実体験! 浴室と死闘と黒い悪魔
※注意! この作品には以下の描写が含まれています。
・虫
・G
・黒い悪魔
・名前を言ってはいけないあの蟲
・壮絶な命のやり取り
これらの要素を許容できる方のみ、本文をお読みください。
この作品は、家紋 武範様が主催する「知略企画」の参加作品です。
むかしむかし、言うほど昔でもない、ある日の夜。
自分が学校から帰って、気持ちよく風呂に入っていた時のこと。
身体を洗っている時、ふと浴槽と壁の隙間を見てみると、何やらうごめく影が一つ。
もう皆さまもお察しであろう。
そのうごめく影の正体は、Gだった。
現在、自分とGの間合い、わずか30センチ。
「〇※÷×+&≒▽#!!」
そんな感じの悲鳴を上げて、自分は身体の泡もロクに流さず浴槽へとダイブ。その際、右ひざがはみ出て浴槽のふちに思いっきりぶつけてしまった。超痛かった。
自分が浴槽にダイブしている最中、視界の端っこでチラリと、Gが羽を展開させて、先ほどまで自分がいた場所に飛んで行っているのが見えた気がした。あのまま、自分があの場所に留まっていたらと思うと、ぞっとする話だ。
さて、自分は足を負傷したが、どうにか浴槽へ移ることができた。
一方、Gは先ほどまで自分が座っていた、浴室のど真ん中に陣取っている。
さぁ、ここから自分はどうするべきか。
わずか2.5畳ほどの狭い空間で、自分とGの死闘が幕を開ける。
自分がGを退治する時は、いつも殺虫剤に頼ってばかりだった。
当然ながら、この浴室に殺虫剤など置いているわけがない。
現在、自分の手元には、Gと対抗するための手段が無い。
一度、風呂から上がって殺虫剤を取りに行ければいいのだが、自分はGが大の苦手だ。ヤツの半径1メートル以内に足を踏み入れるだけでショック死する恐れがある。
そしてGは浴室のど真ん中にいるため、自分が風呂の外に出るには、嫌でもヤツのすぐそばを通らなければならない。それは嫌だ。
ならば、ここから大声を出して、家族に助けを求めるか。
代わりに退治してもらわなくとも、殺虫剤を取ってきてくれるだけで、自分が戦えるようになる。
だが、いま家にいる家族は、母と妹の二人のみ。
そして、この二人は自分以上に、Gが大嫌いだ。
母と妹に「いま風呂場にGがいるから、殺虫剤取ってくれー」などと言おうものなら、目も当てられない大パニックに陥るかもしれない。それはそれで面倒である。
くそ、戦闘開始早々にして追い込まれた。
ヤツの術中にはまってしまった。
時間をかけすぎると、Gはその場から移動してしまうだろう。
浴槽の隙間に隠れてしまったら、退治するのがさらに面倒になる。
ましてや、自分のところまで登ってきたらと思うと……。
結局、自分は決意する羽目になった。
やるしかないッ!
ヤツは、今ここで倒さなくてはならないッ!
だが、どうやって?
まず大前提として、自分はヤツの半径1メートル以内に近づきたくない。
どうにかして、ヤツの射程距離の範囲外から、ヤツを仕留めなければならない。
たわしや風呂のフタをぶつけて潰すか?
いやダメだ。ヤツが潰れて死んだところを見たくない。
というか、ヤツを直接潰す勇気が無い。
熱湯をかけて、やっつけるか?
それもダメだ。風呂場ではGを殺せるだけの熱湯を用意できない。
今日のお湯の温度は40℃。あー気持ちいい。
現実逃避してお湯に浸かっている場合ではない。
そんな時、自分の目に留まったのは、浴槽の端に置いてあった風呂用洗剤であった。
たしか、Gは洗剤をかけられると数分で死ぬ、と聞いたことがある。
なんでも、洗剤がGの背中にある呼吸の穴を塞ぎ、窒息死させてしまうのだとか。
食器用の洗剤なら効いたという話は聞いたことがある。
それなら、同じ洗剤なら、浴槽を洗う洗剤も効いたりするのでは?
というか効いてくれ。他に手が思い浮かばない。
祈るような気持ちで、自分はGに風呂用洗剤をかけてみた。
一分後。
そこには、元気に風呂場の床を走り回るGの姿が!
ダメだちくしょう、全然効いちゃいねぇ。
本当なら、風呂用洗剤もGには通用する。
しかし、それでもGが息絶えるまで数分の時間を要するうえに、ちょっとやそっと浴びせてやったくらいでは、Gは持ち前の生命力で生き延びてしまうケースも多い。
この時の自分は、その事を知らなかったのだ。
「Gには洗剤が効く」という話は、他人の話を横からチラリと聞きかじっただけの、にわか知識だったから。
お湯をかければ弱ったりしないかなーと思いつつ、自分はGに風呂の中のお湯をかけてみる。
しかしGは、お湯に流されるだけで、まだまだ元気だ。
お湯に流されて不規則に床の上を移動するG。心臓に悪い。
Gの呼吸の穴は背中にあるのだが、ヤツの背中は油で覆われている。そのため水をかけられても、その水を弾くことができる。水ではGは窒息死しないのだ。
もはや、万事休すか。
このまま自分はGに睨みを利かされ、風呂の中から動けず、茹で殺されてしまうのか。
だがその時、自分は閃いたのだ。
そうだ、この方法なら、お湯でGを倒すことができる……!
自分は洗面器を拾い、その中にお湯をたっぷり汲んだ。
そして、洗面器の中のお湯を天井めがけて全部、一気に放出する。
天井のすぐ近くまで舞い上がったお湯は、そのまま落下。
そのお湯の落下地点には、Gがいる。
そして、大量のお湯がGに叩きつけられた。
Gは突然の衝撃に大混乱。脚をバタバタさせている。
休ませない。次の攻撃だ。
自分は洗面器でお湯を汲み、再びそれを天井近くまで放出。
そして、再び大量のお湯がGに叩きつけられる。
たしかに風呂のお湯じゃGは窒息死しないし、熱で殺すこともできない。
どれだけ大量のお湯をかけたとしても、それは変わらない。
だから、お湯の熱や性質ではない。
お湯の『重さ』を利用するッ!
もしも、大量のお湯がはるか上空から降ってきて、それが一度にGに叩きつけられたら、それはGにとっては、耐えられないくらいの強烈な衝撃になるんじゃあないかッ!? 落石が直撃するのと同じなんじゃあないかッ!?
そして自分の狙い通り、Gは見るからに弱り始めた。
動きはひどく鈍くなり、触覚も力無くしおれている。
だが、まだ油断はできない。
この程度の負傷なら、ヤツは余裕で復活できるかもしれない。
連中の生命力は、もはや異能の領域だ。
その時、自分はあるものを発見する。
自分が入っている浴槽と反対側、浴室と洗面所をつなぐドアの側に、超強力カビ取り剤が置いてあったのだ。
しつこいカビを根こそぎ滅ぼしてしまうほどの、強力な液剤。
それは、Gに対しても有害なのではないか?
ここまで来た以上、躊躇はしない。
完全なるとどめを……刺す!
Gが弱っている今なら、ヤツに少し近づいても、いきなり動かれることはないだろう。そう判断し、自分は浴槽に身体を引っかけて、上半身をドア付近のカビ取り剤まで伸ばし、無事にカビ取り剤を入手。
浴室の通気口を開けて換気を確保。
そして、カビ取り剤の噴射口をGへと向ける。
とどめだ喰らえ、カ〇キラー!
カビ取り剤を喰らったGは、ひっくり返った状態で脚をバタバタと動かし、やがて動かなくなった。
こうして、浴室の死闘は自分の勝利で幕を閉じた。
終わってみれば、何も得られる物は無く、生きるために必要だったわけでもない。ただ、ヤツが怖かったので殺した。不毛な戦いだった。
そもそも、本来なら特に害も危険も無いはずの、ただちょっとデカいだけの虫に、どうしてあそこまで恐怖心が湧き上がるのだろうか。遺伝子レベルでヤツへの恐怖が刻まれているとしか思えない。
もしも自分がGの恐怖を克服することができていれば、このようなお互いにとって無益な殺し合いをする必要もなかっただろう。だが、そうは分かっていながらも、やっぱりそう簡単に克服できるものでもない。
だから自分はこれからも、ヤツらと戦い続けるのだろう。
「ヤツらがいない」という、心の平穏のために。
そして、自分以外の家族は誰も、Gと戦ってくれないから……!
こんなのをご読了いただき、誠にありがとうございました。m(_ _)m
あれから、風呂に入る時はほぼ毎回、浴槽と壁の隙間にまずお湯を流すようにしております。