01 あなたはわたくし、わたくしはあなた
「あなた、わたくしになってくださらない?」
とつぜん現れた貴族のお嬢様にそんなことを言われたら、誰だって目を丸くすると思う。
現にわたしがいま、そうなった。
クレイド王国、その王都ルクイエ。
大陸一の都市として名高いこの街は、表向き、華やかできらびやか。
チリひとつ落ちていない、街灯と商店のならんだ石畳の大通りにはたくさんの人々が行き交って、活気と生気に満ち満ちている。
中心の高台には王城がそびえ、その下の貴族街に立ち並ぶのは貴族様たちの豪華なお屋敷。
貴族や上流階級のご子息、ご息女方が学ぶ『学校』まであると来た。
そんな王都の片隅には、まるで部屋の四隅に掃き残されたほこりのように、忘れ去られた貧民街――スラムがある。
正確には忘れ去られているわけでなく、見えないフリをされているだけ、なのだろうけれど。
そのスラムの一角で人の目を避け『何でも屋』を営むのがこのわたし、シャディア・スキニー。
合法的な頼まれごとから非合法スレスレの危ないコトまで、持ち込まれてくる仕事は基本こばまない。
当然ながら訳ありの客も多くって、貴族の相手をしたことも何度かある。
今回だって、ボロ着でカモフラージュしてフードを目深にかぶってるとはいえ、身なりの良さを隠せていない貴族のご令嬢が入店してきただけでは、あそこまで驚かなかった。
カウンターに座った彼女の口から、さっきの衝撃的なひとことが飛び出すまでは。
「……失礼。いま、なんと?」
「ですから、わたくしになってくださらない? と申していますのよ。返事はイエス、それ以外許しませんわ、シャディア・スキニー」
「名前――」
「調べさせていただきました。あなたの名前も顔も、もちろんお仕事の内容も。依頼とあらば貴族の家への潜入をもこなす、あなたの度胸と教養を、わたくし高く買っておりますことよ。よってあなたに『影武者』となることを依頼します」
「なるほど……。しかし影武者というものは、互いが相当似ていなければ……」
「似ていれば、問題なんてなんにもございませんわよねぇ」
ご令嬢がフードを下げて乱れた金髪をととのえる。
そうして晒した彼女の顔に、わたしは今日二度目のビックリをした。
「そ、そっくり……」
というか、そっくりなんてレベルじゃない。
瞳の青も目、鼻、口の顔立ちも、ウェーブがかった肩までの金髪だって、よく似てる。
自分の顔なら見慣れているからよくわかる。
鏡でも見てるみたいにうり二つ。
なにこれ、気持ち悪……。
「ナイスリアクション、ですわっ。わたくし、他人が驚く顔を見るのが大好きですの。おーっほっほっほっほ!!」
「他人の気、しませんけどね……」
「……えぇ。不思議とわたくしも、他人の気がしませんの。奇遇ですことね」
ご令嬢、そこだけは冗談めかさず口にした。
わたしのことを調べて知ってたようだけど、いざ本当に対面してみるとやっぱり不思議な感じなのだろう。
わたしもなんだか不思議な縁のようなものを感じる。
「――さて、依頼は影武者とのことですが、期間はいかほどで」
「期間なんてありませんわ。強いていうなら死ぬまでかしら」
「老後までの終身雇用?」
「そうであるとも、そうでないとも言えますわね。じつはわたくし、命を狙われておりますの」
「暗殺――ですか。穏やかじゃないですね」
「えぇ。どういうわけだかわたくし、不本意にも『悪役令嬢』のレッテルを貼られておりますのよ。まったく不本意なことに」
ご令嬢が大きくため息をつき、目じりに涙がたまる。
直後、白髪の老紳士が彼女の背後に一瞬で現れ、高そうなハンカチを渡して一瞬で消えた。
(誰なの、今の)
「そのようなレッテル貼りの末、とうとう命まで狙われることに。ひどい話でしょう、よよよ……」
ハンカチで涙をふくご令嬢。
本人は悪くない、みたいな言い草だけれども。
「……あの、恨みを買うようなことをした覚えはないのでしょうか」
「ありませんわね。ただちょっと不出来な召使いに200人ほど解雇を言い渡して優秀な部下を厳選したり、貴族院の御三家に数えられる家のうち二つの家と婚約破棄をして『恥をかかせた』などと言いがかりを受けたり、面白みの無い品物を売りつける商人を御用達から外したり……。まぁ、その程度ですわっ」
「終わってますね」
「終わってますでしょう? 本当、どういうつもりなのでしょう、わたくしの周りの方たち。あぁ、困ったものですわぁ!」
断ろうかしら、この話……。
なんて考えたそのとき、お嬢様のヘラヘラした表情が鋭く変わった。
「――さて、いよいよ本題に入りましょう。なぜこのようなことを頼むのか。じつはわたくし、どうしても成し遂げたいことがございますの。そのために、かねてより貴族をやめたいと思っていたのですわ」
「貴族をやめるって、そのようなこと出来るはずが――」
「えぇ、出来ませんわね。ですのでわたくし、あなたも暗殺計画も『利用』することにいたしましたの」
「……どういう意味です」
「今日からあなたはわたくしとなる。そしてわたくしがあなたとなるのですわ。あなたがわたくしとして暮らしていれば、わたくしが姿をくらましたことに誰も気づかない。暗殺計画もぜんぶあなたに押し付けて、堂々と王都の外で過ごしてゆける」
「結果的にわたしがあなたとして暗殺されても、あなたにはなんの損もない、と?」
「むしろソルナペティという人間がこの世から消えて、わたくし完全に自由になれますわよね。得しかないですわっ」
「あなたのために命を賭けろ、ですか。もしもノー、と答えたら?」
ソルナペティ嬢はなにも答えず、ただ指をパチンと鳴らした。
直後、首筋にヒヤリとした感触が当たる。
背後に視線をチラリと送ると、いつの間にかさっきの老紳士が後ろに立っていた。
ナイフの刃をわたしの首筋に突きつけて。
『優秀な部下を厳選』ね。
なるほど、たしかにこの老紳士、ただものじゃないわ。
「申しましたわよね? 返事はイエス、それ以外は許さない、と」
そしてこのご令嬢。
相当性格悪いね、まさに悪役令嬢だ。
「――わかりました、受けます」
「よろしい」
ご令嬢がパチン、と指を弾く。
直後、老紳士はナイフを引いてその場から一瞬で消えた。
「交渉成立、ですわね」
ご令嬢が手を差し出して握手をもとめ、わたしも応じてガッチリと手を結ぶ。
「この依頼の報酬は、貴族院御三家が一角『ミストゥルーデ家』の三女であるソルナペティ=フォン=ミストゥルーデの立場。死にさえしなければ、富も力もあなたの好きにできますわ。最高でしょう?」
「過ぎた報酬、心より感謝申し上げます」
今の、断じて皮肉じゃない。
むしろ大歓迎よ、ご令嬢。
この報酬、暗殺なんかで終わらせない。
破滅フラグは全部回避して、ベッドの上で自然死するまで余すことなく堪能し尽くしてやるんだから。
はじめましての方ははじめまして、お久しぶりの方はお久しぶりです、のんBです。
百合しか書かないクレイジー物書きです。
この作品もやっぱり百合です、よろしくお願いします。