13 思っていたよりかわいい方ですわ!
アイシャさんてば、わたしを引っぱってどうしたのかしら。
いちおうわたし、責任者としてエイツさんの性能テストに付き合う義務が……。
「……ここでいいわ。ここまで離れれば、誰にも聞こえないでしょう」
たしかに、クシュリナさんやエイツさんがお人形くらいに見えるくらい離れましたが。
そこまでせずとも爺やさんたちの模擬戦の衝撃音で聞こえにくいと思いますよ?
「あ、あの、聞かれたくないお話をしたいんですの? このわたくしと?」
「そうよ。聞かれたくない話。できることならあなたにも聞いてほしくない話」
「わたくしにまで――……ッ!?」
どういうことなの……っ。
ものすごく真剣な表情でこっちを見てくるアイシャさんが怖い……!
「一度しか言わないから。よーく聞きなさい」
「よ、よく聞きますわっ」
「……、……っ。わ、たしと……っ、ぅぅ……す――~~っ、は――~~っ……」
ど、どうしたのかしら。
とつぜん言いよどんで、視線をあっちにそらしてこっちにそらして、深呼吸まで始めちゃった。
「アイシャさん? 具合でも悪いんですの?」
「……ソルナペティッ!」
「はいッ!!」
「私と……っ、わ、私と仲良く、してくれても……っ、いい、わよっ」
「……はい?」
最終的に顔を真っ赤にしながら、絞り出すように口にした言葉。
その意味をよーく頭のなかで繰り返す。
一回しか言ってくれないそうなので、頭のなかで、意味を理解できるまでリピート、リピート。
(ワタシトナカヨクシテクレテモイイワヨ? ワタシト? ナカヨク? つまりわたし、アイシャさんと仲良くしてもいいって……こと!?)
「ほ、本当ですの!?」
「か、確認するな! 二度は言わないんだから!」
アイシャさんの顔、見たことないくらい真っ赤になってます。
さすがに理解。
この子、照れてる。
「……むふっ、ふふふっ」
「な、なによ……」
「……おーっほっほっほっほっほっ!!」
「!?」
アイシャさんの氷のように冷たかった態度が軟化したッ!
これは、これはつまり!
もう今後いっさい、アイシャさんがわたしに決闘を挑んで殺そうとしなくなったっ!
命の危機がひとつ消え去った、ということ!
これが笑わずにいられましょうや!
「おーっほっほっほっ! いいですわ、アイシャさんッ! このわたくしとっ、友誼を結ぶといたしましょうッ!」
「……考え直そうかしら」
「いかがしてッ!!」
ソルナペティ嬢ならこういうこと言うと思ったのにッ!
……あぁソレかー、ダメな理由。
もっとしおらしいカンジが好みなのかしら。
「……アイシャさん、ごめんなさい。嬉しすぎてすこし舞い上がってしまいましたの」
「……っ!?」
ためしにアイシャさんの両の手をそっとにぎって、困り眉を作ってみます。
「あなたと仲良くなれたと思うと、本当に嬉しくて。考え直すだなんておっしゃらないで。こんなわたくしのこと、許してくださいまし……」
「う、うぅ……っ。べ、べつにそこまで怒ってないしっ。アンタがしおらしいと調子崩すから、いつも通りバカみたいに笑っていなさいよっ」
あらあら、あせっちゃってますね。
視線を泳がせて、目を合わせられないまま必死になぐさめてくれています。
「うふふ」
「な、なにほほえま~ってカンジで笑ってんのよ! もうっ!!」
最初、殺すだなんて言われたときは怖い人だと思ったものだけれど、どうやらかわいくてやさしい人みたいです。
顔真っ赤にしちゃって、うふふ。
「……?」
……なんだろう。
アイシャさんの顔越しに見えるお屋敷の屋根の上。
なにかがキラリと光ったような。
それに、アレは――人影?
「――っ、アイシャさんッ!!」
具体的に『見えた』わけじゃない。
ただ直感にしたがって、つないだ手を引いて身をかがめようとする。
次の瞬間、『なにか』がわたしたちの頭めがけて飛んできた。
(……っ、ダメ、間に合わない……!)
飛んできているのは握りこぶしほどの、わたしたちを殺すにはじゅうぶんすぎる大きさの石。
このままじゃ避けきれずに直撃する……!
猛スピードで迫るソレが、倒れ込むわたしたちが、やけにスローに見えた。
「爺や、チヒロ……っ!」
離れた場所で手合わせを行っているはずの、頼れる従者たちの名前が口からこぼれる。
その直後だった。
ドガァァァッ!!
わたしたちの前に躍り出た黒い影が、風をまとったパンチで石を打ち砕いたのは。
「およびでしょうか、お嬢様」
「チヒロっ……!」
どさっ。
強化外装を着たメイドの名前を呼びながら、しばふの上にアイシャさんともつれるように倒れ込む。
「な、なにっ!? ソルナペティ、なにが起こったの!?」
「暗殺者の襲撃ですわ! チヒロ、爺やは――」
「すでにあそこに」
チヒロが指をさした先、お屋敷の屋上に立つ人影に、もうひとつの人影が猛然とむかっていく。
言うまでもなく爺やさんだわね。
爺やさんは大きく体をひねりながら、回転を加えた強烈な蹴りを襲撃者に叩きこんだ。
ドヒュゥゥッ……!
蹴り飛ばされた襲撃者が、さきほどの石と同じような速度でこっちに飛んでくる。
チヒロはこぶしをギュっと硬め、吹っ飛んでくる襲撃者へ振りかぶった。
「わたくしのご主人さまへの狼藉――許しません」
ドゴォォォォォッ!!!
間合いに入った瞬間、叩き下ろされる鉄拳。
すさまじい衝撃とともに襲撃者の身体が地面にめり込んだ。
プシュゥゥゥゥッ……。
鎧のあちこちから蒸気みたいなものが噴き出す。
襲撃者さんはというと……、はい、ピクリとも動いておりません。
「す、すごいわね、アンタの従者たち……」
「で、でしょぉっ? おほほほ……」
正直、わたしも引き気味です。
この人たちが味方で本当によかった……。




