14 友だちになってくれましたわ!
ほんの数秒足らずのできごとが終わって、エイツさんやクシュリナさん、アイシャさんの護衛の騎士さんたちがようやく異変に気づく。
「お嬢さまっ!」
「お怪我はありませんか!」
「え、えぇ、平気。ソルナペティと従者たちのおかげよ」
「我ら曲者に気づけず、情けない限りです……!」
隊長っぽい騎士さんが悔しそうに歯噛みする。
いや、仕方ないと思いますよ?
反応できる人たちがおかしいんです、はい。
「チヒロ、よくやりましたわ。褒めてつかわします」
「……いえ、お嬢さま。褒められるいわれなどございません」
「あら、いかがして?」
「どうやら加減が利かず、刺客の方を殺してしまったようです。これでは情報を聞き出せません」
あら、殺しちゃったの……?
倒れた襲撃者の様子を、おそるおそるのぞいてみる。
……うん、胴体が地面にめり込んで変な方向に手足が曲がっちゃってる。
身動きひとつしてないし、こりゃ生きてないや。
「『強化外装』の出力調整、改善の余地ありだね」
エイツさんもノート片手にこちらへやってきた。
悔やんでるチヒロとボロ雑巾みたいな刺客を交互に見て、しかし彼は「おや?」と小さくつぶやく。
「これ、人間じゃないね」
「人間ではない……? エイツさん、どういうことですの?」
「コイツは魔導人形。魔力をつかった遠隔操作が可能なゴーレムの一種さ。しかし精巧に、人間に似せて作られてるね。興味深い」
なんと、人間じゃなかった。
これじゃあ捕まえても、最初から尋問なんて無理だったわけだわね。
「だそうですわ、チヒロ。結果オーライ、あなたに落ち度などありませんことよ」
「もったいなきお言葉……」
「さて、この人形から犯人につながる手がかり、なにか得られないものでしょうか」
「犯人像なら絞れると思うよ」
今度はクシュリナードさん。
あごに手を当てて魔導人形のまわりをグルグル歩き回っています。
「この人形、術者が使える以外の魔法は使えない。しかも人形越しでは威力が劣化する。そうだったね、エイツ君」
「その通り。先ほどの攻撃、土魔法でつくった石礫を超長距離から風魔法で撃ち出した、という感じだったのかな」
「間違いございませんでしょう。私が砕いた石の破片、その全てが魔力と化して消えてしまいましたから」
「これほどの魔法の使い手となると、かなり限られる」
「黒幕はともかくとして、暗殺の実行犯は凄腕の魔法使い。最初に学園で襲われたときから、そこはもともとハッキリしていますわよ。手がかりになりますの?」
「残留魔力を採取すれば、あるいは特定できるかも」
エイツさん、ふところから金属製のスポイトのようなものを取り出した。
なんでしょう、見たコトもない品物ですが。
「魔力抽出器。先端の針を刺すことで、対象の内部から魔力を吸い出して貯めておくことができる」
そっか、さっき言ってたもんね。
魔力をつかって遠隔操作する人形だって。
その人形のなかには、まだ実行犯の魔力が残っているわけか。
「ただこの器具、魔力の扱いに長けた者でないとうまく採取できないんだが――」
「僕がやろう。使い方も知っている」
クシュリナードさんが名乗り出ました。
エイツさんから抽出器を受け取って、針を人形にブッ刺します。
「そういえばマシュート家、魔力のあつかいに長けた家系でしたわね」
「御三家のなかでも魔の才能に特化した、何人もの優れた魔法使いを輩出した家柄だものね」
「よしてくれよ。僕なんてちょっと魔法が得意な程度さ」
謙遜しちゃって。
あなたの治癒魔法、かなり心地よかったわよ?
「……と、こんなものかな」
どうやら採取完了。
針を引っこ抜いたクシュリナさん、器具についたメーターをエイツさんに確認してもらっています。
「さすが、完璧だよ。あとはコイツを鑑定すれば、犯人がわかるかもしれない」
「そっちも僕の方でやっておくよ。マシュートの家なら、魔力関係の器具には困らない」
「なにからなにまで助かりますわ、クシュリナさん」
「なぁに、キミのためならお安い御用さ。ソルナ嬢」
ウインク飛ばされました。
さわやかでキザな人、だけど親切な人です。
というわけで、騒動はいったん終息。
アーマーのテストどころじゃなくなっちゃったけど、予想外のデータが取れたって大喜びしてるわね、エイツさん。
わたしもさすがに疲れたし、お屋敷にもどってひと休みしようかしら。
「ね、ねぇ、ちょっと」
と思ったら、アイシャさんに呼び止められた。
今度はみんなから離れずに、ちょっと小声で話し始める。
「さっきはその……、ありがと。またかばわれちゃったわね」
「あらそんなことお気になさらずッ! 友をかばうは当然のことでしてよ――ッ!!」
「と、友……」
「友、ですわっ。わたくしたち、友誼を結んだ間柄ではありませんの」
「そう……、そうよね……。友、か。ふふ……っ」
とってもかわいらしい笑顔、こんな表情できたんだ。
見てるこっちまでほっぺがゆるんじゃう。
「これからも友としてよしなに、アイシャさん」
「そうね。その……、えっと、ソ、ソ、ソ……」
ど、どうしたのかしら。
いきなり言葉に詰まって、顔もみるみる赤くなって……。
「ソ、ソル、ナ……。――~~っ、またアカデミーでっ!!」
あらら、逃げちゃった。
勇気を出して愛称で呼んでくれたんだ。
友だちになってくれたのは、あくまでもわたしじゃなくて『わたくし』と、なんだけど、とってもとっても嬉しいな。
「えぇ。また明日、学園で」
騎士さんたちの方へと走っていく彼女を見送りながら、その背中に小さくつぶやいて手をふった。
〇〇〇
御三家の一角、マシュート公爵家。
その三男であるひとつ上の兄、クリュッセード――クリス兄は、僕のあこがれだ。
一族のなかでも屈指の魔導の才能。
恵まれた容姿と頭脳。
ちょっと人より魔導に優れているってだけの僕よりも、マシュート家の男としてずっとふさわしい。
だからこそ、信じたくなかった。
「クリス兄、いるかい?」
「あぁ、クシュリナ。入るといい」
クリス兄は快く、僕を自室に入れてくれた。
そうしていつも通りの、優しげな笑みを僕になげかける。
「どうした? 怖い顔をして」
「いま、アカデミーで話題になっている暗殺未遂事件、知ってるかい?」
「知っているさ。御三家のミストゥルーデ家とエイワリーナ家、そのご令嬢たちが命をねらわれた、と」
「今日、また襲撃があったんだ。それで、犯人の使っていたゴーレムのさ、残留魔力を調べることができたんだ」
「……ほう」
「信じられなかった。信じたくなかったよ、兄さん」
「そうか。……で。クシュリナ。お前はどうするんだ?」
どうするか?
そんなの決まってる。
子どものころからずっと、クリス兄を追いかけて育ってきた。
クリス兄は僕のあこがれで、目標だ。
だから――。
「……僕にも、手伝わせてよ。クリス兄のやりたいこと」
「あぁ、クシュリナ。お前は本当にかわいい、出来た弟だ」