10 はしたなくも全力疾走ですわ!
摩訶不思議、動く階段!
上の段が下へとどんどんスライドし、床に飲まれて消えていきます。
そして最上段から次々と新しい段が出現してくるのです。
「ど、どうなってますのぉぉぉぉっ!!」
「知らないわよぉっ! と、ともかく、走ってのぼらないと、いつまでたっても上につけないわ!」
「で、では行きますわよっ! 全力疾走ォォォォォッ!!!」
手をつないだまま、全速力で駆け上がる。
け、けっこうスライド早いわね。
なんとかじわじわ上がれているけど、最上段までが遠い……!
「も、もう少しですわ……っと!」
最後に思いっきり足をのばして、なんとか二階の床を踏めた。
アイシャさんは……まだ登り切れていない。
「アイシャさん、引っ張りますわ!」
「必要ない――っひゃぁ!」
足がもつれてつまずくアイシャさん。
まずいっ、このままじゃ顔面強打ッ!
「危ないですわッ!!」
つないだままの手をとっさに引っ張ると、勢いあまってわたしも後ろにバランスを崩してしまった。
アイシャさんも倒れ込むようにわたしとぶつかって、二人重なって床に倒れ込む。
どすんっ!
その衝撃で、床につもっていたほこりがブワっと舞い上がった。
「うわっぷ! げっほ、げほっ! ほこり、すごいですわ……っ!」
「な、なんなのよ、ホントにもう……」
目に入りましたわよ、ったく。
なんでこんなにほこりっぽいのかしら。
せき込みながら手をパタパタしてほこりを払います。
「うえっほ、えっほ! ……はー、きったねーですわ! たまったモンじゃねぇですわね……。アイシャさん、おケガはありませんこと?」
「へ、平気……。その、ありがと……」
あらあらあら、ほんのりほっぺを赤らめてのお礼ですか。
かわいいトコあるモンですね。
「ニヤニヤするな。なんか腹立つ」
「むふふ。手、つないでて助かりましたわね。これから先もつないでおきます?」
「……ふんっ、こっから出るまでだから」
「わかってますわよぉ」
ふたりで服についたほこりをパンパン、とはたきながら立ち上がる。
出るときまで、かぁ。
だったら出るまでのあいだに、少しでも仲良くなっておかないとね。
……それよりまず、無事に出られるか、の心配からするべきかしら。
「で、ここからどうする? とりあえず3階まで行けるみたいよ」
2階は東西に廊下が続いていて、3階に行ける登り階段は下り階段のとなりにある。
その階段をかこむように通路がロの字に作ってあって、北側にあるもうひとつの廊下と行き来できるようになっていた。
「3階……。エイツさんの部屋がある階でしたわね。アテもありませんし、ひとまず行ってみましょうか」
また階段が動き出したらイヤだけど、ね。
手をつないだまま、3階に続く階段へ進もうとした、そのとき。
ウィーン……。
なにかよくわからない音が廊下から聞こえた。
そちらに目をむけると、なんと床の上を謎の物体が移動してきてる。
丸くてひらぺったい、駆動音を鳴らしながら無軌道に廊下を這いまわる謎物体。
そいつが通った場所のほこりが、なぜだかキレイさっぱり消えていた。
「……なにあれ」
「わかりませんわ。皆目見当つきませんわっ、なんですのあの物体っ!?」
ウィーン、という音とともに、その物体がこちらへやってきた。
ソイツは床のほこりやよごれをキレイにしながら、わたしたちの前を通って反対側の廊下へ行ってしまう。
「も、もしやお掃除用のゴーレムかしら? なんだかシュールですわね」
「もうワケわかんない……。とっとと3階行っちゃいましょ」
「ですわね。しかし階段、また動くかもしれませんわ。慎重にいきましょう」
「じゃあ『せーの』でいくわよ。……せーのっ!」
ふたりタイミングを合わせて、一段目に足を乗せます。
直後やっぱり、ガタンと音がして階段が動きはじめました。
しかし今度は上の方へ、ゆっくりと。
「……登っていく、わね」
「これいいですわっ! 楽でいいですわっ!」
「たしかに楽、ではあるわ。もしかしてさっきの、罠じゃなくって降りる用だったのかしら……」
自動的に上まで運んでもらって、一歩も動かず3階へ到着。
構造は2階といっしょ、ほこりがしっかり積もってるのまでいっしょ。
「エイツさんの部屋は東側の奥。こっちですわね、行きますわよ」
――ガシャンっ。
西側に背をむけて歩き出したわたしたちの背後から、またも怪しげな音がした。
さっき見た謎のお掃除ゴーレムの音とも違う、重量感のある音。
「……アイシャさん、聞こえました?」
「聞こえたけど……、ふりむくつもり? また変なモノに決まってるわよ?」
ガシャンっ、ガシャンっ。
「……ねえアイシャさん。なんだか近づいてきてませんこと?」
「近づいてきてるわね。まるで足音みたい……なんて、笑えない冗談かしら。あはは……」
ガシャンっ、ガシャンっ、ガシャンっ。
「ど、どんどん近くなってきてますわよ!?」
「知らないわよ、もうっ!」
今にも泣きそうですね、アイシャさん。
わたしだってすっごい怖い。
だけど勇気を振り絞って、そっと後ろをふり返ってみる。
そしてすぐに後悔した。
だって、クモの巣が張った空っぽの鎧が、猛然とこっちに走ってきてたんだもの。
「――っ、いいいいいいいぃぃぃぃやあああぁぁぁああぁぁぁぁッ!!!!!」
「い゛っ!? な、なになになになになになになになにぃっ!!?」
勝手に口から叫び声が出てしまった。
同時にアイシャさんの手を引いて、全速力で走り出す。
「なによなによなんなのよっ!! いったいアンタなに見たのっ! 言いなさい!!」
「ご自分で見て確かめてみたらいいじゃありませんのッ!!」
「イヤよぉ! 怖いものッ!!!」
わたしもアイシャさんも、もう半泣き。
必死に走って走って走って、一番奥の部屋のドアに体当たりしてブチ開けた。
ダァァンっ!!
転ぶようにして中に飛び込むと、その瞬間、またあたりの景色がぐにゃぐにゃと歪みだす。
「こっ、今度はなによぉ……っ」
「泣かないでアイシャさん! おそらくですが元の世界に戻っていきますわ!」
これ、トラップハウスに入ったときとおんなじ現象だわ。
ぐにゃり歪んだ風景が、だんだんと形を取り戻していく。
そうして歪みが落ち着いたとき、わたしたちはなんの変哲もない寮の一室の入り口にいた。
「こ、ここは……」
開けっ放したドアにかけられた名札に目をやる。
『エイツ』。
間違いない、ここが目的のエイツさんの部屋だ。
「よ、よかったぁ……。戻ってこられたのね……」
「寿命が縮まった思いですわ……」
ふたりでホッと胸をなでおろす。
直後、アイシャさんはつないだままの手に気がついた。
「あ――」
「……? いかがしましたの?」
「え、えーっと……。も、もどったから、コレ終わりだからっ!」
バッ、とすごい勢いで離してしまいました。
や、やっぱりイヤだったの……?
「――キミたち。他人の部屋に入ってきてあいさつも無しかい?」
「……!」
奥の方から声が聞こえる。
おそらくこの部屋の主の声でしょう。
「し、失礼。ちぃとばかし危ない目にあって、余裕がありませんでしたの。ご無礼、お許しあそばせ」
「その声、ソルナペティ嬢、か……? あぁなるほど、だから僕の実験スペースに紛れ込んだのか……」
「実験スペース……?」
「いいさ、ちょうどいい。奥に入ってきなよ。そろそろキミに会いたかったところだったんだ」