15 心の余裕が生まれましたわ!
身だしなみをととのえて、今日も優雅な朝の時間が始まる。
チヒロの作った朝食の味を楽しみつつ、紅茶のカップをかたむける至福のひととき。
あぁ、本当に最高だわ。
「ねーねーお姉さまっ。いつになったらシーリンに『じんぼー』見せてくださるのぉ? くすくすっ」
普段ならうっとうしいガキ――おっと失礼、シーリン嬢のさえずりですら、わたしの心の平穏を乱さない。
「あーら、見たいというのならすぐにでも見せてさしあげますわよ? そうですわっ、今度クラスの皆さまを招いて、お庭でパーティーでも開こうかしら」
「クラスのみんな……っ!? お、お姉さまのお誘いで、まさか全員が動くわけありませんわっ」
「さてさてどうですかしら。ま、楽しみにお待ちになっていらしたら? をほほほほっ」
「ぐぬぬ……っ、余裕のあるお姉さま、なんだか気に入りませんわ……ッ」
意味も分からず悔しがる妹の顔を見ながらの朝食、ますます美味しさが増しますわ――ッ!!
……いかんいかん、心までソルナペティになるな。
なぜわたしがこんなに心の余裕を持っているのか。
シーリン嬢の煽りなど効かない理由が、いまのわたしにはあるのです。
〇〇〇
「ソルナ様、ごきげんよう」
「今日も変わらずお美しい限り。うらやましいですわぁ」
「おふたりとも、ごきげんよう」
教室に入った『わたくし』を出迎える、テューケットさんとクラナカールさん。
これだけならばいつもどおり、ですが近ごろ『いつもどおり』が変わりはじめてきました。
具体的にはわたしが入ってきたときにいっせいに向けられる冷たい視線が無くなって、
「あの、ソルナペティさん。ごきげんよう」
「えぇごきげんよう」
「えぇと、今度わたくしのザイード家で立食会がありますの。東組の御三家であるソルナペティさんにもご出席いただけたら、って」
「かまいませんわ。わたくしの名を貸すことで箔がつくのなら喜んで」
「まぁ、嬉しいですわ」
こうして声をかけてもらえることも増えたのです。
パーティーにお呼ばれするだなんて、さすがにはじめてのことでしたけど。
「さすがソルナ様っ。近ごろご威光がますます増しておられますのっ」
「わたくしたちも鼻高々ですわぁ」
「そうでしょうそうでしょう。東組の華、と呼ばれる日も近いですわ――ッ!!」
おもに王国の東側に領地を持つ貴族が集められた、東組と呼ばれるこのクラス。
他にクシュリナさんのいる西組とアイシャさんのいる南組があって、北組はないのよね。
北、辺鄙だからね……。
クラス作れるほど貴族いないから、みっつのクラスに散らばってるのよ。
あ、クシュリナさんと言えば。
そろそろ襲撃者の魔力の鑑定、終わったのかしら。
なにか聞いていないか、エイツさんにたずねてみましょう。
エイツさんは……いた。
自分の机にすわって、猛然と図面のようなものに筆を走らせているわね。
「エイツさん、よろしいかしら」
「……」
「エイツさん?」
「……あぁ、ソルナ嬢か。ごきげんよう」
「集中していらしたのね。お邪魔でしたかしら」
「かまわない。教室で本格的な設計なんてしないからね。やることなんて微調整がせいぜいさ」
「ならばよし、ですわっ」
図面をチラリとのぞいてみる。
複雑でなにが書いてあるかよくわからなかったけど、これは先日テストしたアーマーっぽい。
改良を加える、って言ってたわよね。
コレがその作業の第一歩といったカンジかしら。
「で、僕になにか用事かい?」
「あぁ、そうでしたわ。クシュリナさんから魔力検出の件、なにもお聞きになっていらっしゃらないのかしら」
「届いたよ。つい今朝方、期待外れな報告がね。残留魔力はうまく隠蔽されていて、個人を特定できるほどのシロモノじゃなかったそうだ」
「そう、ですの……」
残念だけれど仕方ないわね。
せっかく犯人につながる、有力な証拠が見つかったと思ったのだけれど。
「ま、そう気を落とすほどのことでもない。魔導人形の出どころを探るとか、やり方なら他にもあるさ」
「ですわね。爺やにいま、そちらの方面で調べさせておりますの」
「手がかりが得られることを祈っているよ。――あぁ、ところでソルナ嬢。じゅうぶんに気をつけるといい。明日は野外実習だからね」
「野外、実習……」
……あぁ、すっかり忘れてた。
そういえばそんな連絡来てたっけ。
王都の外で行われる野営の訓練。
南組と西組も合わさって、わたしたちの学年全部で行われる行事だ。
「状況が状況だ。学園としても警備を厳重にするだろうが、先日のように思わぬ手段で狙ってくるかもしれない」
「ですわね。爺やとチヒロを常にそばに置いて、最大警戒といきますわ」
「それがいいだろう。僕は行かないが、何事もないことを祈っているよ」
「……行きませんの?」
「第一に、僕はインドア派だ。第二に、貴族の従軍訓練なんかに商家の僕が参加する意味がない。第三に、少しでも作業を進めたい」
「第一の理由がそれですのね……。ともあれ、ご忠告どうも。心に深く留め置きますわ」
優雅にお辞儀をして、エイツさんの机から離れます。
さて、魔力検出に関する情報、アイシャさんにも共有しておいた方がいいわよね。
となれば、善は急げ。
朝の授業がはじまる前に、南組に行っちゃいましょう。
教室をスッと抜け出て、となりにある南組の前へ。
優雅に、かつ堂々とトビラを開きます。
「南組のみなさま、ごきげんよう。アイシャベーテさんに用事があって参りました。いらっしゃるかしら?」
わたしの登場に、教室中の視線が集中する。
一瞬の静寂、直後にわかに皆さんがわたしの話題で盛り上がり始めた。
「ソルナペティ嬢よ! 最近すっかり丸くなったって……!」
「アイシャベーテ様とヨリをもどしたとか、聞きました? おふたり、やっぱり結婚されるかも……」
「南組の華であるアイシャ様が……っ! 受け入れがたさがありますわぁ……!」
……思った以上に『わたくし』、時の人だったみたいです。
あ然としたまま立ち尽くすわたしのところへ、微妙に顔を赤くしたアイシャさんがツカツカと。
「ソルナ……っ! どうして来るのよ、バカっ……」
そして小声でののしられました。
「きょ、共有したい情報がありまして……。それに、アイシャさんに会いたかったんですの」
「なっ、ばっ、わっ、私に……っ?」
「あぁ、それと。アイシャさん。明日の野外実習、わたくしと共に行動なさいませッ!」
アイシャ嬢もターゲットなら、わたしといっしょにいて爺やとチヒロに守ってもらうのが一番安全だからねー。
騎士団のみなさんもついてくるだろうし、なお安全なはず。
「ちょ、まっ、声でかいって……」
「いいことっ? 四六時中、このわたくしのそばを片時も離れるなかれ、ですことよ――ッ!!!」
ざわっ!!
「い、いまのってプロポーズ……!?」
「やっば、俺はじめて見た……」
「決定的な瞬間ですわっ、歴史に残りますことよ……っ」
あ、あれ~?
これ、まずいカンジ?
「……ソルナペティ。言い訳を聞こうかしら」
「こ、声の大きさは、わたくしのアイデンティティですことよ? をほほほほっ……」
「――~~っ、バカっ、バカバカっ! ほんとにバカぁっ!!!」