12 アイシャさんの様子が変ですわ!
ソルナペティが商人の息子に、頭を下げて謝罪した。
このニュースは瞬く間に学園中を駆けめぐり、この私――アイシャベーテの耳にも届いた。
その日以降、あの悪役令嬢が、と私のまわりは大騒ぎ。
私自身は、まわりの人たちより驚いていないわ。
――まさか頭まで下げるとは思っていなかったけれど。
貴族にとって、頭を下げることは決して軽くない。
とくに相手が貴族だと、家自体の格や名誉を揺るがすことになりかねないもの。
この私にだって、婚約破棄の正式な謝罪してきてないし。
今回は貴族同士のことではないから、ただソルナペティの器の大きさを知らしめたとされているこの話。
みんながアイツに一目置き始めてるし、私だってその……、ま、前よりはキライじゃない。
(ただ、あまりに前と変わりすぎなのよね)
前のアイツは貴族の誇り高さなんてこれっぽっちも感じない、傲慢でイヤなヤツだった。
自分以外の全員を――自分の家すらも見下して、貴族社会そのものを嫌ってるフシすらあった。
『アイシャベーテさんッ! あなたとの婚約、まことに勝手ながら破棄させていただきましたわ――ッ!! あなたのような貴族社会の歯車と同類に落ちるなど、わたくしご免ですのでッ!! おーっほっほっほっほっほっほ!!!』
……思い出したらまた腹立ってきた。
許したくなくなってくるぐらいには。
(いや、本当に変わりすぎでしょ。まるで別人みたいに――)
――別人?
いや、まさかそんなはずないわよね。
ともかく、どうして急に態度を改めたのかが気になるところ。
少しでもヒントを探るために、今日の放課後、ソルナペティの屋敷に行ってみようかしら。
エイツ作『強化外装』とやらの調整が終わって、今日アイツのところに運び込まれるみたいだし。
それに巻き込まれた立場だもの。
ことの成り行きを最後まで見守る権利があるはずだわ。
そう、それだけ。
たったそれだけで、ほかに深い意味なんてないんだから!
〇〇〇
ソルナペティの住む屋敷の裏庭で、異形の鎧を装備したメイドが、彼女の爺やさんとむかい合う。
あの鎧がエイツの新発明ね。
黒い装甲の全身鎧、ただし関節部分が布のように薄く見える。
色は黒で、可動部分にパイプのようなものがついてるわね。
あと、あちこちが光っているようだけれど、意味あるのかしら……。
「これより性能テストを始めますわ! 爺や、チヒロ、お二人とも手加減などせず、むしろ鎧をブッ壊す勢いで暴れなさいッ!!」
「かしこまりました。しからば爺やさん、殺すつもりでまいります」
「かまいませぬ。他ならぬお嬢様のご意向ですゆえ、わたくしも全力で参りましょう」
メイドさんが低い体勢でかまえ、パイプから煙がプシューッ、と噴き出す。
直後、ふたりの姿が消えた。
いえ、消えたわけではないのでしょう。
打撃音とか衝撃波とか、ふたりがいた場所のあたりからガンガン飛んでくるもの。
ただ速すぎて見えないだけ、ね。
あはは……。
「エイツさん、あなた大したものですわね。チヒロが爺やの全力についていけてますわ」
「大したもの、はこちらのセリフだよ! なんだい彼らの常軌を逸した身体能力は……! この模擬戦のデータを取ればさらなる改良を加えられる……っ」
目を輝かせてノートに筆を走らせるエイツ。
そのかたわらで従者たちの戦いをながめるソルナペティ。
ふたりから少し離れたところで、私たちはその様子をながめていた。
「すごいねー。鎧もそうだがさすが爺やさん、生身でアレとは大したものだ」
「……そうね」
「キミはソルナ嬢のところに行かないのかい?」
「べつに。仲良くしにきたわけじゃないし。……で、どうしてあんたまでここにいるのよ。クシュリナード」
私のとなりで模擬戦の様子を見物する、うさんくさい男に問いかける。
どうにも考えてることがつかめなくって苦手なのよね、コイツ。
「ソルナ嬢の顔が見たくてね。ほら、彼女今度はいいウワサの主役になっているだろう」
「アイツの顔が見たいだなんて変わってるわね」
「彼女のこと、もともとキライじゃないからね。むしろ近ごろ、ますます興味と好感が高まっているところだよ」
「こ、好感……ッ!?」
「今さらながら婚約破棄、撤回してもらっちゃおうかなー、とか考えてたりして」
「ダメッ!!」
……あ。
うっかり大声出しちゃった。
「ダメなのかい。なんで?」
「う……。それは……、その……っ」
……なんで!?
ほんとうになんでよ!!
「う……あ……、っと……。マシュート家の面目、平気なのかなー、とか……」
「ご心配ありがとう、とでも言っておこうかな。僕の家なら大丈夫さ」
「そ、そう」
……はぁ、私ってばなに言ってるの?
もう自分で自分がわかんない。
自分がなにしたいのか、わかんない……。
「アイシャ嬢。もしかしてキミ、ソルナ嬢が気になっているのかい?」
「はへっ!?」
「ソルナ嬢と仲良くなりたい。気になって仕方ない。しかしキミの中のなにかが、その踏ん切りをつけさせない。違うかな」
「ば、なっ、なに言って……ッ」
私がソルナペティと仲良くなりたい!?
そんなわけっ、そ、そんなわけ……。
「ほら、見てごらん。ソルナ嬢とエイツ君を」
「……?」
うながされるまま、離れたふたりの方に目をやる。
「まだ決着がつきませんわね! チヒロは相当な実力者ですが、それでも爺やには敵いませんのにッ! 素晴らしい、あなたのアーマー素晴らしいですわ――ッ!!」
「キミにここまで喜んでもらえるなんてッ! 四六時中キミから喝采を受けることだけを考えていた僕への、嗚呼っ、最高の賛辞だッ!!」
「あーらあらあらっ、つまり四六時中わたくしのことを考えていらしたんですの――ッ!?」
「そうさッ! この気持ち、もはや恋に等しいッ!」
「仕方ありませんわ、わたくしこーんなに魅力的なんですものッ!! おーっほっほっほっほっほッ!!!」
……なに、あのハイテンション。
というか、どうしてあんなに打ち解けてるの……?
「すっかり仲良くなってるねぇ。すでにキミとソルナ嬢よりも仲良しなんじゃないかい?」
「ッ!!?」
「今回の一件で、彼女は見直され始めている。今後もどんどん仲のいい相手、増えていくんじゃないかな」
「う、ぐ……ッ」
「素直になって、いまのうちに仲を深めておくべきなんじゃないかい? でないと僕が――」
「――~~っ、ソ、ソルナペティ!! ちょっといいかしら!!」
なんだかもう、いてもたってもいられなくなった。
声を張り上げながらソルナペティに早足で近づいていく。
そうよ、認めるわよ!
どうやら私、ソルナペティと親しくなりたいと思ってる!!
クシュリナードにたきつけられたみたいでシャクだけどッ!!
「アイシャさん、いかがされましたかしら。おトイレならお屋敷に50個以上はありましてよ――ッ!」
「トイレじゃないわよ、バカッ! いいからちょっと、こっち来なさい!」
「あらっ、本当にいかがしましたの?」
「エイツ、ちょっとコイツ借りてくわよ!」
「あぁかまわない! データなら僕ひとりでも収集できるからねッ!」
ソルナペティの手を引いて、すこし離れたところへ連れていく。
コイツと仲良くなりたいだなんて、他の誰かに聞かれたくないし。
……クシュリナードが意味ありげにウインクを飛ばしてきたけど、アイツどういうつもりなのかしら。