表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時の息吹  作者: 立羽
40/58

第一章・第四話 リスクードの湖畔07

「彼の傷を癒し、疲弊しきった体の看病を担当した者の中に私もいました」


 吟遊詩人や語り部にでもなった気分になりながら、由那は興味を通り越して期待を投げかける給仕の女性たちの視線に若干引きつりながら続けていく。

「里の者たちの中には彼の面倒を見ることに抵抗を感じる者たちももちろんいましたが、長の厳しい一言でそれも収まり、私たちはただ彼の回復を待つばかりでした。

 たとえ戦いで私たちの同胞を傷つけていようとも、彼はまだほんの子供。人間で言うなら、まだ歩き始めたばかりの年の頃。そんなにも幼い竜なのです」

 人間から見れば大きく恐ろしく見える里を襲った竜。しかしその年齢を聞くや否や、給仕の女性たちはもちろん、エフィナやフィスフリークの表情も変化した。

 一気に憐みの情が大きくなる。彼らの先入観をまったくものともせず、巧みな語り部だとほとほと思う。

 ギガルデンのことを敢えて『彼』と呼んでいることも、先入観を取り払う良い効果だ。

「里の巫師の中には時の巫術である治癒術を少しだけ扱えた方がいて、その方の力もあり、彼の傷も徐々に癒えて行きました。

 まだ翼で自由に飛びまわれるほどでなないにしろ、人型をとれば不自由なく体を動かせるほどに回復して。その頃には、里の子供たちの話し相手も一言二言ながら出来るほどに里に馴染んで」

 その頃を懐かしむ嬉しそうな表情に、聞き手も思わず笑みが浮かぶ。

 目を閉じれば、里を駆け回る元気でわんぱくな子供たちと、戸惑いながらも彼らに引っ張られていく竜の子の姿が浮かんでくるようだ。

 しかし。和んだ雰囲気を壊すように、由那はふと悲しげな表情を浮かべる。

「でも彼は、心から里に馴染んではくれませんでした。

 竜族特有の激しいほどの気の荒さを持ち、人間嫌いで、人を平気で傷つける銀の殺戮竜と異名をつけられた非道な竜ですから、それは当然なこと。そして彼の同胞を、里を守るためとは言え、皆殺しにした私たちに馴染む事など、あろうはずもなかったんです」

「……。では、彼は…」

 余韻を残すようにしばらく沈黙を保っていた由那に痺れを切らし、思わず先を促したフィスフリークの視線を受けながら、伏し目がちに苦く頷く。

 どうやら掴みは上々のようだ。

 今、彼らが見ている者は、恐ろしく畏怖を抱くほどの銀の殺戮竜ではない。悲しみに心を閉ざし、憐れなほどに傷ついた、まさに手負いの獣のように威嚇し怯える一匹の子竜だ。

「治療が一段落した後、忽然と消えるように里を去りました」

 察しの通りだというように愁いた視線を返すと、給仕の女性たちが思わずメイドのようなフリフリのエプロンで涙を拭うのが見てとれた。

 エフィナやフィスフリークは涙ぐみはしないものの、少し戸惑ったような表情を浮かべている。それでも続きが気になるようで、みな由那を見続けている。

「しかし数ヶ月後、彼は再び里へ戻ってきました。でもそれは、里へ帰って来たわけではなく、今度こそ里の者たちを根絶やしにするためです」

 ああ、そんな。

 悲嘆する声さえ聞こえる。

 ここまでの反応をされると、自分が道化でも語っている気分だ。いや。事実そうだ。

 それでもこうして真剣な語り部を崩さないのは、あまりおどけても信憑性がないためで、実際これは道化そのもの。鼻で笑ってしまうほどの三文芝居だと、由那自身、そう自分を客観視している。

「たった一匹の子竜が、ラウトルグの勢力に勝ることは万に一つの可能性もありません。さらに、彼は前の傷が癒えきっていない手負い。里にこれといった被害を出すことなく、彼はあっけなく捕らえられました」

 ごくり。と、誰かが息を呑む気配がする。その反応に内心しめたりと口角を上げるが、表面上は平常を保ち、頬の筋肉を意識して正す。

「情けをかけてやった恩も顧みず、復讐心を燃やしこうして里を襲った彼を決して許すべきではない。ここで逃がしては、十数年たった後に里が脅かされる。その前に彼を殺してしまうべきだ、と。里の多くの者がそう口々に言い、里長や老師もあまりに多いその意見に、彼に対して何の措置もとらないという訳にはいかず、処分が決定するまで彼は檻につながれることとなりました。でもそれは、ただの拘留ではなく、ほぼ決定となった彼の処刑までの拘置。彼を捕らえた時点で、里の者のほとんどはそう捉えていたでしょう。そんな流れのようなものがすでに人々の中に出来ていました。

 もちろん彼を殺すことに反対する人たちもいましたが、それは本当に僅かな者だけ。それも彼を治療した側の人たちで、人々はその者たちを愚か者だと罵りました。自分たちが裏切られてもまだこんな恩知らずな子竜を信じる愚か者だと。

 私ももちろん反対側の人間で、彼を殺すべきではないと必死に説きました。でも、彼を治療した者たちの言葉は里の人たちには、もう届かなかった…」

 本当に悲しげで、潤んだ瞳から今にも涙が溢れ出しそうな表情。それにもらい泣きした給仕の女性たちはぐずぐずと鼻をすすっている。

「でも。彼の命を救う、可愛らしく頼もしい救世主たちが現れました。

 それは、彼の遊び相手をした里の子供たち。彼らは巫術ではなく、自然の力より炎を出現させる技を見せた彼のことを気に入っていたんですね。まるで弟を庇うようなすごい勢いで大人たちに食ってかかっていました。ふふふ…。その様に里の者たちはたじたじで、まさか子供たちに説教を食らうとは思っていなかったんでしょうね。私もそのことにはとても驚きました。

 結局、彼を殺すべきだと躍起立っていた者たちは子供たちの熱意に折れ、彼には巫術で里を迫害しないよう『制御の印』を埋め込むことで妥協したんです」

 ぱん、と手を軽く合わせた由那の明るい表情にほっとする。

 『彼』が助かったことを、それが恐れていたはずの銀の殺戮竜だということも忘れ、みな安堵した表情をのぞかせている。

「それでは其方たちの関係は…」

「ええ、そうです。その印の効果で、ギールは私を傷つけることが出来ないんです。

 あとは彼を癒したことや命を助けた縁もあったりして、他の人より少しだけ仲良くなれた…といった感じでしょうか」

「…………」

 銀の殺戮竜と仲良くなれたなどと、まさしく正気の沙汰ではない物言いをする由那。

 彼女の今の話を聞かなったら、恐らく皆そう思い呆れていることだろう。この巧みな話を聞かなければ。

「とても特殊な縁で繋がっているのだな」

 良い話を聞かせてもらった、と笑みを浮かべたフィスフリークに由那も微笑みを返す。その背後にいるエフィナ、そして、ことさら感激している女性たちに。


 一通り説明を終え、それからも二、三質問を答えた後。由那がふと視線を流したことに、フィスフリークが気づく。

「ああ、紹介がまだだったな。彼女は私の直属の宮廷巫師だ。名をエフィナと言う」

「エフィナ・イルバードルと申します。風と土、そして無属性の巫師です」

「はぁ。無属性の…」

 まじまじと顔を見返してしまう。変な意味はない。

 だが、風と土属性はいいにしても、彼女が無属性の巫師と名乗るにはあまりにも――。

「波長が合いませんでしょうか?」

「!!」

 思わず心の声が外に出てしまったのかと思った。

 吃驚して眺めていると、エフィナは可憐な面差しながら生真面目さが表に際立つ表情を和らげる。

「察しの通り、私の三つ目の属性は闇属性です。無属性ではありません。私の属性をこうも簡単に見抜かれるとは、相当な力をお持ちのようですね」

 ころころと笑うその仕草に由那は『してやられた』という表情を張り付ける。その微笑む彼女の横をそれとなく見ると、興味深そうにフィスフリークの眼差しが自身に注がれていた。

 少し気まずそうな顔を『作る』。

「いいえ。巫師の力量を感じ取ることはラウトルグの民なら当然のことです。気配を読む力には長けていますから。

 私の方こそ申し遅れてすみません。私は旅の巫師。名前は由那と申します」

 椅子に座ったままだが、手を胸に当て、小さくお辞儀をする。

 ただそれだけの動作だが、一朝一夕では出来ない洗練されたものだ。恭しく下げられた一礼に、とても彼女が一介の旅の者ではないと誰であろうと悟る。

 由那自身、もはやそれを覚悟している。

 否。それをも武器とし、積極的に前面に出している。そして、由那が出身だと語ったラウトルグの民というのも同じ。

 ラウトルグの民とは、以前相対したサー・エヴァンの末裔の血族よりも古くから成る巫師の一族だ。彼らの出生地は現レンウェルの隠れ里ラウトルグ地方だが、様々な国からその血族目当てに狙われるようになってからは散り散りに大陸各国の隠れ里に移り住み、その血族を点在する里ごとに今も守っている。由那はその、国々から追われることになった時代の頃に彼らと知り合い、謂われない侵略から彼らを守護し、他国へ逃がす手助けをした。ゆえに、彼らの今日があるのは由那の行動あってこそだと言っても過言ではない。

 彼らにとって暦道のイブリースが特別であると同時に、彼女にとってもラウトルグの民は特別な存在であった。

 それは、かつての由那が初めて人の世に降り立ち、初めて交流した人々がラウトルグの民であったということだ。彼女にとってはとても思い入れの深い土地であり、彼の民は仲間のような、家族のような存在だった。

 ただ、由那がラウトルグの民ではないということだけで、彼らに告げたことは気持ちの面では嘘偽りのない正直な思いだ。

 懐かしき日々より幾分か時代が流れているが、未だに現レンウェルのラウトルグ地方に彼の民がいることはシャオウロウからの確かな情報であるし、このルティハルトではラウトルグの血族に執着があまりない事もあり、王族の御前で正直に告白した健気なラウトルグ出身の若き旅の巫師だと思い込ませるには、十二分に説得力があっただろう。

 エフィナの属性を見抜いた辺りの下りは、このラウトルグ出身の正体を隠して旅を続けてきた健気さを出すものでしかなかったのだ。何と計算高いというか、よく瞬時にこれだけの筋立てを考えられたものだ。

「アスルノ…、とても美味しいですね」

 喋り疲れて喉が渇いた由那は、軽めのワインだというので遠慮なく一気にアスルノを煽っている。

 これは後から知ったことだが、このワインは実はかなり度が高いのだそうだ。

 どうやら、彼女はお酒の類には強い体質らしい。





「…どう思われますか? フィスフリーク様」

 一時険悪なムードを醸し出しつつも、おおよそ円滑に済んだ晩餐を終え、自室に戻った主君の後を追って来たエフィナは、室内の扉が閉まると同時に問いかける。

「そうだね。嘘は言っていないんじゃないか?」

「ええ。私もそう思います。けれど」

「本当のことも言っていない、…かい?」

 由那と話していた時と比べ、なんとも穏やかでからかいを含んだ口調。

 これが先ほどまで堅っ苦しいほどに威厳のある口調で喋っていた、あのフィスフリークと同一人物だとはとても思えない。

 いや。思い当たる節はなくもない。

 客間から会場まで由那をエスコートするフィスフリークが思わず漏らした一言。あの呟きだけは、堅苦しい彼の雰囲気とは少し違っていた。

「はい。ユーナ様は悪いお人には見えませんが、どうも怪しいかと」

 思います。と、沈着な面持ちで言葉を返す部下に、フィスフリークは笑みを深くする。

「さあ…。どうなんだろうね」

 ため息交じりにこの真面目な部下を見やる。

 じっとフィスフリークを見つめ返し、彼の判断を静かに待つエフィナは、ラウトルグ出身の巫師と名乗った由那を興味深く思う反面、仕える君主に害を及ぼす者かどうか疑ってもいた。

 先ほどの食事で見る限り、由那の言動や態度に不審な点は無いと一応は判断出来たし、何より銀の殺戮竜からフィスフリークたちを守ったという確かな事実もある。

 だが。

「彼女はどうも当たり障りのない回答しかしていない気がするな。それが…」

 不可解だ。そう思ってしまう。

 確かにラウトルグの民は出生を隠して旅をする巫師が多いと聞くし、彼らの血を欲する他国の王族が竜族と手を組み、過去に何度か彼らの隠れ里をつぶそうとしていたという話も多々聞く。そして、若干酔いの入った彼女が説明した、シャオウロウという飼獣に関しても、レンウェルの山脈地帯に珍しい種の獣が住んでいることを文献で読んでいるので、ある程度知ってはいる。

「そうだな。なんだか、用意周到に作られた筋書きのある話を聞いているようだった」

 そう。まるで何かを隠しているような。

 ある一点を抜き、その欠けた部分を補うように継ぎ接ぎされたような話し振り。その隠しているものがあまりにも大きすぎるため、どうも現実味が無い様子に気づかされる。

 完璧であろうとするがゆえ、あまりに完璧すぎて、逆に不自然だと思わせるその内容。

「明らかに、何かが欠けている。というのが、彼女の話を聞いて私が持った感想…だろうな」

 エフィナもそのことを気付いていたのだろう。普段は余計な口をきくことのない彼女が、夕餉の席で由那に積極的に質問していた。

 これは、ただ単に由那がラウトルグ出身の巫師であるからというだけでは決してあるまい。

「まるで大きな謎が降りかかってきたようだな」

 エフィナからティーカップを受け取り、フィスフリークは闇夜に浮かぶ星々を眺めて苦笑する。

「ユーナ…か。なんとも不思議な少女だ」

 ふっと息をつくフィスフリークは、まるで独り言のように零し、そして静かに瞳を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ