僕は彼女と付き合った時から死んでいた。
長編は別サイトで投稿予定です。
まずは短編で腕を慣らしています。
まだ薄いビスケットのようにサクサクと読めるものしか出来ませんが、評価・感想お待ちしております。
「おはよう。今日は目玉焼きか! 昔から黄身を半熟の状態で食べるのが好きだったよな」
テーブルには一人分のパンと目玉焼きが並んでいる。そして彼女は無表情でテレビを見ながら食べ始める。時々俺の方を見て、気味が悪そうな顔をするが決して喋ろうとはしない。酷すぎる彼女だと思うかもしれないが、これは俺が望んだ道だから仕方がない。
あれは、クリスマスのデートした日だった。二人でイルミネーションを見ながら夕食を食べるためにレストランを目指してカップルで溢れかえっている通りを抜けようとしていた。ぎゅうぎゅうに押しつぶされそうになったり、人と人がぶつかり合ってむち打ちのような痛みが襲ってきたりとカオスな状況だったが、どうにか抜け出せることができた。
「流石に圧迫されて苦しかったな。みきは痛いところない?」
「大丈夫。久しぶりの外出制限が撤回された影響もあるだろうけど、すごい人の多さだったね。光彦こそ、ぶつかってくる人多かったけど、痛くなかった?」
「今日は大丈夫だけど、筋肉痛になりそうだ」
お互いの無事を確認して互いにレストランを目指して歩き始める。久しぶりの外出でクリスマス。奮発して高級なレストランを予約したのだから、時間に遅れてしまってはカッコ悪いと思い、急ぎ足で向かいぎりぎり予約時間前に着くことができた。
「ねえ、光彦? 目的地はここで合ってるの? 薄暗くてとても営業してなさそうに見えるんだけど間違えてない?」
「Cooに住所を打ち込んで案内してもらったから、ここで合ってるはずだけど、確かにレストランには見えないし人もいないように感じるな。中に人いるみたいだから聞いてくるから待っててよ」
裏暗くてホコリまみれのガラス扉を開けると、カランカランと来店を知らせるための鈴のようなものが鳴った。音が鳴って数分が経ったのに店員は一人も出てこない。それどころか、奥からは男たちが談笑しているのがきこえてくる。勝手に上がり込んでは失礼だと思うが、このまま気づかれないで時間だけ浪費するなんて、みきを不安にさせるだけだと判断して、抜け落ちそうな床を歩き奥の扉を開けて声をかける。
「すみませーん。今日予約していたものなんですが、こちらで合っているか確認するために来ました」
「お、いらっしゃい。悪いね、常連が揃ってたから気づかなかったよ。ごめんな。確かにここで合ってるよ。二名様だったよな? そこの奥のテーブル使っていいからお連れさんもつれてきな」
スパイスのような刺激が鼻をつきぬける。気合の入ったコック帽を被った店主は、フライパンを振りながら謝ってきた。そしてみきを連れてくるために一度そこから退出して外へ出た。
「ここで合ってたみたいだよ。みき寒いだろうし急いで中へ入ろう」
「……」
「どうしたのみき? 体調でも悪い? おーいみき? 大丈夫か?」
「……」
そう、このレストランを訪れた日からみきは口を利かなくなってしまった。
そして今年もクリスマスの日がやってくる。
私の彼氏が消息を絶ってから一年が経った。明るくて心配もしてくれるいい人だったのに、去年のクリスマスの日予約したレストランの中に入ってから戻ってこなくなった。その日から誰かが尾行してきてるように感じた。最初は自意識過剰とも思ったけど、その感覚は部屋にいても感じるようになった。
今日はクリスマス。光彦がいなくなってから一年が経つ。ドッキリであってほしいとも思ったけど、電話をかけても圏外だと言われ、両親へ会いに行っても去年の12月25日から連絡がきてないという。きっとあのレストランで何かあったとしか思えない。でも私は臆病だから確認に行くことを躊躇してしまう。
そんなことを考えているとぴんぽーんとチャイムが鳴った。何も注文していないはずなのに押されるチャイム、はーいと呼びかけをしても反応しない配達員。無視をしようにも鳴り止まないチャイム、臆病ながら勇気を出して玄関へ行き扉を開けた。
「みき、クリスマスプレゼントだよ。メリークリスマス! 今年もよろしくね」
「うそでしょ? 何で光彦がいるの? え、え」
一年ぶりの再会にめまいを起こした。光彦はそんな様子を見て大丈夫と駆け寄ってきた。
「一年ぶりに会ったからって混乱しないでよ。大袈裟だなー」
「連絡もしないでどこへ行ってたの? 親御さんにも何も言ってなかったなんておかしいよ。一体今までどこにいたの?」
「みきの目の前にいたよ。ずっと話しかけていた。それでも君の耳には声が届いていなかったみたいだね。でもそれは君のせいじゃなく俺のせいなんだ」
一年ぶりに会った光彦は訳の分からないことを言ってくる。それじゃあの不気味な気配は光彦だったということになる。でも何で? 何でなの? 苦しむ姿をみて、光彦は一歩一歩私に近づいてくる。そして体に触れようとしたがすり抜けてしまった。
「すり抜けちゃった。これで分かった? 俺もう死んでるんだ。みき、お前と付き合った五年は宝のような期間だった。伝えたいことはたくさんあるけど、時間がない。俺は今より遠いところへ行くかもしれないけど、お前のことが好きだ。でもこれ以上の事は叶えられない。だから......別れよう」
突然告げられた別れ話に理解が追いついていない。一年ぶりに会った光彦はもう時間がないと言い始める。何があったか話を聞きたい、まだ話していたい。これからも一緒に過ごしたい。でも、このわがままが光彦を苦しめることは知っている。だから、今は受け入れるしかない。
「分かった。私も五年間は楽しかったよ。ありがとう」
そして光秀は目の前から消えた。不気味な気配も同時に消えた。
かつて東洋のスパイス魔術師と言われた男がいた。その男は、第三次世界大戦で苦しむ世の中のためにレストランでフライパンを振り続けたという。しかし彼は攻撃に巻き込まれてレストランと共に命を落とした。その男の名前は園城光彦という。
評価・感想お待ちしております。
それではまた次回!