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時の息吹  作者: 立羽
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第一章・第三話 復活の儀式04

「おはようございます」

「ああ、ユーナ。おはよう」

 朝からいやにキリっとしている由那。それはもちろん、彼女が寝起きではないためだ。

「ユーナはホントに早起きだけど、最近は更に早いねえ。もうちょっと寝てても構わないんさよ?」

「ふふっ。いいえ、平気です」

 可愛らしく手を口元に当て、淑やかに笑う由那はとても機嫌が良さそうだ。いや。実際、すこぶる良い。

 ある者が見れば、小気味が悪いほどに可愛い仕草をする由那に、心底顔が引きつっただろう。しかしそれを知る友人たちはここには、この世界にはいない。

 そう。これは故意である。

 由那がこういった仕草をする時は十中八九、いや。十割方何か黒い事を考えている。由那の『お嬢様仕草』には必ず意味がある。それも、ものすごく黒い意味で、だ。

「最近ちょっと早く目が覚めてしまうんです。ハンナさんたちを起こさないように部屋で体操なんかをやってるんですけど、事件も無事解決したことですし、折角だからシャオをお供に散歩でも始めようかなって思ってるんですよ」

「散歩かい? うーん…、そうさね。まあ事件も無事解決したし、シャオがしっかり護衛についてるならあたしは反対しないさね」

「いいんですか!? っ、ありがとうございます、ハンナさん!」

 ハンナの言葉に驚いた声を上げる。しかし内心、絶対に驚いていなどいない。それは確かなことだ。

 加え、ハンナから無事了承をもぎ取ったことに、由那はにっこりと微笑む。心底黒い笑みの筈なのに、聖人君子のような清い微笑みに見えるこの演技力は凄まじいものだ。さすが、長年にわたって優等生を演じていただけのことはある。

 そしてこの、絶妙としか言いようのないタイミングの計り方も異様なほどに卓越している。

 いつもなら絶対に反対しそうなハンナだが、事件が解決した安堵感をそれとなく引き出し、シャオウロウが護衛に付くという保証をちらつかせ、なおかつ彼女らに気を使っている事を仄めかすことでハンナも考えを改めざるを得ない状況を上手く作り出している。

 早朝から部屋を出るのは心配をかけてしまいますよね。と、婉曲に文句を含めているところがさすがだ。

「折角ですし、今から行ってきます」

「ああ、そうさね。いっといで」

「はい。行ってきます」

 おいで、シャオ。と戸口で控えていたシャオウロウを呼び、すでに身なりを整えている由那は軽く手を振って部屋を後にする。

 まさか、こうもすんなりと上手くいくとは思わなかった。

「さて。今日も…いいえ。今日は良い天気だね、シャオ」

『………』

 さらに機嫌良く、早朝の空気を大きく吸う由那に、シャオウロウは諦めたようにため息を付く。むろん、言わずもがな。彼らの朝の散歩は今日が初めてなわけが無い。むしろ日々の日課になりつつある。

 ただ、抜け出さずにちゃんと了承を得てする散歩は、今日が初めてではあるが。

「今日はもう明るいし、ちょっとその辺をぶらぶらして帰ろうか」

 もうじきに人々が仕事をし始める時間になる。不用意に歩いて信者にでも会ったらまた面倒だ。

 だが恐らく、それに関してはもう心配はないだろう。

 あの時、由那に頼まれた(というより明らかに脅されたようにしか見えない)カイルの必死の説得で、信者たちがハンナの家で由那の出待ちをする事はなかった。もちろんカイルだけでなく、由那の説得(のような脅し)も効いたようで、あれ以来信者たちの過激な行動もなりを潜めるようになった。

「これから忙しくなりそうね」

 心底楽しそうに微笑む由那に、返す言葉も見つからないシャオウロウは肩をすくめるように尻尾をたらす。もはや天を仰ぐほか出来る行動がなかった。





「ふぇ…。ユーナ、ふぁさにさんふぉなんかふぃてるんふぁ?」

「ここ2、3日からだけどね。早朝の空気は澄んでいて、とても気持ちいいよ」

 朝食の席。出された物を勢い良く頬張っているカイルは食べながら話しかける。行儀が悪いとすかさずハンナの叱咤が入っている。

 ちなみに彼は『へぇ…。ユーナ、朝に散歩なんかしてるんだ?』と言いたかったのだろう。何となく雰囲気で掴んだが、くぐもっていて確かなのかどうかは定かではない。

 頬を引っ張られて観念しているカイルを、少しは哀れに思う。と同時に、少し清々としてもいる。

 だから、そんないつもの日常に苦笑しつつ、おいしい朝食を味わう由那は特に突っ込まない。このパターンはもう見慣れたものだ。

「あ、そうそう。ねえカイル。この事は無闇に言ったりしないでね?」

「ふぐふぉっ!? も、…もち、もちろん!」

 まさか朝一から黒さ加減を目の当たりにすると思っていなかったカイルは、口に頬張った食べ物を吹き出しそうなほどのリアクションを見せる。

 例の一件以来、由那はカイル対して一切容赦をしなくなった。容赦をするべきでないと判断したというべきか。

 いずれにせよ、先手を打っておくに越したことは無い。また余計なことを喋られて計画を潰されては元も子もない。もし潰そうものなら、代わりにカイルを潰すといった雰囲気。由那なら違わず確実に遂行するだろう。

「そう。ならいいけど」

 穏やかに微笑む由那。カイルにだけ送る黒さ加減も見事なものだ。よってハンナは特に変わらず朝食と進めている。

「ユーナ。今日の予定だけどね」

「はい。今日もお店の手伝いですよね」

「うーん、そうじゃなくてねぇ…」

 ハンナの呼びかけに皆まで言わずとも由那は頷く。あの説得以来、ハンナの協力も得たこともあって信者たちも随分大人しくなった。前のようにしつこく付き纏われる事が無くなったのでとても清々している。

 これからの事を考えるとありがたい事であるし、何より付き纏ってきた者たちを巻き込む心配をしなくて済む。

 ちなみに、今までハンナが口を出さなかったのは、てっきり由那が彼らを受け入れているからだと思っていたからだそうだ。確かに、あれほどまでしつこく言い寄られていても追い払わない由那を見れば、誰でもそう勘違いするだろう。しかしあの時、はっきりと言い切った由那を見て、ハンナも彼らを追い払う事に協力してくれるようになった。そう言えば、由那と彼らのやり取りを見ていてやきもきしていたんだと彼女は語っていた。どうやら、とても心配を掛けてしまっていたらしい。

 彼らが大人しくなってまだ数日の事だが、溜まっていた疲れが徐々に回復しつつある。それは、これからやらねばならない事に向けて気合を入れたからという意味もあろうが、とにかく、彼らの鬱陶しいまでの執着には肉体的にも精神的にも相当疲弊させられた。

 ハンナの家の同居人が一人減ったことも、恐らく無関係ではあるまい。

 何にせよ、少しでも不安要因が排除される事は嬉しい。

「ごちそうさまでした」

 手を合わせて小さく頭を下げる仕草をする由那は、立ち上がると食べ終わった食器を片付け始める。しかしその行動をハンナが制止した。

「ああ。いいさね。今日はあたしが片しとくよ」

「でも、今日は私の担当ですよ?」

「いいさね、いいさね。それより、少し部屋でゆっくりしといで。今日は店番もいいから、たまにはちゃんと休息を取りな」

「いえ…、でも…」

 今日は休めと優しく諭すハンナに、由那は戸惑う。それは決して強い口調ではないが、抗えない雰囲気があった。

「いいから言う事をお聞きよ」

「え、っと…。はい。それじゃあ、お願いします」

 怪訝な表情をしていた由那だが、微苦笑してすんなりと頷く。彼女にしては珍しく抗議も何もしない。そしてそのままいつものように優雅な動きで席を立ち、じゃあお先に失礼します、と言ってシャオウロウを連れて部屋を出て行った。

 そのあまりにも素直な態度に、絶対に抵抗するだろうと思っていたカイルは呆けた表情で由那を見送る。

 ぱたん。と、静かに閉められた扉に、彼女らしい奥ゆかさが込められていた。

「まったく。もっと気を抜いてもいいんだけどねぇ」

「??」

 扉を眺めながら深々と嘆息するハンナに、食事の手を止めていたカイルは心底不思議そうに首をかしげた。



『由那』

「ん。ありがとう、シャオ。そんなに心配しなくても平気よ」

 部屋に行くなりずるずるとその場にしゃがみ込む由那に、シャオウロウが心配したように寄り添う。

『だが』

「大丈夫…。本当に大した事ない、よ。ただの微熱…だから」

『……』

 若干赤い顔をする由那は小さい吐息をつく。崩れ落ちた事で一気に来たのだろう。いつもより熱が篭った苦しげな息を吐く。

「休むのは…全てが終わってからで、いい。今は…。今は、やらなければならないことがある、から」

 何とか上手く繕っていたはずなのに。それをすんなりと見抜いたハンナの洞察力に思わず苦笑する。絶対に隠し通せる自信があったのだ。

 心配そうな顔で覗き込むシャオウロウを撫でながら、少しでも安心させるように笑う。だが今は、それすらも苦しげに見えた。

 熱で浮かされて判断力が些か鈍る思考を、頭を振って無理やり冷ます。同時に大きく息を吐き、由那は呪文を唱え始める。

「涼を纏いし癒しの…治水よ。青き凍てつく氷柱ひょうちゅうと…なり、て…我を絡み取れ。

 絡め取り……、絡め取りて、霧散…せよ」

 途端に温度が下がる室内。ぱきぱきと氷が張るような音が部屋の所々で鳴り、一気に冷気が押し寄せる。

 ぱきん。と、鏡のようなものが割れた音が響くと同時に、由那はすっと立ち上がる。それは、先ほどまで朦朧と詠唱を紡いでいた者と同一人物とは思えないほどにしっかりとした足取りだった。

『由那…』

「今は応急処置程度だけど、ね」

 呆れ果てたシャオウロウの声にぺろっと舌を出す。そうして茶目っ気を見せる由那の顔は、もう赤くは無かった。

「さてと。うーん…。だいぶ楽になった」

『由那!』

 熱を術によって無理やり下げた由那は、まるで何事も無かったかのように快調な笑顔を携える。

 その強硬な行いに、思わずシャオウロウは文句を募ろうとするが、暖簾に腕押し、糠に釘。今の由那には効果すらない。

「今は目の前の目的だけが全て。ただそれだけを見つめないと」

 暢気な笑みを消し、由那は不意に真面目な表情を作る。元々、その黒い瞳は真摯な光を宿していた。ただあまりに陽気な仕草に隠れて分からなかっただけだ。

 シャオウロウが押し黙った事に小さく微笑する。しかし表情は普段の穏やかさとはかけ離れていた。

 光の宿ったその瞳をゆっくりと閉じる。

 そのまま気力が途切れてしまうのでは無いか。と、不意にシャオウロウは不安に思ったが、すっと再び開いた強い意志の宿ったまっすぐな瞳に、ただただ魅せられてしまった。

「行こう、シャオ」

 全ての存在を従える王者の眼差し。その絶対なる、神々しいまでの気質。命令でも契約で縛るでもなく、真の主たる君、と相手を心からそう思わせる自信に溢れた不敵の微笑み。笑みを濃くするその仕草さえ、鳥肌が立つほどの戦慄を覚えさせられる。

 すっと前を見据える黒の双眸に、シャオウロウは深々と頭を垂れていた。


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