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11 あなたの意地に感服ですわ!




 部屋の奥から聞こえるエイツさんの声に、どうやら敵意はなさそうなカンジ。

 現実世界に戻ってきたなら、いざとなれば爺やさんを呼べばいいし。


紳士ジェントルメンのお誘い、お受けして差し上げましょうか」


「賛成。聞きたいことも言ってやりたいことも山ほどあるわ」


 誘いに乗って声のする方へとむかう。

 ……アイシャさん、ちょっと怒ってますわね。


 部屋の奥は、カーテンが閉め切られた薄暗い一室だった。

 棚のうえや床のあちこちに工具や部品が転がっていて、ものすっごく散らかっている。

 こんな場所によく住めるわね。


「……来たかい、ソルナペティ嬢。歓迎するよ。ようこそ、僕の研究室へ」


 いちばん奥のデスクに座っていた青年が、回転するイスといっしょにクルリとまわってこちらを向く。

 ボサボサの赤髪、目元には大きなクマ。

 けれど意外と整った顔立ちの、この人がエイツさんか。


 初めて見る顔なのだけど、『ソルナペティ』はこの人を知っている。

 となると挨拶は自然、こうなるわよね。


「お久しぶりですわね、エイツさん。お元気そうでなによりですわ」


「皮肉かな? キミこそ元気があり余っているようでうらやましい。少し分けてほしいくらいだね」


 皮肉に受け取られたか、そりゃそうだ。

 皮肉で返されてもしかたないわ。


「……しかし、おどろいたな。そちら、御三家のアイシャベーテ嬢かい?」


「えぇそうよ、知ってていただけて光栄だわ」


「キミまでいっしょだったとはね。あの空間、さぞ驚いたことだろう」


「驚いたことは驚いたわね。ま、誇り高き貴族の身としては、あくまで『少し』驚いた程度だわ」


 ホントは半泣き、でしたけどね。

 ヘンに口を出すとまた好感度が下がりそうなので、そっとしておきましょう。


「アレ、なんだったんですの? イタズラにしては手が込みすぎでしてよ」


「さっきも言ったと思うが、アレは僕の実験スペースさ。トラップハウスの応用で、実験に都合のいい空間を作ったんだ」


「あ、あなたが作りましたの……っ!?」


「市販のトラップハウスをちょいといじっただけさ。大したことじゃない」


 いや、大したことだと思いますよ?

 なんなのこの人、かなりすごいんじゃ……。


「僕と、いつか僕の発明品を見せたいと思っていたキミ以外は入れないように設定してあったんだ。安っぽい顔認証だけれどね。出入り口の設定は僕の部屋の入り口にしてある。まさか正面玄関から入った場合でも中に紛れ込めるとは思っていなかったよ。構造上の欠陥だね」


「……私もはいれてしまったのは?」


「ソルナペティ嬢の近くにいたからだろう。同行者とみなされて巻きこまれたんだ。運が悪かったね」


 運が悪かった、で片付けられたアイシャさん。

 青筋がピキッております。

 いまにも怒鳴り散らかりそうな彼女をなだめつつ、会話の中で気になったことを聞いてみることに。


「発明品、と申しますと、お掃除用の小型ゴーレムや動く鎧のことでしょうか」


「それと移動式自動階段。どれもまだ試作段階さ」


「階段も、ですの……。あなた、ハンパじゃねーですわね」


「お褒めにあずかり光栄だ。キミを見返したい思いでこの数か月、寝る間も惜しんだ甲斐があったよ」


 『わたくし』を見返したい、と。

 つまりこの人、不登校になっていたのは『発明品』の考案と制作にすべての時間を費やしていたから、というわけね。

 そのきっかけが、ソルナペティに御用達を外されたこと。


「ウチの扱う商品を、凡庸でつまらないと断じられて衝撃を受けたよ。屈辱だった。今の僕を突き動かすのは反骨心さ」


「反骨心大いに結構。ですが登校の方もしませんこと? クッソ高い学費を払ってくださっているご実家に顔向けできないのでは?」


「そうだね。申し訳ないとは思っているが、御三家の御用達を外されたことの方が損害は大きいだろう?」


「うぐぅ」


 わたしのせいではないけれど、『わたくし』のせいではあるので強く言えない……ッ。


「とはいえ頃合いだろう。キミの考えをくつがえす発明がようやく完成したところだ。明日、そのプレゼンのために登校するよ」


「明日? いまここでするわけにはまいりませんの?」


「……キミたち貴族は場合によって、命よりも名誉を重んじるだろう? それほどではないが、商人にも商人の名誉と誇りがある。失墜した御用達商人としての権威をとりもどすため、公衆の面前でキミに前言を撤回させたいんだ」


「――そう。でしたら明日を楽しみにしておきますわ」


「期待は裏切らないと約束しよう。……というか、なんだい? 僕の登校をうながすためにわざわざ足を運んだのかい?」


「えぇ、ちょっと妹と、ごにょごにょ……」


「妹?」


「な、なんでもございませんわっ! では、言質げんちを取りましたのでわたくしはこれにてッ! 明日のプレゼンとやら、わたくしの考えを改めさせる新製品を楽しみにしておりますわよ! おーっほっほっほっほッ!!」



 ……というやり取りのあと、わたしたち二人はエイツさんの部屋をあとにしました。

 トラップハウスのスイッチを切ってもらったので、帰りは楽々です。


「……アンタ、アイツの不登校の原因になってたのね」


 動かない階段を降りながら、アイシャさんがぽつりとつぶやく。

 まずい、せっかく上がりそうだった好感度が……!


「そ、そういう見方もできますかしら?」


「そういう見方しかできないわよ……。――でも、そうね。だから責任を感じて、こうしてわざわざ出向いたのか。貴族でもない相手のために」


 考えるしぐさのあと、アイシャさんは表情をゆるめてこちらを見た。


「前のアンタ、殺したいほど嫌いだった。でも、今のアンタってそんなに悪くないかも――なんて」


「アイシャさん……っ! な、なら婚約破棄の件、撤回を受け入れてくださってもよろし」


「ムリ」


「くて……ッ、よ、よよよぉ……」


 食い気味で否定されましたわぁ……。

 で、でも、ひとまずアイシャさんに殺されそうな危機は去った、のかしら……?



 〇〇〇



 翌日、教室に入ってきたエイツさんの姿にクラスメイトがざわついた。

 彼はわたしの前までツカツカと歩いてくると、無言のままおもむろにわたしの机の上に資料を広げる。


「ソ、ソルナ様……?」


「彼、エイツさんですわよね? なにをなさるおつもりなのでしょう」


「心配いりませんわ。わたくしたちのこと、見守っていらして?」


 不安そうなテューケットさんとクラナカールさんをなだめてから、エイツさんと対峙。

 まるで決闘前のような緊張感が教室内にただよう。


「見せていただきましょうか、エイツさん」


「あぁ。とくとご覧あれ」


 こうしてはじまった新商品紹介。

 トラップハウスの中で見た移動式自動階段に、全自動お掃除ゴーレム、自立機動型警備アーマー。

 どれもこれも画期的で、いち学生が考えたとは思えない。

 けれど、もちろんこれで終わりじゃなかった。


「……さぁ、次はいよいよお待ちかね。この新商品、間違いなくキミのお目がねにかなうモノだと確信してるよ」


 バサッ!


 大きめの図面が机の上に広げられる。

 そこに描かれていたのは、鎧のようなモノの設計図。


「これはなんですの?」


「名付けて『強化外装』。身に着けたものの身体能力――パワーやスピードを飛躍的に増大させるアーマーさ。装備すれば、たとえ凡庸な兵士でも歴戦の騎士以上の働きが期待できるだろう」


「完成しているのかしら」


「もちろんだ。キミがみとめてさえくれれば、すぐにでも現物をお届けしよう」


 本物のソルナペティが、これらを見てどう判断するのか、わたしにはわからない。

 だからここはソルナペティがどう考えるか、じゃなくって、わたしの心のおもむくままに答えよう。


「……エイツさん。あなたは大変優秀な人材ですわ」


 スカートの片すそを持ち、ひざを曲げ、優雅な仕草で頭を下げる。

 そんな『わたくし』の行動に、教室中がざわついた。


「前言の撤回と、謝罪をここに表明いたしますわ。エイツさん、あなたのご実家にはこれから先もミストゥルーデ家の御用商人をお頼みします」


「あぁ……、あぁっ! その言葉を聞きたくて、僕は……ッ」


 エイツさん、感激しています。

 目のはしにほんのり浮かんだ涙は、うれし涙なのでしょう。


「そ、そうと決まればこうしちゃいられない。すぐにアーマーの調整と手配……、を……っ」


 ぐらぁぁっ。


「お、おや……っ? どうなさいました?」


 とつぜんエイツさんがバランスを崩して、どしんっ、と床に倒れてしまいした。

 だ、大丈夫なのかしら……!

 ケガとかは――。


「……大丈夫そうですわね」


 だってこんなに幸せそうな寝顔をしてるもの。

 きっとこれまで、ロクに睡眠もとれていなかったんでしょう。


 このまま寝かせてあげたいところですが、さすがに教室の床で寝られても困るので、爺やさんを呼んで運んでもらおう。

 おやすみなさい、そしてお疲れさま。




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― 新着の感想 ―
[一言] 11話、閲覧。 チヒロに続いてエイツの件も落着した、のかな? まあ次の問題がすぐやってきそうですが。
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