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時の息吹  作者: 立羽
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第二章・第一話 盟約の導06

 夕食時、由那は何事もなく平穏に食事を楽しんだ。

 帰ってきてからずっと深刻な面持ちだったエフィナとウィラルーアも、まだ少し硬いながらもだいぶ明るい表情を浮かべていて、だからてっきり問題は解決したのだと思っていた。

 何より、自分には関わりのないことだし、何も身構える必要はない。彼らに用事が出来たのなら、それを理由に『こちらも急用ができた』などと説明して早々に脱退すればいいのだから。と、そんな離脱の算段さえしていた。

 だから、彼から思いもよらぬ依頼を受けた時、どう受け取ったらいいか反応にものすごく困ったのを覚えている。


「一般人の私に、潜入捜査を…ですか?」

 思わず相手の正気を疑う依頼に、何とか平静を保った由那は、極めて冷静に言葉を返す。

 呆れてものも言えない、開いた口がふさがらない馬鹿さ加減を表現すればよかったかもしれない。だが、それ以上に強い怒りを覚えた。

 ムチャ振りも大概にしろ。と、怒鳴り出したい衝動を抑え、静かに相手を睨めつける余裕があった自分を、由那は内心皮肉った。

 もう、こうなったら意地だ。どこまでも喰い下がり、絶対に回避してみせる。

「王族や王宮巫師は顔を知られている可能性が高い。他の部下たちも民に顔の知れた高官たちが多く、何かと隠密には向かない者たちばかりでね。一般人のユーナを巻き込む形になるのは本当に申し訳なく思うが、早期解決を望む我々にはもう取るべき手段が他にない。すでに実害が出ている以上、王都からの増援を待ってはいられないしね」

 これ以上被害者を増やさないためにも、動くのは早いに越したことはない。と、もっともらしい理由を語るこの国の王。

 フードで顔を隠していたとはいえ、今日一日の行動ですでに組織の手の者に存在を知られてしまっていてもおかしくはない。何せ、白昼堂々と国王自ら街中を歩いていたのだ。見る人が見れば、それはもう目立ったことだろう。

「………」

 確かに理屈は分かる。分かりはするが、でも納得などとても出来ない。

 食事中明るくふるまっていたが、どこか気遣わしげな様子だったエフィナたちは、このことを気にしていたのか。

 今さら悟る自身の迂闊さを、由那は小さく息を吐いて払拭する。

「状況は分かりました。そうしなければならない理由も。でも、やはりお受けすることはできません」

 ここはうやむやに濁してはいけない。だからこそきっぱりと断る。

 フィスフリークを見返すと同時に、それとなくエフィナとウィラルーアを覗う。これを見る限り、二人は彼に丸め込まれた口だ。由那が断固拒否の姿勢を崩さなければ、たぶん助け船を出してくれるだろう。

 エフィナの方は特に納得がいっていないようだし、より引きこみやすそうだ。

「私が一般人だからと断るのではありません。むしろ私が動いて解決できるのなら、喜んで協力します。でもこれは、あまりにもリスクが高すぎる危険な賭けです。

 確かにリークさんの依頼は、現状で最善の策だと私も思います。あなた方が動けない点、増援の時間が惜しい点、そして解決を急がなければならないという点で打てる手はあまり多くないですから。ただ、この作戦は成功が前提となることは素人の私でも分かります。いいえ。失敗は決して許されない。もし失敗しようものなら、反国王組織なる者たちとの全面対決になることは火を見るまでもなく明らかなことです」

 組織の詳細を知らない由那でも、彼らのこの表情を見れば、国軍にとってどれ程の脅威かはだいたい想像がつく。そもそも『反国王』と掲げている時点で彼らに友好的ではない事は知れたことだが、その組織が国軍を出し抜いて起こしているこの問題が、そう簡単に解決できるもののはずがない。もう本当に、厄介なことこの上ない。

 そんな重大な役割を、ただの一般人に任せるなんて荷が重すぎる。はっきりと口にはしないが、静かに見つめる彼女の眼差しがそう物語っている。梃子でも動かされる気はない、と。

 互いのみを見つめた中で、由那とフィスフリークの静かなる攻防が繰り広げられる。双方ともに巫の力を持っているために、周囲に発せられる気が尋常ではない。

 事のなりゆきをはらはらと伺うエフィナとウィラルーアは、半ば二人の邪気にあてられ気味だ。

「そう、か。確かにそうだな。しくじれば組織との全面対決になるのは明らかなこと…だな。私としたことが、その読みはまったく考えていなかった。手段が限られているせいか、焦りばかりが先行して周りが見えていなかったようだ。ユーナの気持ちも考えず、すまないね」

「……いえ」

 どうしてそう癪に障る言い方をするのか。思案顔でばつが悪そうにされても、そのちくちくと刺さる嫌味な言葉の数々がフィスフリークの心情を如実に表している。彼の場合はまずあり得ないが、万が一に無意識だとしても、もうそれすらも嫌味だ。もちろんこれは、確信犯なのはいうまでもない。

 安い挑発に乗るほど愚かなつもりはないが、いちいち遠回りな謝られ方をされればカチンとくる。

 どうも彼はやりにくい。たぶんと言わず、絶対に相性が悪い。

「やはり王都からの増援を待つより他ないだろう。それまではエフィナ、監視の方は其方に一任する」

「はい、了解いたしました」

「ウィラ。おとり役は任せる。危険が伴うが、私よりも引きつけ役には向いているだろうからな」

「はっ。兄上のご命令とあれば」

「そしてユーナ。すまないが、其方には私の部下を二名ほどつけさせてもらうよ。昼間私と町を歩いていた所を組織の手の者に見られてしまっている可能性があるからね」

「………」

 潔く引き、てきぱきと今後の方針を決めていくその様子に、不快感しか感じない。

 大人しくだまってやり過ごせばいいだけのことなのに、彼に言い包められるのはどうしても耐えられない。屈辱だ。我慢がならない。

 ましてや、行動を制限されるなんて冗談じゃない。

 ちっ、と舌打ちをしたい衝動に駆られる。だが、それをするよりも早く、由那は口を開いた。

「顔を見られていても、髪型を変えるなり化粧を施せば女性はいくらでも変わります。それにたぶん、今日の私たちを見ている不審な者はいないと思います。もしいれば、シャオ達がだまってはいません」

 深々と、もはや隠すことなくため息をつく。完全なる白旗を上げた瞬間だった。

 気分はもう、ぐしゃぐしゃと髪をかき乱したいほど荒みきっている。

「協力を惜しまないといった言葉に偽りはありません。力になれるか分かりませんが、出来る範囲ででしたら協力させて下さい」

 長い物には巻かれろ。

 実に的確な表現を先人は残したものだと、由那はこの時ほどその言葉を呪ったことはない。

 無駄に抵抗し続けても何の実にもならないし、かといって無事に切り抜けても監視を付けられるなんてたまったもんじゃない。これならばいっそ、自ら進んで動くだけ納得もいく。

 由那の諦めた様子に、彼がしめたりと目を輝かせたのは言うまでもなかった。

「ありがとう。ではさっそく、捜査に協力してもらおう」

 しゃあしゃあと暢気な笑みを浮かべる横顔を睨みつけながら、ため息を付き飽きた由那は大人しく従う。

 深々と肩を落とすその様子を、憐れとしか言いようのない視線を投げかけるエフィナ、同じくウィラルーアの同情を受けながら、詳しい作戦を練りなおすため、一同はフィスフリークの部屋へと場所を移すことになったのだった。





「ああ…。面倒くさい」

 開口一番に苦言を漏らす由那は、朝早くから町に繰り出している。むろん、昨夜決まった作戦ゆえに。

 本日は栗色の髪に少し頬に白粉を施し、どこか貴族の令嬢を意識させる雰囲気を纏う。朝の市にこれでは不釣り合いにも思えるが、ここは貴族御用達の店舗が並ぶ界隈。お忍びで自ら足を運ぶ令嬢たちも少なくないのがこの通りだ。

 若干周囲を意識しながら、何気なく朝の市に溶け込む。所作も自然で、まず怪しまれることはない。

「ここが、例のお店?」

 意外と普通の、事件の話を知らなければ何の変哲もない外観。レンガ造りの高級感漂う店舗。

 しばらく別の雑貨店やら洋服店に寄り、カモフラージュのために購入した品を下げながら店内を見回る。

 由那を含め、お客は四人。

 いずれも女性で、一組は30代後半にさしかかった年齢の落ち着いた雰囲気の婦人が二人。もう一組は由那より少し年上の20代前半くらいで、桃色のドレスが良く似合う可憐な女性が一人いる。

 店員は今見える範囲では二人。そして恐らく、奥にもう一人は待機しているはずだ。

 とりあえず手近の商品を見る。例の物は香だと聞いていたが、他にも陶器や紅茶などが一緒に並べられている。

 むこうの世界にいた時もそうだが、ファッションや世の流行にまったく疎い由那が、初見で怪しい香を見抜けるはずもない。案の定、待機していた店員に声をかけられてしまった。

「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」

 人のよさそうな、優しそうな雰囲気の青年。一見しては事件に関係なさそうに思える。

「ええ。今日は香を見に。何かゆったりとした気分になるものはないかしら」

 しなやかな仕草でらしくない口調を紡ぐ。可愛らしく小首をかしげるところなど、普段するはずのない仕草が妙にしっくりきている。それは今の彼女が醸し出す雰囲気ゆえか、その格好ゆえか。

 コンセプトは、世間知らずでちょっと矜持の高い貴族のお嬢様。

 なっているかどうかははてさて。店員が香を厳選するその一挙手一投足を逃さず見つめる。

 何か不審な点はないか。仕草に違和感はないか。そして、それを他の店員が見ているかなど、店内すべての空間に気を配る。

「そうですね。でしたらこれなどはいかがでしょう。こちらはミスフ産のエーゲルの花と葉を使用したもので、これはクルド産のピチュアの実を主にブレンドしたものです。ピチュアの実はクルドで恋愛成就の実と呼ばれていますが、少し甘みが強いのが特徴ですね。ですが、その独特の甘みが心を落ち着けるのに最適だとお客様に評判ですよ」

 エーゲルの香は比較的すっきりとしたグリーン系で、ピチュアの香は店員の言うとおり少し独特の甘みがあとを引く香りだった。

 他にも効能にこだわらず様々な香を楽しみ、一通り説明を受けた由那は、結局最初のエーゲルの香を購入することにした。

 出来る限りの愛想を振りまいていたせいか、店員も嫌な顔をせず、むしろ得意顔でさまざまな香の種類や香に合う紅茶までも教えてくれ、どうせ調査経費だからと自分をここへ差し向けた人物への嫌がらせも込めてその茶葉とさらに茶器も購入した。

「お買い上げありがとうございました」

「わたくしこそ。とても有意義な時間を過ごせましたわ。どうもありがとう」

 すっかりなりきっている由那は日傘を手に微笑む。ちょうど昼ごろとなった日差しをよけるのに、傘はちょうどよい影を作る。

 店先まで丁寧にエスコートされる。せっかくだからと、その間に由那は購入した茶葉に合うお茶菓子を売る店はないかと聞いてみた。

「それでしたら、ここから三軒先の通りを曲がった所にあるディペシュのクッキーがおすすめですよ。香を買いにこられる常連のお客様もよく足を運ばれるとか。お客様がご購入されたユテラの茶葉を使ったケーキも、とてもおいしいと評判ですよ」

「まあ。そうですの。せっかくですし、これから行ってみますわ。とても親切な香師のおすすめだと」

「お役に立てて光栄です。またのお越しをお待ちしております、お嬢様」

 深々と礼をする店員に穏やかな表情を向ける由那は、内心ほくそ笑む。

―――常連の客も出入りするなら、情報も手に入りやすそうね。―――

 思わぬ収穫を得た由那は、手を口元にあてながら優雅にあいさつすると、さっそく紹介された店へと足を傾けた。


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