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時の息吹  作者: 立羽
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第一章・第三話 復活の儀式03

「おお、ユーナ様!」

「ああっ、救世主様。女神様」

 またすごい信者の数。もう一宗教として成り立ちそうな勢いに、しかし本日の由那は強気の姿勢を見せる。

「皆さん、朝早くから集っている所すみません。今日はゆっくり町を見て回りたいので、折角ですけど道を空けてもらえます?」

 朗らかに微笑んでみてはいるが、断る気満々の絶対の笑み。ある意味朗らかと言えるだろう。朝の散歩で、シャオウロウもこれにやられた。

 最初の頃は魔物と勘違いされた事もあり、由那がこうして崇められるまで恐れられていたシャオウロウ。狼のような見た目では、いくら飼獣と言っても女子供が怖がるのは無理も無い。

 しかし由那がこうなったと同時に、彼女の飼獣であるシャオウロウもたちまち人気者となり、今では恐れるどころか過剰に触られる始末。極力人間を寄りつかせたくない彼にしてみたら煩わしいことこの上ない状況だろうが、それでもシャオウロウがそういった態度を見せないのは、由那が彼らを振り払わない事と、そして彼女の護衛するため。もちろん後者が優先である。いくら由那が彼らを拒まないといっても、過度の対応をされたらシャオウロウだって黙ってはいないのだから。

「ああ、それでしたら我々も……」

「いいえ。今日は私とシャオ、二人だけにしていただけませんか?」

 由那についていく気満々だった信者たちは、しかし素早く断られてしまった。

 昨日までの困りようが嘘のように、今日は由那が彼らの主導権をがっちりと握っている。

 だが彼らとてそんな一言で納得するわけが無い。一部ではシャオウロウを縋るような目で見つめてくる者もいたが、彼の優先すべきは主である由那だ。煩わしいと思っている人間の要望など、当然聞き入れるつもりは無い。

「で、ですがユーナ様!」

「ごめんなさい。なんと言われても今日は引き下がりません。

 それに、『様』はいらないと言った筈です。指摘した事を直していただけないようですから、仕方ありませんね」

 にっこりと、しかしまるで脅しているかのような凄みのある笑顔。もちろん確実に脅している。それどころか、積極的に威圧をかけて相手を牽制しているというべきか。どちらにしても由那は譲らない。

 いい加減にして欲しいと言う思いもある。しかし理由はそんな単純な事ではない。

「では失礼します。行こう、シャオ」

「ユ、ユーナ様!!」

 これ以上問答をしても無駄だと判断した由那は、シャオウロウを連れだって早々に引き上げる事にする。昨日までの終始穏やかに彼らを受け入れていた由那の急変に、人々はただ戸惑い、驚きを隠せない。その隙を突いて逃げ出すのは当然だった。

 くるりと方向転換した由那はシャオウロウを引きつれ、一目散に走り出す。当然由那を放すつもりの無かった信者たちはしかし、その突然の行動にまともに追うこともままならない。

『かなり強引な手段だな。由那』

「うん、そうだね。でもシャオだって大変だったでしょ?」

『…愚問だ』

 一際苦い表情になったシャオウロウに、全力で駆けていた由那は思わず笑い出してしまった。



『して、由那。これから何をするのだ?』

 見事に逃げ切った後、当て所なく歩き続ける由那に疑問を投げかける。すると順調に歩き続けていた由那はピタリと歩みを止めた。

 それに合わせるようにシャオウロウも立ち止まる。

「そうだね。シャオには隠す必要がないよね」

『?』

「ここからだとちょうど極地だけど、今から向かおうか」

 怪訝な顔をするシャオウロウに気づいているはずだが、由那は敢えてそれに触れない。気にするどころか丸無視だ。シャオウロウもそれについては特に文句は無いので黙っておく。

 それよりも極地という言葉の方が気に掛かる。今いる場所はレハス北の田畑が多く、広く開けた見渡しの良い場所。そろそろ仕事の時間帯だが、最近はこの所の宴で手入れが疎かになっているようだ。お祭り騒ぎをするのは勝手だが、怠慢は良くない。

 季節は冬だからだとしても、この辺りは雪が降るほど冷え込むことはそうそう無い。そのため、一年中を通して米などの穀類を主とした農業がされている。この辺はもっぱら米食だ。由那もパンよりはご飯派なので、それは助かっている。

 ぽつぽつと町人の姿もあるが、今の時間この場所にいる人たちは由那を過激に信仰する人たちでは無いので、特に気を払う必要は無い。彼らもハンナたちと同様、由那に感謝しつつも必要以上には神聖視しない考えの者たちだ。

「シャオ。あっちの林まで移動しよう」

『? うむ…承知した』

 朝から不可解な行動ばかりの主人に怪訝な表情をさせられっぱなしだが、由那の行動に無駄な事は一つもない。無駄なように見えても、最終的には全ての糸が繋がる。これは確かな計算だ。

 ただ、彼女は下準備の段階では何も語ろうとしない。己が目で見て判断し行動せよ、という以前からの姿勢は全く変わっていない。

「こうやってシャオと下界を歩くのは久しぶりだね。前に来たときも――」

 言いかけて言葉を詰まらせる。今まで前世の事は出来るだけ口にしないようにしてきた。もちろん過去が辛い事ばかりというわけではなかった。むしろ幸福な思い出のほうが圧倒的に多く、とても満たされた時だった。

 しかし、だからこそ。満たされていたからこそ。こうして過去を振り返る事が辛い。たとえ術で過去に遡ろうとも、決してあの時と同じように生きることは出来ない。出来はしないのだ。

 無論そんな気すら起こらない。

 でも――。でも、それは『逃げ』だ。

「前も。…あの時も、こんな風によく晴れた日だったね」

『………そうであったな』

 どこまでも高く、果てしなく広がる晴天。この季節に、これほど見事に青く彩られた空を見ることは稀だ。まるで夏の、まさにあの時と同じ空。

「………」

 無言で空を見上げる。けれど歩みは決して止めない。それはシャオウロウも同じ。

 二人は林の木々に遮られるまで、その広大な空を眺め続けた。





「流れる時と共に。場所と場所を繋ぎ、我が望みし地へ我らを誘え。…転移!」

『ゆ、由那!?』

 林の茂みに隠れ、暫く歩いた後。不意に立ち止まった由那にこれからの事を尋ねようとしたシャオウロウは、唐突の詠唱に目をむく。まさかこんな所で転移術を行使するとは思わなかった。いくら人の気配がしないとは言え、こんな所で難度の術を使うなど。はっきり言ってありえない。正体を隠したいと常々警戒していたにしてはあまりにも軽率な行動だ。

 文句を募りたいが、既に発動している術によってその気は逸れてしまう。

 まったく。ただでさえ時の巫師というのは希少な存在なのに、その中でも難度の術をこうも易々と使うとは。もし誰かに見られてしまったらどうするつもりなのだ。力を隠しておきたいのなら、見られる可能性を懸念する前に使わぬ事を考えるべきだ。

 と移動中、シャオウロウは言えぬ文句を頭の中で散々に募った。


「はい、到着」

 語尾に音符でも付きそうなほど陽気な由那に、シャオウロウは渋い表情になる。

『ここは…南の森、か?』

「そう。正解」

 えらいね、シャオ。などとシャオウロウの頭をわしゃわしゃ撫で回す由那に、当の本人は複雑そうな顔をしている。飼獣のような扱いは止めて欲しいのだろう。確かに猫可愛がりといった感じだ。

 だがまあ、やり方はどうあれ、主に褒められることは決して嫌ではない。だからこそ何も言えない。

 由那にしてみたら、彼のそんな可愛らしい所が更にこういった行動に拍車をかけているのだが、幸か不幸かシャオウロウはそれに気づいていない。やはりそういう所がいい。

「まあ、おふざけもこれ位にして、そろそろ本来の目的を開始しようか」

『本来の…目的?』

「ええ、そう。シャオだって分かってるでしょ?」

 にっこりと微笑まれ、シャオウロウは一際表情を顰める。

 まったく。この主は。

『…供しよう』

 そう言って頷いたのは、これ以上ないくらい呆れたシャオウロウの声だった。





「おーい、ユーナ」

「うん? あれ、カイル。どうかしたの?」

「どうもこうも無いって。町の人たちが蒼白な顔でユーナのこと探してて」

 俺もユーナを探すのに担ぎ出されたんだよ。とカイルは疲れた顔をしている。この様子では朝からずっと探していたのだろう。

 彼らがあまりにしつこかったから、仕方なく強硬手段をとって逃げてしまった事を少し悪いと思い始める。だが、そろそろいい加減にして欲しいのも本当だ。

「連日拘束されてたから、もう疲れちゃって。今日くらいは休ませて欲しくて、少しね」

 ごめんなさい。と素直に謝る由那にカイルも苦笑する。たとえ目の前の青年の迂闊に溢した一言が、この煩わしいことこの上ない、最悪に面倒くさい状況を作り出した元凶の一端だとしても、由那は決して責めない。決して。

「私の活躍なんて本っ当に微々たるものなのだから、こんなに何度も、何度も何度も感謝されてとても嬉しいわ。本当に全く、全然、なんにもしていないのに。かえって悪いくらい」

「ご…ごめんって」

「あら、何でカイルが謝るの? 私は何も言っていないけれど?」

「わ、悪かったって…」

 たとえ直接責めていなくとも、これでは態度で責めているも同然だ。確実に『お前のせいだ』と言っているのが伝わってくる。厳しく刺々しい視線を送る目も据わっている。

 ある部分を何度も強調させるこの淡々とした口調と、にっこりと晴れ晴れした微笑みを携える由那がどれだけ不機嫌なのか、カイルはその身を持って知っている。もう1ヶ月半近くも一緒に暮らしていれば、いくら抜けているカイルでも気づく。

「……。彼らのところまで案内してくれる?」

 小さく嘆息し、由那はいつもの表情に戻る。先ほどは鬼神も顔負けなほど恐ろしい表情だった。まさに神を怒らせるとどうなるか、というものだろう。

「と、そうだな。今だと俺らの家に一番多く集ってる…かも…」

「……――。じゃあ早く行きましょう」

 途端、声が若干低くなり、再び先ほどの表情が見え隠れする。当然カイルは怯えている。

 しかし実際、由那はそう仕向けている。そのまま余計な行動をせず、もう永久に縮こまっていて欲しいと本気でそう思う。信者がハンナの家に集っているのも、どうせこのカイルの提案なのだから。

 本当に彼は余計な事しかしない。

 家の周辺で待機されていたら否応無しに彼らに会わなければならない上、これからもこういう事があるかもしれないのだ。まったく。出待ちみたいな真似をされるなんて冗談じゃない。

「カイル」

「な、何…?」

「彼らの誘導は責任を持ってお願いね?」

 黒さを隠さず、由那は珍しくニヒルに微笑む。

 その後のカイルがどうなったのか。それはもちろん、語らずとも明らかなものだろう。


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