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急がば回れ 2


 思い出したときには、口に出てしまっていた。

 彼女はとっさに口元を手で覆う。その声量が、相手への呼びかけと遜色ないボリュームであることに気づいたのだ。

 しかし、「外狩ちゃん?」の視線は、すでにこちらへと向いていた。


「どうも」


 怪訝な顔色と声色の「外狩ちゃん?」が、ゆっくりとユウへ歩み寄ってくる。

 彼女の両手はすでに開いておらず、こちらへ向かう姿はとぼとぼというか、気だるげな雰囲気だったが、それよりもまずは顔の確認を急ぐ。

 暗く地味な印象ながらも整った顔立ち。そしてあの、この世のすべてがゴミにでも見えているのではないかと言わんばかりの、冷ややかでキツいキツネ目。やはり「外狩ちゃん?」は、ユウの高校のクラスメイト、「外狩舞(とがりまい)」その人だった。

 安心して混乱して、ひゅぅぅぃ、とユウの口から間抜けな吐息が漏れる。

 話しかけたこともその逆もない関係とはいえ、外狩は集団生活を共にする存在だ。

 目をぱちくり、とりあえず何か喋ろうと、ユウは言葉を紡ごうとする。


「ど、どうも。ああ、えっと、ごめんね外狩ちゃん、わたわたわたし、ウォーキングから帰る途中で、ここ近道で、でもなんか怖くて、てっきり早朝ジョギングおじさんかバケモンかと思ったら外狩ちゃんで。ていうか、こんなとこで何してんの?」


「……誰だっけ」


 わたわた必死に説明と質問まで済ませた末の返答は、氷の両目のように冷たい一言。

 想定外の反応か、そのクールっぷりに冷やされたか、ユウの思考は一瞬フリーズし、逆に冷静になってしまった。


「……ひ、ひどいなぁ!? わたしだよ?」


「え。ごめん、誰?」


 次には、本気でわからないとでも言いたげな口の形。

 この子から見た自分の存在価値を思い知り、ユウはうなだれる。


「ぬぁぁ。そうかぁ、外狩ちゃんにとって、わたしは教室のモブなんだね……? 有象無象のひとりというわけだね……? 大変ショックですよ。ユウちゃんショック。ユウショック。ああ、またふくらはぎ痛くなってきた。ふくらはぎパンパンなの。あと寒いしお腹すいたし」


「ユウ……。……あ。クラスメイトの」


 無駄な情報だらけの台詞に含有(がんゆう)していた名前に合点がいったのか、外狩のキツネ目がわずかに見開く。

 これにはユウもにっこり舞い上がり、両手の指を組んでぎゅっと握りしめた。


「あっあっ、あっあっあっ」


「え……」


「そう! ユウです! えっえっえっ、なんで? なんで苗字じゃなくてそっちでわかんの? もしかして、その、……わ、わたしに気があったり?」


「みんなにユウって呼ばれてるうるさい人でしょ」


「うッ……!?」


 胸を槍で貫かれたような声を上げるユウに対し、外狩舞は、小さなため息を鼻でつく。


「いま分かった。やっぱりうるさい人だよ。もう喋らないでね」


 返す言葉もない。なんかもういろいろとショックすぎた。

 外狩舞という子は、確かに協調性はないし、喋っている姿をほとんど見たことがなかった。しかし、実はいわゆるクーデレでツンデレで、会話すればきっと朗らかに笑う、可愛くて可憐で愛くるしくてやさしい子なのだと(勝手に)思っていたからだ。

 それがどうしたことか。この子の本性は、冷たかった。いままさに吹いている朝の秋風のごとく自然に。そして、ええと、与えられた命令をこなす鋼鉄機械のごとく無機質に……?

 とにもかくにも、片思い的なアイドルイメージが崩れ去り、そのうえ、相手からはうるさい人呼ばわりのダブルパンチ。ふくらはぎや肌寒さや空腹も含めれば無限パンチ。ユウ自身、人並み以上にハイテンションな性格であることは自覚していたが、親しくもないクラスメイトからド直球な評価を突き刺されるという現実は、想像以上のダメージだった。

 しゅんと背丈が2センチくらい縮んだ気がするユウは、しかしなお黙らずに、しおしおと口を開く。


「うん、はい、うるさい人です……いつもうるさくてごめんなさい。でも名前おぼえてくれてたのうれしいよ。てっきりほんとに知らなかったのかと」


「私、ひとの顔を覚えるの苦手だから」


「そっかそっか。誰にでもそういうのはあるよウンウン。ねえ、いま声おっきぃ?」


「ああ、そのくらいでお願い」


「ふぉっ!?? じゃあ! このくらいでいくねっ!??」


「……あなたの耳、そのふくらはぎに詰まってんじゃないの。ふくら耳」


「えッ???」


 何気なく……その冷徹な声色から発せられたのは、彼女なりの……ジョーク?


「外狩ちゃん!」


 ユウの両手が彼女の肩をがっちり掴む。

 クール少女の口から、まさかのよくわからない軽口が飛び出した現実。無限パンチのダメージは一瞬にして修復せられ、むしろ興奮に達してしまった。

 外狩の顔色が困惑に染まる。なんだこの、勝手にテンションが上がったり下がったりする大声奇行クラスメイトは……とでも思っていそうな顔だ。

 しかしユウのテンションはうなぎ上りである。目の前の少女が可愛くて仕方なかった。


「外狩ちゃん外狩ちゃん外狩ちゃん」


「な、なに」


「ちょちょちょッぉ、なにはこっちの台詞だよ。なに今の……? ふくら耳って。外狩ジョークですか……? 意味わかんないけど、めっちゃおもしろいね?」


「……うるさいなあ……。ああ、もう、せっかく溜めてたのに散っちゃったし……」


「!」と、ユウは見逃さなかった。乱暴に肩の手を振り払った外狩の頬が一瞬、ほんのりと赤くなったのを。

 オイオイオイ。やっぱり可愛いところあるじゃん! 疑ってごめんね、やっぱりあなたはクーデレだったよ。……自己満足も甚だしい納得をしてから、ふとユウは、赤面クラスメイトの一言が引っ掛かった。


 “せっかく溜めてたのに散っちゃった”


 ……どういう意味だろう?


 そういえばこの子……わたしに気づくまで、両手を広げて、何かをぶつぶつと呟いていたんだっけ。日本語にも外国語にも聞こえない、そう、まるでお経のような……。


 お経……?


「……え?」


 それを反芻していると、いつの間にか、外狩は最初のポジションに戻っていた。すなわち、両手を広げた横顔の立ち姿である。


「あなた、帰ろうとしてたんでしょう。さっさと行ってよ。私は忙しいの」


「えっ? へ……?」


 もうこちらを見ようともしない視線と、ぶっきらぼうに吐き捨てられた言葉に、ユウの違和感はさらに重なった。

 こんな雑木林の中に突っ立っていた変人の、いったい何が忙しいというのか。

 そもそもこの子は、ここで何をしていたのか。今も何をしているのか。深夜と早朝の隙間時間に、女性のひとり歩きという危険を冒してまで。

 両手を広げて、お経。たしか……、なんの漫画かアニメか忘れたけれど、そんなシーンが、記憶の片隅にぼんやりと浮かび上がる。

 しかしその考えは愉快に転じ、ユウは片手をひらひら舞わせ、やぁねぇ奥さんと外狩をあおぐ。


「なぁに外狩ちゃん。まさかここでほんとにバケモン退治でもやってたんじゃないだろーね? こんなとこにゃぁ、早朝ジョギングおじさんと外狩ちゃんくらいしかいないって。あ、これはね、ユウジョークだよ。外狩ジョークへのお返し――」


「そうだよ。だから早く帰ってね。あなたまで地獄に落ちたくないでしょ」


 くだらない長台詞を遮られたユウは、再び閉口する。

 食い気味な外狩の返答。内容。それは、時間をかけて噛んでも噛んでも、決して飲み込めない異物のような気がした。

 そして、ユウは、こう返すしかなかった。


 ……今のは、外狩ジョークですか?


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