助かるよ! ――本当に、ね」